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第七章

68 ローラントの練習参加

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 ウィルバートでの練習日なのだが、少し早く着き過ぎて時間を持て余していた。

 サラはテオドールと一緒にジークフリートに呼び出されているようで、一人で室内の練習場を覗きに行った。
 天気の悪い日はここでの練習になるのだが、こういう室内の施設が羨ましく時間がある時に少し覗くのが楽しみにもなっていた。
 隣には練習でも使用する剣が仕舞われているのだが、それらを見ているだけでも気合いが入るというものだ。

 あちこち視線を向けながら色々と考えていると、あっという間に時間が過ぎていたらしく、練習開始の時間が迫っていたので慌てて外の鍛錬場へと向かう。


 ―――やばいっ、遅れる!


  慌てて練習場を駆け出たのだが、曲がり角で人がいるのも気付かずに思いっきりぶつかってしまった。相手は自分より大きい人物だったので、体格差もあって跳ね返されるように後ろに倒れそうになり、ぶつかった相手に支えられた。


 「ディア、ちゃんと前を見ないと怪我するぞ」


 声の主の顔を見るとそれはニコラスで、後ろに向いて倒れそうなところをギリギリで受け止めてくれたのだ。
 四人での練習も回数を重ねるごとにニコラスとの間にあった壁のようなものはなくなり、今では愛称でも呼べるほど気楽に話せるようになっていた。年齢差はあれど、剣を志すものとして仲間意識というものが目覚めるのは必然だろう。


「ニック…ありがとう」

「俺じゃなかったら、絶対に頭を打っているぞ。気を付けろ」

「はい…気を付けます」

「じゃあ、いくぞ。もう時間だ」


 頭をポンと叩かれながら鍛錬場へと促された。そして、前方にはサラの姿まで見える。どうやら鍛錬場にいないことに気が付き探しに来たようだった。


「あっ、いたいた。ディア、探したのよ。…ニックも一緒?」

「ああ、俺もディアが遅いから探しに来て見つけたところだ」


 そうなんだ…というサラの一言と、何かを言いたげな視線を残しながら鍛錬場へと向かった。
 この日は数日続いた雨がすっかりと晴れ、青空が広がる良い天気だった。


 辿り着いた鍛錬場にはジークフリートの姿が見え、その傍らに誰かがいるのが見えた。
 黒い髪に黒い瞳の青年はクラウディアよりもいくつか上だろう。黒を纏う容姿からウィルバートの血縁には間違いない。「ねえ、サラ…」と思わず視線をその人物に向けたまま声を掛けると、サラも何を知りたがっているのかを理解したようですぐに返事が返ってきた。


「今日から練習を一緒にするのよ。弟のローラント」


 ローラントといえば、ジェラルドと同じ年だったなと思い出したものの、今まで会ったことがなかったのでこれが初対面だった。
 テオドールやサラの弟であればおとなしい性格ではないだろうと思いながら、彼に視線を向けた。


 「遅くなりすみません」


 ニコラスとクラウディアが共に遅れたことに対して謝罪をし練習が始まった。


「今日からローラントが一緒に練習に加わる。ディア、お前は初めてだろう。私の息子だ」

「ローラント・エーレ・ウィルバートです」

「ディアーナ・ティルトンです。よろしくお願いします」


 ローラントはテオドールと違って髪は短く溌溂とした印象を感じさせる青年で、歳は15で兄のジェラルドとは親しい間柄らしい。
 そして彼の実力は同年代の中でも上位に位置するが、本人の兄へのコンプレックスが関係しているのか今まで、一緒に練習をすることを拒否していたらしい。

 テオドール達とは別メニューをこなしていたのだが、アルドーレ騎士学校に入学したことでそうは言っていられないと気持ちを入れ替えたようだ。
 そして心を決めてこの日から練習を一緒にすることになった。


「君は兄達と親しそうだね。羨ましいな」

「羨ましい…ですか?」

「ああ…兄も姉も優秀だろ?俺は、その足元にも及ばないから、どうしても一歩引いてしまう」


 確かにテオドールもサラも優秀なのだから、その気持ちは痛いほどわかる。理解できるのだ。


「その気持ち、よくわかりますよ。私の兄も頭も良くていつも負かされてますから。でも、私のことを想ってくれてるのも知っています。兄は、私が頼ってくれるのを待ってるみたいで。テオもサラもきっとそう思っているはずです」


 疑いの色のない瞳でローラントを見てニコッと笑う。それはクラウディアも思っている事なのだから、口からの出まかせではない。
 アルトゥールもジェラルドも日を置かずに手紙をくれるし時間がある時は会いに来てくれ、色々と話を聞いてくれるのだ。兄妹の末っ子という立場はローラントも同じなので、クラウディアは確実にテオドール達はローラントを気にかけていると自信を持って言えた。


「君は兄達をそう呼んでいるのか?」

「はい。そう呼んでくれと言われましたので…」

「では、俺の事も“ロー”と呼んでくれ。俺も“ディア”と呼ばせてもらう」

「わかりました。では、ロー、これからよろしくお願いしますね」

「こっちこそ、よろしく」 


 少し緊張はしたものの、話しやすいという印象を受けて、クラウディアはローラントが兄と友人だという理由がわかったような気がした。






 この日の練習後、クラウディアは聞きたいことがあるとジークフリートに声を掛けられ、みんなの後姿を見送りながら鍛錬場の中央でジークフリートと向かい合う形で残っていた。この場所なら誰かに聞かれる心配はないだろう。


「クラウディア。一回確認しておきたいのだが、ここに来る前は誰から剣を習っていたのだ?」

「剣ですか?セグリーヴ侯爵家のカイラード様とそれからジェイク様に…」

「ジェイク?」

「はい。侯爵夫人のお兄様のガジュラス侯爵様がお屋敷に頻繁に顔を出してくださって、相手をしてくださるので…」


 ジェイクの名前を聞いたジークフリートの表情が少し固まったような気がしたのだが、目を閉じて小さな溜息をついた。


「ジェイクか……。あいつはレイン騎士団の団長だろう」

「はい。カイラード様もレイン騎士団に入団されましたから。叔父様はジェイク様とお知り合いなのですか?」

「ああ、昔からの腐れ縁と言う奴だな。そうか……どうりで。年齢の割に不思議に思ったがそれであれば納得だな。ジェイクか……。久しぶりに会いたいものだな。若い頃は奴と何度も手合わせをしたものだ。今はお互い、騎士団長としての交流がある程度だがな」

「そうなのですね」


 クラウディアはジークフリートとジェイクが対戦している姿を思い浮かべたが、真剣にやり合えばこの鍛錬場など跡形もなくなるような気がしてしまい、その対戦は実現しないだろうと見たかったなぁという気持ちだけにとどめた。


「ジェイクに私が会いたがっていたと言っておいてくれるか」

「はい。伝えておきます」


 しかし、この一言が後々面倒なことを引き起こすことになるとはだれも想像していなかった。



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