やり直ししてますが何か?私は殺される運命を回避するため出来ることはなんでもします!邪魔しないでください!

稲垣桜

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第七章

72 テオと二人でのお茶会

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 前回の練習の時にテオドールと二人でお茶会をするという話になったのだが、なかなかその機会もなく時間が過ぎていた。そして今日、そのお茶会がようやく開催されることになった。だが、二人なのだから開催と言うのも大袈裟だろう。

 練習を一通り終えた後、サラに部屋へ連れ込まれてなぜか服を着替えさせられたクラウディアは、いつものような気軽なお茶会では?とサラに着替えの必要性を疑問視したが、サラ曰く、「やるからにはちゃんとしようと思っていた」ということらしい。


 サラが準備したのは少し滑らかな手触りのオレンジ色が入ったような黄色の生地で、貴族の外出着程度のデザインのドレスを着せられた。しかし、サラがここまで準備をしていたとは思ってもいなかったので、正直驚いた。


「サラ、この服どうしたの?」

「可愛いでしょう?ディアに似合うと思ってね」


 お茶会を決めた後に町へ行って偶然見つけたらしいが、よくよく聞くと、この服の準備があったためにお茶会の日を伸ばしたのだと白状した。


 ―――だから、服のサイズを調べていたんだ…


 そう思い出して納得がいった。前回のお茶会の後、どういうわけかサラがクラウディアのサイズを知りたがっていて、それがここに繋がったのだ。


「さあ、お茶会ね。外は少し寒いから温室でするのよ。今日は邪魔しないから兄さんとゆっくりしてきて」


 サラに温室の前で「いってらっしゃい」と送り出されて一気に緊張してきたクラウディアだったが、意を決して扉を開けて中へと入った。

 扉を開けた先には、クロスローズの屋敷とは全く違った光景が広がっていた。
 クロスローズはその土地柄、温室も庭も花の割合が非常に多い。だが、このウィルバートの温室は、花よりも緑の割合が多い。そもそも観葉植物と言った方が正しいのかもしれない。


 ―――素敵。ウィルバートの温室ってこんな感じだったんだ


 今までに見たことのないような植物もあり、ついつい目を奪われてしまい歩みが遅くなるが、その姿を見ていたテオドールがゆっくりとクラウディアの後ろへと近づいて声を掛けた。


「気になるものでもあったか?」

「びっくりした~もう、急に声、かけないでよ」

「悪かった。ディアが真剣に見ているから気になってな」


 テオドールはサラから言われたのか、いつも見るような動きやすい服装ではなく、貴族然としたかっちりとした服を着て、私の着ているドレスに似たオレンジ色のクラバットを身に付けていた。
 お互いにこんな服装では会わないから、一瞬だが言葉に詰まりながらその格好を見つめていた。


「ディア…見違えたな。すっかり令嬢になっている」

「テオこそ、公爵家の令息に見えるわ」


 そう口に出したことで二人揃って声を上げて笑い合い、準備を終えているテーブルについてお茶会を始めた。



 メイドがお茶を給仕し、カップに注がれた紅茶の香りが鼻腔を擽ると同時に、目の前に並べられたお菓子の数々に目を奪われる。前から思っていたのだが、クロスローズとは違いチョコレートが使われているものが多いようだ。それらを見ながらカップを手に取り紅茶に口をつける。その仕草を黙って見ていたテオドールが、感心したようにクラウディアに言った。


「ディアの作法は完ぺきだな。どこで教わったんだ?」


 いきなり言われたその言葉にクラウディアはドキッとした。
 紅茶を飲む動作などは毎日の事なので、いつものクセ…のように、体に染み込んでいる所作だ。この場でも何も考えなくてもしていたようで、そう指摘され背中を汗が流れるような感覚に襲われた。
 こういうところで正体がばれるわけにもいかないから何か言わなきゃと思いながら、とっさに言葉を考えた。


「母の親戚に貴族の方がいて、その人に母が教えて貰ったらしくて」

「そうなのか?どこの家門だ?」

「それが、昔、聞いたような気がするんだけど、覚えてないの」


 これで大丈夫かと考えたのだが、これ以上気にしても仕方がないので、聞かれてもとぼけるしかないと腹をくくった。


「そうか…他にも学んだのか?マナーとか」

「小さい頃に教えて貰っただけだから、ほとんど忘れてると思う」


 言葉を濁しながら前に並んでいるお菓子を皿に取って、それから口に運んだ。その話題には触れて欲しくはないのだと暗に匂わせたつもりなのだが、理解してくれただろうかとチラッとテオドールに視線を向けた。


「チョコレートを使ったお菓子って美味しいわね。テオは甘いのは大丈夫なの?」

「甘すぎなければな」

「甘いものって疲れが取れるのよ。練習の後には嬉しいご褒美じゃない?」


 ニコッと笑いながら、もう一口食べる。


「んー、このブラウニー、美味しいわ。私、くるみの入っているブラウニーが好きなのよね」

「そんなに美味しそうに食べてるのを見ると、準備してよかったよ」

「私も、テオの格好いい姿を見られて、よかったかな?」

「こんな姿がいいのか?ディアはドレス姿でも似合うかもしれないが、俺はこんな堅苦しいのはなぁ…」


 そう言って首元を緩めた。その仕草も嫌味ではなくとても似合っている。いわゆるギャップ萌えというやつなのだろう。


「ここでの練習にはもう慣れたか?以前はサラと二人でやっていただろう?俺やローとニックが一緒にやっていても大丈夫か?」

「みんな親切だから、ここで練習するのが楽しいの。でも、皆が私に手加減してくれるのが申し訳ないって思うくらい」

「いや、それは考えなくてもいい。ディアの実力はお前が思っている以上身についているし、上を目指したいなら今のまま参加している方がお前の為だぞ」 

「テオはベルヴァ騎士団の練習にも参加しているんでしょ?厳しいって有名だよね」

「ああ、時間の空いてる時には参加させてもらっているが、あそこは本当に容赦ないんだ。親父殿も手を抜くことないからな」


 嫌々な顔をしながらも、楽しそうに瞳を輝かせるテオドールを見て、『本当に剣術には目がないのだ』と思った。

 
「そういえば、この間テオが言った『試しに付き合ってみるか?』なんて、冗談でも言っちゃダメよ」

「どうして?俺が本気で言ってたらどうするんだ?」

「何言ってるのよ。テオは公爵家に相応しい人をちゃんと見つけなきゃ」

「俺に声を掛ける令嬢なんて、公爵家に興味があるか、見た目しか見てないからな。だが、母上がな…『令嬢達には親切にしなさい』と口を酸っぱく言うから、一応社交的な風を装っているだけだ」


 辟易していると言わんばかりの顔そして、頭を抱えるように手を額に当て、うつむいている。


「ドレスやアクセサリーの話など面白くもないし、舞台を見に行こうと言われても興味もないし、そんな時間があるなら、誰かと剣を交えていた方がよっぽどいい」

「でも一人くらいはいたんじゃないの?テオが本気になるような人?」


 ふとした疑問を問いかけてみたのだが、それは愚門だったようだ。


「学園でも色々な交流があるが、そんなことを感じたことは一人もいない。でも、そうだな……あえて選ぶなら、俺は、ディアがいい」

「そこで、どうして私がでてくるの??」

「お前だと、自分を作らなくてもいいからな。上辺だけ取り繕った“テオドール・エーレ・ウィルバート”なんて気にもしないだろう?だから、自然体でいられてとても気楽だ」


 そう言ってテオドールは立ち上がり、クラウディアの元へと歩み寄り手を差し出す。そして彼女の手を取って、温室内の奥にある花が咲いている場所へと進んで行った。


「ウィルバートは、この王国でも一番古い六代公爵家の一つだろう?だから、周囲からの視線はかなり厳しいものだ。羨望、嫉妬…良しも悪しも注目を浴びる。その中で継嗣として育った俺は、色々な人に会う機会があったからか何にでも斜に構えているのかもな」


 少し寂しい表情を浮かべている姿を見て、その気持ちがわかるような気がクラウディアはしていた。
 前回の時も、利権が絡んだ人間関係を嫌というほど見ていたし感じていた。近づいてくる人の中には、バックにある公爵家しか見ていない人がいたのも事実だからだ。だが、それを経験したからか、少しは悪意を持っている人はわかるつもりだ。


「私はそうは思わない。テオは誰に対しても誠実でしょ?私は貴族としてのテオは知らないけど、練習の時のテオはとても優しくて、真面目で思いやりがあるってわかるもの。みんなテオのいいところが『漆黒の貴公子』っていう名前の陰に隠れていて気づかないだけだと思う。テオのそういうところに気付いてくれる人がきっと現れるわよ」


 振り向いて思いっきりの笑顔を向ける。励ますように、理解しているとわかってもらえるように、そう思って…


「ディア…ありがとうな」


 テオドールは、少し照れたようにはにかんだ笑顔を見せて、クラウディアを抱きしめた。彼女の笑顔を見た時、彼女に惹かれている自分にようやく気が付いた。だが彼女を『堅苦しくて醜い貴族の世界に引き込むことはできない…』そう考え気持ちを心の奥底へと押し込む。


 ―――もし、彼女が貴族なら、このまま思いを告げていたのだろうか…


 腕の中の彼女のぬくもりに浸りながら、思わずそう考えてしまう。


「テオ…?」


 彼女の声に我に返ったものの、その腕はまだ解けなかった。彼女の、かすかに香る柑橘の香りを感じながら、もうしばらくはこのままでいたいと心の底からそう思ったのだ。


 ―――俺は、どうすることが正しいのだろうか…


 腕の力を緩めて彼女の顔を見ると、向こうも顔を上げて少し顔を赤らめて、不思議そうな表情を浮かべていた。
 その顔を見て、掴まえておきたい気持ちと、離さないといけないという気持ちが拮抗したが、わずかに笑顔を浮かべて、額に口付けをしてもう一度「ありがとう」と告げた。


 「今日はローラントも最後まで参加しようとしていたんだが、サラに止められてな」


 テオドールは話題を変えるようにそんなことを言い出した。そう言えば今日の練習終りに、サラと何やら言い合いをしていたことを思い出す。


「ローが?じゃあ、今度またみんなでお茶会しようか?ニックも誘って」

「そうだな…それはまた考えてからだな」


 ―――最近のニックの様子は、何だか気になるんだよな


 ふと頭をよぎる不安に気が付かないふりをした。その直感を無視したことを後々後悔するとは、この時は全く思いもしなかったのだ。



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