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第七章
84 ディアーナの正体?
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ニコラスはディアーナに想いを告げた時、あんな表情を浮かべるほど何を思い詰めているのか、気になって仕方ない。
できる事なら、その表情の原因を知りたい。もっと笑顔を見せて欲しい。
ニコラスにはそれしか考えられなかった。
しかし、ニコラスはディアーナの事を全く知らないのだ。
知っていることと言えば、名前と王都に兄がいること、従妹が同じ年齢で騎士だということ、母方に貴族がいるということだけだ。
侍従のシャンスに彼女の身辺調査を頼んだが、その結果は【該当者なし】という結果に終わった。
「ウィルバート公爵が今まで赴任した先まで調べたが、『ティルトン』と言う名前は出てこなかったぞ。だが、これ以上公爵家当主の周りを調べるのは限界だ。お前もわかるだろう?」
「ああ」
デフュール邸の中にある次期公爵としての執務をこなすために用意されている自分の執務室の中で、ニコラスの侍従でもあるシャンスと話していた。
彼、シャンス・フォン・ファウラーは伯爵家の二男で、ニコラスの3つ上の側近候補でもあった。
幼い頃から一緒に過ごすことが多く、ニコラスの事を一番よく知り理解している人物でもある。ニコラスと違って少し軽薄そうな感じはするが、芯が通ったその人格はニコラスも信頼に値する人物だと受け止めていた。
人前では礼儀正しいが二人になると途端に口が悪くなるところも気を許すほど気に入っていた。
「それにしても、いきなり『調べろ』だなんて珍しいな。もしかして、……女か?」
シャンスのその言葉に思わず固まってしまい、その顔を見てニヤッと笑みを浮かべる。
「そうか…、お前もそんな風に気になる令嬢が出来たか。それで、それがティルトンって家の子なんだな?」
恋愛に疎い弟分の心境の変化に、兄の様に見守ってきたシャンスとしては嬉しくてたまらなかった。
だが、どうにかして後押しをしてやりたいと思うものの、今回の調査では何もわからなかった。
どこをどう探しても、ティルトンという名前が出てくることはなかったのだ。
「ああ……、親父殿の知り合いなのは間違いないはずなんだが……。兄がいることくらいしか聞いていなくてな」
「そうだろうな…、お前はその手の話は疎いから、まあ、仕方ないか」
しかし“知り合いから頼まれた”と紹介されているから、遡って関係者を調べてみたのだが、それでも該当がないという事は、どういうことなのだろう。
直接聞いた方がいいのだろうという考えに行きつき、次の練習の際に聞いてみることにしたが、こっちで色々と調べたことはとうに知られているだろう。
それなら、すぐに行動に移した方が良い。
―――教えてもらえるだろうか。逆に今回の事を言われるだろうか……
ニコラスは調べる前に聞くべきだったかと思いながら、後手に回ったことを反省した。
もう少し冷静に行動しなければ、自分で自分の首を絞めるだけなのにとため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
この日の練習は、テオドールと二人だけでの集中的な練習を行う日だった。
テオドールがもうすぐ学園を卒業することもあり、その前の実力を見極める意味もある練習だ。しかし、ジークフリートに話をして確認したいという気持ちが逸り、いつものように力を加減することができない。
普段であれば相手に合わせて動くのだが、この日に限ってはついつい本気になってしまう。
「お前、今日は本当に容赦ないな。お前との実力差をこうも感じるとは思わなかった」
「テオ……もう一回だ」
ふっと自虐のように笑いもう一度対戦した。
ジークフリートが見ているのだから、下手なことはできないしテオドールの為にもきちんと相手をしなければと今に集中する。
「テオ、思いっきりこい!」
「言われなくても、思いっきりやるさ!」
「今日は、これで終わりだ。テオドール、反省すべき箇所はわかるな?しっかりと覚えておけ。それとニコラス、着替えてからでいい。部屋に来い」
ジークフリートに呼ばれ、なぜ呼ばれたのかを理解していることもあり覚悟を決める。
しかし、やったことに関して後ろめたいことはないし、この先話を進めようにも進まないのも事実のだから、いい機会かもしれない。
汗を流し着替えをしてからジークフリートの執務室へと向かう。どのみち、この日に話をしようと思っていたのだからと、気を引き締め扉をノックする。
「ニコラス、なぜ呼ばれたかわかるか?」
「はい。わかっています」
「そうか……」
「それで、調べて何かわかったか?」
「……いえ、何も」
その暗い顔を見て、ジークフリートはすべてを話してしまいたいと思うものの、言うことでどうなるかもわかっている為、しばらく考えてみた。
「お前……本気なのか?」
「いけませんか?」
「咎めているのではない。お前もわかっているだろう?公爵家の人間に対し、そんなことは言わん。しかし、お前だけでどうこうできる話ではないのも分かっているだろう。それに、返事はもらえていないのだろう?」
「それは……」
「…あの子の環境は少々複雑でな……もう何年も自分の身を護る事のみを生活の中心に据えている。それは本人の希望というより、彼女を想う周囲の人達の決定事項なのだ」
ジークフリートのその言葉に、ニコラスは苛立ちに似た気持ちが湧いてくるのを感じ、思わずきつい口調で言い返してしまう。
「本人の気持ちを無視してですか?そんな勝手なことを!」
「落ち着け、ニコラス。だがな、本人はそれを楽しんでいるんだ。最初に考えていたこと以上のことをやり、結果を残し、そしてまだ他の事にも手を出そうとしている。だが、あいつの親は普通の幸せを掴んでほしいと思っているだろう。だから、お前がそう考えていることは私も嬉しく思っている」
「では、彼女の事を教えていただけませんか?お願いします」
「それは話すことはできない。私も一関係者にすぎん。……そうだな、少し待て」
そう言って、引き出しから便箋を取り出し、何やら手紙を書き始めた。
ささっと書いたところを見ると、そんなに長い文章ではないように感じる。そして封筒に入れ封蝋をしてそれをニコラスに手渡した。
「これをベイリーに渡して、返事が欲しいと言ってみろ。お前の知りたいことを教えてくれるかもしれん」
「クロスローズ公爵に……ですか?」
「ああ、ベイリーは私よりも彼女の事を知っている。あいつがお前の気持ちを理解したなら、話してくれるかもしれん。だが期待はするな」
できる事なら、その表情の原因を知りたい。もっと笑顔を見せて欲しい。
ニコラスにはそれしか考えられなかった。
しかし、ニコラスはディアーナの事を全く知らないのだ。
知っていることと言えば、名前と王都に兄がいること、従妹が同じ年齢で騎士だということ、母方に貴族がいるということだけだ。
侍従のシャンスに彼女の身辺調査を頼んだが、その結果は【該当者なし】という結果に終わった。
「ウィルバート公爵が今まで赴任した先まで調べたが、『ティルトン』と言う名前は出てこなかったぞ。だが、これ以上公爵家当主の周りを調べるのは限界だ。お前もわかるだろう?」
「ああ」
デフュール邸の中にある次期公爵としての執務をこなすために用意されている自分の執務室の中で、ニコラスの侍従でもあるシャンスと話していた。
彼、シャンス・フォン・ファウラーは伯爵家の二男で、ニコラスの3つ上の側近候補でもあった。
幼い頃から一緒に過ごすことが多く、ニコラスの事を一番よく知り理解している人物でもある。ニコラスと違って少し軽薄そうな感じはするが、芯が通ったその人格はニコラスも信頼に値する人物だと受け止めていた。
人前では礼儀正しいが二人になると途端に口が悪くなるところも気を許すほど気に入っていた。
「それにしても、いきなり『調べろ』だなんて珍しいな。もしかして、……女か?」
シャンスのその言葉に思わず固まってしまい、その顔を見てニヤッと笑みを浮かべる。
「そうか…、お前もそんな風に気になる令嬢が出来たか。それで、それがティルトンって家の子なんだな?」
恋愛に疎い弟分の心境の変化に、兄の様に見守ってきたシャンスとしては嬉しくてたまらなかった。
だが、どうにかして後押しをしてやりたいと思うものの、今回の調査では何もわからなかった。
どこをどう探しても、ティルトンという名前が出てくることはなかったのだ。
「ああ……、親父殿の知り合いなのは間違いないはずなんだが……。兄がいることくらいしか聞いていなくてな」
「そうだろうな…、お前はその手の話は疎いから、まあ、仕方ないか」
しかし“知り合いから頼まれた”と紹介されているから、遡って関係者を調べてみたのだが、それでも該当がないという事は、どういうことなのだろう。
直接聞いた方がいいのだろうという考えに行きつき、次の練習の際に聞いてみることにしたが、こっちで色々と調べたことはとうに知られているだろう。
それなら、すぐに行動に移した方が良い。
―――教えてもらえるだろうか。逆に今回の事を言われるだろうか……
ニコラスは調べる前に聞くべきだったかと思いながら、後手に回ったことを反省した。
もう少し冷静に行動しなければ、自分で自分の首を絞めるだけなのにとため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
この日の練習は、テオドールと二人だけでの集中的な練習を行う日だった。
テオドールがもうすぐ学園を卒業することもあり、その前の実力を見極める意味もある練習だ。しかし、ジークフリートに話をして確認したいという気持ちが逸り、いつものように力を加減することができない。
普段であれば相手に合わせて動くのだが、この日に限ってはついつい本気になってしまう。
「お前、今日は本当に容赦ないな。お前との実力差をこうも感じるとは思わなかった」
「テオ……もう一回だ」
ふっと自虐のように笑いもう一度対戦した。
ジークフリートが見ているのだから、下手なことはできないしテオドールの為にもきちんと相手をしなければと今に集中する。
「テオ、思いっきりこい!」
「言われなくても、思いっきりやるさ!」
「今日は、これで終わりだ。テオドール、反省すべき箇所はわかるな?しっかりと覚えておけ。それとニコラス、着替えてからでいい。部屋に来い」
ジークフリートに呼ばれ、なぜ呼ばれたのかを理解していることもあり覚悟を決める。
しかし、やったことに関して後ろめたいことはないし、この先話を進めようにも進まないのも事実のだから、いい機会かもしれない。
汗を流し着替えをしてからジークフリートの執務室へと向かう。どのみち、この日に話をしようと思っていたのだからと、気を引き締め扉をノックする。
「ニコラス、なぜ呼ばれたかわかるか?」
「はい。わかっています」
「そうか……」
「それで、調べて何かわかったか?」
「……いえ、何も」
その暗い顔を見て、ジークフリートはすべてを話してしまいたいと思うものの、言うことでどうなるかもわかっている為、しばらく考えてみた。
「お前……本気なのか?」
「いけませんか?」
「咎めているのではない。お前もわかっているだろう?公爵家の人間に対し、そんなことは言わん。しかし、お前だけでどうこうできる話ではないのも分かっているだろう。それに、返事はもらえていないのだろう?」
「それは……」
「…あの子の環境は少々複雑でな……もう何年も自分の身を護る事のみを生活の中心に据えている。それは本人の希望というより、彼女を想う周囲の人達の決定事項なのだ」
ジークフリートのその言葉に、ニコラスは苛立ちに似た気持ちが湧いてくるのを感じ、思わずきつい口調で言い返してしまう。
「本人の気持ちを無視してですか?そんな勝手なことを!」
「落ち着け、ニコラス。だがな、本人はそれを楽しんでいるんだ。最初に考えていたこと以上のことをやり、結果を残し、そしてまだ他の事にも手を出そうとしている。だが、あいつの親は普通の幸せを掴んでほしいと思っているだろう。だから、お前がそう考えていることは私も嬉しく思っている」
「では、彼女の事を教えていただけませんか?お願いします」
「それは話すことはできない。私も一関係者にすぎん。……そうだな、少し待て」
そう言って、引き出しから便箋を取り出し、何やら手紙を書き始めた。
ささっと書いたところを見ると、そんなに長い文章ではないように感じる。そして封筒に入れ封蝋をしてそれをニコラスに手渡した。
「これをベイリーに渡して、返事が欲しいと言ってみろ。お前の知りたいことを教えてくれるかもしれん」
「クロスローズ公爵に……ですか?」
「ああ、ベイリーは私よりも彼女の事を知っている。あいつがお前の気持ちを理解したなら、話してくれるかもしれん。だが期待はするな」
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