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第八章

100 フィオリトゥーラ・ヴァロ・フェスト

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 今年の光の祭典『フィオリトゥーラ・ヴァロ・フェスト』に家族で参加する為に、数日前からセグリーヴ侯爵家から戻ってきていたクラウディアは、その日が楽しみで早く当日にならないか考えていた。
 どこへ行こうかおすすめの場所を使用人に話を聞いたりして期待に胸を膨らませ、メアリとその話ばかりしていた。 


 そしてフェスト当日、昼頃から両親と兄達との5人で街へと向かい、初めての全員での参加にクラウディアは胸を躍らせていた。

 今まで表立って町へ出ることがなかったクラウディアだが、今回は兄達の強い要望で鍔が広めの帽子をかぶるようにと指定され、顔があまり見えないように配慮されていた。


「公爵様。今年は家族で参加ですか?」

「公爵様。今年もきれいに花が咲いていますよ」

「お嬢様もご一緒ですか?楽しんでいってくださいね」


 街を散策している間、あちらこちらから声がかかる。
 クロスローズ公爵はその見た目と人当たりの良さ、そしてその手腕から、明主として地元では大変人気があるのだから、こうして身近に接することができるフェストは、領民たちが楽しみにしている日でもあった。


 ―――お父様は人気があるのね。お兄様のことを見てる女の人も多いのよね。どうしてこううちの家族は綺麗なのかしら。


 クラウディアはそんなことを考えていたのだが、彼女もその一員に含まれることを本人は全く気が付いていない。その事を自覚してほしい兄達ではあったが、この日はしっかりと守り通すことを視線で誓い合った。


「お兄様、あのお店を見てきてもいい?」


 外から見ていて、ショーウインドウになっている窓側に可愛い髪飾りが置いてあるのが見え、ゆっくりと手に取りたいと思ったのだ。だが過保護な兄達は、こんなところでも一人で行かせるつもりはないのか、瞳を見つめてしっかりと注意をしてくる。


「クラウ。どこかへ行くときは、必ず私かジェラルドと一緒に行くんだよ。わかったね?」


 アルトゥールがクラウディアに再度念を押した。
 ジェラルドもクラウディアを溺愛しているが、アルトゥールはそれに輪をかけるほどの溺愛ぶりだ。だがその事は本人には気が付かれていない。それもそのはず、彼はジェラルドのようにあからさまに表には出さないだけで、なにかあれば裏工作にて片付ける方法をとっているのだ。もちろん、一切、表には出さない。

 
「この髪飾り、クラウにとても似合うよ。僕からプレゼントするよ」


 その店に入り、クラウディアの瞳と同じ青い色の花があしらわれた髪飾りを見つけたアルトゥールは、「金の髪に映えてとても似合う」とさらりと言った。
 見る目があるのも当然だが女心の機微にも敏いのかもしれない。そんなことをクラウディアは考えていた。


「クラウ。僕からはこれを」


 ジェラルドもまた、クラウディアの目の色と同じ瑠璃の石を使った蝶の形をしたブローチを手にしていた。


「お兄様、ありがとう。でも、もらってばかりは嫌です。私も何か贈ります」


 そう言ってクラウディアは他の店にも顔を出し、何が良いかを探し続けたのだが、これだと言い切れるものは見つからない。
 彼らであれば、どんなものでも喜んでくれるのは間違いないのだが、選ぶからには気に入ってほしい。そして普段からどんなものを使っているかを考えた。


 ―――二人とも学園生なのだから、学園で使える物であればいいのだけれど…


 そう思いながら通りの店を順番に覗いていって、ふと目に付いたのは花をかたどったブローチだった。
 ここナシュールは光の祭典の様子から花の都と呼ばれるほど花が身近で、クロスローズ公爵家の紋章にも花がデザインされている。
 そんなこともあり、男女問わず花の意匠の物が多く作られ人気も高かった。クラウディアはその店に入り、店内をじっくりと見て回る。


 ―――これ、いいんじゃない?


 目に入ったのは、金でバラをかたどり中央に石がはめ込まれているラペルピンだ。
 チェーンタイプもいいのだが、ピンズタイプなら使いやすそうだと思ったのだ。それに、学園の制服に付けても鞄に付けても、このくらいなら問題ないだろう。そして並んでいる中から、中央に青い石のはめ込まれたものを手に取った。


 ―――もう少し濃い青がいいかしら?


「この石は変えられますか?」

「出来ますよ。ではこちらへどうぞ」


 そういわれて店の奥の区切られた場所へと案内され、店主が石の入ったケースをクラウディアの前に並べた。そのケースには瑠璃を中心に青い石がトレイに綺麗に並べられている。


 「素敵……」


 透明感のある宝石とは違い、瑠璃に散るキラキラと輝く金の様子が夜空の星のようだと見とれてしまう。
 

「アルトゥールお兄様はこの色よね。ジェラルドお兄様は…これかしら?」


 手に取り、兄の瞳の色と比べながら選んでいると「クラウもお揃いで買おうか」とアルトゥールが石を一つ選んだ。瞳の横に石を並べじっくりと見比べる。そこまでじっくり見なくても…と思いながら、三人分を決め、一緒に両親の分も選んだ。


「では、これでお願いします」


 仕上がるのは数日後という事で、その選んだ石をはめ込んだラペルピンが仕上がったら屋敷に届けてもらうよう手配し店を後にした。待っている間ほど楽しいことはないのだから、これはこれでいいだろう。
 

「クラウ。おいで」


 店を出てから、アルトゥールはクラウディアの手を取り駆けだした。
 先を越されたジェラルドは、少し拗ねた表情を浮かべながらその後を追った。こういう時はアルトゥールの方が行動力がある。
 そして手を引かれて着いた先は、花が咲き誇るすり鉢状の公園だった。

 白い色の大輪の花が咲く蔓薔薇のアーチが入り口に設置され、中に入ると円形の公園は中央のガゼボまで階段で降りていくようになっている。
 その中央にあるガゼボに座ると、四方の視界がすべて薔薇で、まるで神が住んでいる国はこんなところではないかと思うような気分になる。


「お兄様…この公園。…とても素敵です。言葉が……でない…」

「クラウディア。この公園はね“アマラ・グレース”と言うんだよ」

「アマラ・グレース……お母様の名前?」

「そうだよ。ここは、お父様がお母様に結婚の申し込みをするために作った公園なんだ。お父様は、お母様をずっと想っていて、お母様の好きなバラ園を作ろうと思い立ったそうだよ」


 両親の中の良い姿を思い出し、こんなロマンティックな話があったことを早く教えて欲しかったと思いながら、父の母に対する想いの深さを知った。
 公爵家は情熱家が多く、伴侶に関しても本人の希望が最優先されるので、政略結婚は考えられないと言われてきたが、こうして自分の両親の情熱や想いの深さを知ると自分もそこまでされるような人といつかは出会えるのだろうかと考えながら、一瞬、ニコラスの顔が頭に浮かんだ。


「ねえ、クラウ。いつも何かに没頭しているだろう?もう少しのんびりとする時間もとるといいんじゃないかな?僕もジェリーも心配しているんだよ」


 アルトゥールはクラウディアの顔をじっと見て、自分の気持ちを伝えた。
 彼の目から見ても、いつも忙しそうに動き回り、家に居ても図書室に籠ったりしている姿しか見ない。確かに療養中という事になっているのだから難しいかもしれないが、友人のお茶会に出るとか少しは少女らしい事もしてほしいと思っていた。
 そして今なら、心からの本音を聞けるかもしれないと思ったからこそ、そう聞いたのだ。


「お兄様。時間は有限なのです。私はその時間を有効に使いたい。もっと知りたい、もっとやりたい、もっと……そう思うと、時間が足りなくて」


 そこまで話したときに、祭りがクライマックスを迎える合図の花火が打ちあがった。言葉が途切れ、肝心な真相を聞き出す前にクラウディアが立ち上がった。


「お兄様。お父様たちのところへ戻りましょう」


 笑顔を浮かべて手を取るクラウディアを見て、何かを隠していると感じたものの、これ以上の追及はできないと感じ、その場は切り上げて移動することに二人は同意した。 
 広場では空から雨のように花びらが舞い降り、まるで夢の世界にいるような光景が広がっていた。ゆっくりと舞い降りる花びらをつかみ取ろうと、子供たちが一生懸命手を伸ばしている。

 この花びらには祝福が込められているので、集めて持ち歩くとお守りになるため、みんな集めて家に持ち帰るのだ。


 「お兄様。見て~」


 花が舞う中で両手を空に伸ばしその花を手に取ろうしているクラウディアの姿は、まるで天使のように綺麗だった。
 

「クラウディア。気を付けて」


 アルトゥールはそう声を掛けた。ジェラルドもまた、心配になり側へと駆け寄り、手を取る。二人の屈託のない笑顔を見ながら、心の奥底で懸念を抱く。


 ―――おそらく、父上は知っている。帰ったら聞いてみなければ


 クラウディアの笑顔を見ながら、さっきの思い詰めたように口ごもる表情が頭から離れなかった。
 その笑顔の奥に何を隠しているのか、何を思い詰めているのか、心配でならなかった。

 日が傾き始めると、あっという間に辺りは暗くなり、教会の前に飾られた花のオブジェに光の魔力が少しずつ集められ、フェストも終盤に差し掛かる。
 その魔力も、ベイリーとアルトゥールも参加しているため、例年よりも多く集まっていた。

 太陽が沈み切った瞬間、光が天へ上り、上空で弾け飛ぶように拡散し、雪のように降り注いだ。そして、町中に飾られている花々に光が触れると、花びらがポゥと優しく光始める。


「どうだい?クラウディア。これがクロスローズの光の祭典が一番だと言われる光景だよ」


 先ほどまで賑やかだった町は静寂に包まれ、そこにいた人々は光が織りなす幻想的な風景に目を奪われていた。
 

「とても…綺麗……」


 クラウディアは、涙が流れ出ているのに気付かず、空を見上げていた。





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