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第七章

85 ベイリーを訪ねて

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 翌日の勤務は昼からの予定だったこともあり、午前中に王城のベイリーの執務室へと向かった。
 前もって訪ねたいと連絡を入れておいたのだが、すぐに返事があり部屋へと向かった。

 ノックをし、返事を確認してから部屋へと入ったのだが、そこで見たベイリーの顔は想像していたのと違い、にこやかな笑顔を浮かべている。
 父からは『公爵家で一番怖い存在』と聞いてはいたが、この笑顔を見るだけではそう思えない。
 柔らかな微笑みを湛えるその笑顔の裏にある本当の姿は、少しも感じさせない。

 しかし、父がそう言うからには、この表面の優しさに隠された何かがあるのだろうと気を引き締めた。


「朝から時間を取っていただき、ありがとうございます」

「いや、ニコラス殿の訪問であれば断る理由はない。それで、今日はどうしたのかな?」

「これを」


 胸元からジークフリートから手渡された手紙を出し、それをベイリーへと手渡した。

 ベイリーはその手紙を受け取り、ニコラスを執務室内のソファーをすすめ自身も向かい側に座った。
 座ると同時に目の前のテーブルにはさっとお茶が置かれ、その手際の良さに感嘆する。


「ジークフリートからか。それで、何か言っていたかな?」

「返事が欲しいと言ってみるといいと言われました」


「そうか」と言いながら、封筒を開けて中の便箋を広げて目を通し始めた。

 その表情は少し笑顔を浮かべ「返事が欲しい……ねぇ」とぽつりとつぶやき、紅茶の注がれたカップを手にし、香りを確かめてこくんと一口嚥下する。そのしぐさすら絵になるほど、麗しい容姿に目を奪われた。


 「ニコラス殿、君の目にディアーナはどう映っているのかな?」


 身体の前で手を組み、優しい笑顔をニコラスに向けてそう聞いてくる。それは裏の思惑があるようには到底見えなかった。


「大変努力家で、人の為なら自分の事は後にする…素直な少女だと思っています」

「そうか……君の人を見る目は確かなのだろうね」

「では、聞こう。……もし彼女から良い返事がもらえたとして、君はどうする?」


 ベイリーは笑みを浮かべながらも射るような視線を目の前のニコラスに向けた。生半可な気持ちでいるようなら、この先何も話すつもりもないし、これからのクラウディアの練習にも制限をかける必要があると考えたからだ。


「私の力が及ぶ限り彼女を守り、盾になります。しかし、彼女は守られるだけでは納得しない強い人間だと思っています。ですから、彼女がやりたい事があるのであれば、惜しみなく力を貸すつもりです」

「では、貴族は嫌だと言ったら?」

「……私はデフュールの継嗣として育ちました。自分でできうる限りのことをやってきたという自負はあります。そして幼い頃から剣に打ち込み、今の地位に就きました。彼女が、貴族が嫌だというのであれば、幸いにも私には優秀な弟がおりますので、自分は一介の騎士として彼女の側にいたいと思っています」

「確かに、君の実力なら騎士としてやっていけるだろう。だが、十分に恵まれた公爵家の継嗣の座をそう簡単に手放すことができるのかい?」

「公爵殿もお分かりかと思いますが、公爵家継嗣と言う立場にいるだけで様々な人が言い寄ってきます。ですから自身の結婚など、どうでもいいと思っていました。しかし、彼女に出会って、彼女と話すうちに、私は彼女を守りたいと思った。身分などそんなものは気にもならなかった。そんなことはどうでもよかったのです」


 思っていた以上にしっかりと考えを持っていたニコラスに対し、ベイリーは嬉しくなった。公爵家の継嗣たる人間がどう判断をするか興味があったが、収穫はそれ以上のものだ。


「そうか……君の気持ちは良く分かったよ。では、私も彼女の家族に話をしておこう。だが、一番大切なのは、彼女自身の気持ちだ。君がどれほど思いを寄せても、本人が頷かなければどうにもならないことはわかっているだろう?」

「もちろんわかっています」

「君に色々聞いてしまったね。その代わりと言ってはなんだが、私に聞いておきたいことはあるかな?」

「では、彼女の事を教えてください。彼女はどこに住んでいるのですか?騎士団長殿は彼女の環境が複雑だと言っておられました。それはどういう事でしょうか」

「彼女の事…か。彼女は家族で我が領地ナシュールに住んでいる。まあ、従兄の家と行き来する生活をしているけれど、今に落ち着くだろうね。兄達は今は王都にいるが昔から仲の良い家族だよ。環境が複雑か……ジークフリートも面白い表現をするものだ。それに関しては君が気にすることはない。いずれ、時が来ればわかることだ」


 語尾を少し強めてそう言ったベイリーに一瞬だが少し冷気の様なものを感じたが、すぐにあの笑顔を浮かべてニコラスは柔らかい雰囲気に呑まれてしまう。


「しかし、君ほどの人物が彼女の事をそこまで想ってくれているとは嬉しいものだ。その調子なら、彼女の本当の姿を見極められる気がするよ。期待している」

「本当の姿……、それはどういう意味ですか」

「そのままの意味だ。君は彼女のすべてを知っているわけではないだろう?全てを知り、全てを理解できる日を楽しみにしているよ」

「なぜ……公爵殿も総団長殿も彼女に肩入れなさるのですか?」

「なぜ……か。昔から知っているから…では理由にはならないかな?まあ“環境が複雑”という事も少なからず関係しているか……」


 ベイリーは、ははっと笑い、その話は終わりとなった。ただ「頑張ってくれ」とだけ言われ、部屋を後にした。 


 ―――ナシュールか…


 ベイリーから聞いたことを色々と考えてみるものの、最終的にはディアーナの気持ちを自分に向けなければ、これ以上先へは進めないことを突きつけられただけだった。
 しかし、家族でナシュールに住んでいると聞けたことは、まだよかったのかもしれない。

 次に会えるのはまだまだ先だろう。それまでに少しは自分の事を考えてくれているのか…そんなことを考えてしまう。




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