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第七章
64 ウィルバートでのお茶会
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四人での練習にようやく慣れてきたなと思っていた頃、練習の終りに背後から声を掛けられて振り返る。
「ディアーナ、もう帰るのか?」
声の主はテオドールで、サラと一緒にクラウディアに向かって歩いてきていた。
「テオドール様。はい、今日はもう帰ります」
「疲れただろう?帰る前に少し休んでいくといい」
サラもテオドールの提案に賛成したようで、お茶を準備するようにメイドに言付けて屋敷へと向かった。この日は夏を目前にしているがまだまだ過ごしやすい気温だったこともあり、外でゆっくりしようとそのまま庭園へと方向を変えた。
「ディアーナは親父殿とどういうつながりがあるんだ?」
樹々の深緑が濃くなり始めた庭園内のガセボの中の丸いテーブルを囲むようにして3人が座り、そのテーブルにお茶とお菓子が並べられたトレーが置かれている。
目の端に準備が終わっていることをとらえながらテオドールがそうクラウディアに問いかけた。一緒に練習をする時の挨拶で「知り合いに頼まれた」とだけ言われたのだから、どういう知り合いなのか知りたいのだろう。
「私の父と古い付き合いがあると聞いています。ただ、詳しくは聞いていません」
「古い付き合いか…」
最初にジークフリートとの話で、一切の身分を隠し平民としてこの場に来ていることになっているので、どうして公爵と知り合いなのかが不思議だったのだろう。そう思い至ったが、だからと言ってその疑問を解消できるような答えを言うことはできなかった。
「いいじゃないの。お父様が若い頃に一緒に騎士団にいたとか、派遣した先で世話になった人とかじゃないの?お父様が連れてきたんだから、よほどの仲なのよ」
「まあそうだな…ディアーナを見てれば、わかるような気がするな」
サラは事情を知っているので助け舟を出してくれ、クラウディアも少しほっとした。
テオドールはクラウディアの顔を見て微笑み、お茶が注がれたカップを手に取り、口に運ぶ。その仕草は、さっきまで剣を振るっていた勇ましい姿とは正反対の、とても貴族らしい姿で、ウィルバートなのだと改めて気付かされた。
「今まではサラと二人だったから、四人になると勝手が違うんじゃないか?」
「はい。レベルが高すぎて、見入ってしまっていました。皆さんに付いていくために、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」
「何言ってる。ディアーナの腕前も相当なもんだと思うぞ。そりゃあ、サラと比べたらまだまだだが、同年代では十分上級クラスだ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、これから頑張れます」
「そんなに気合い入れなくてもいい。ディアーナは基礎も十分身についているし正直言うと、初めて参加した時はここまでできるとは思っていなかったから驚いたよ。従兄に習ってるんだろう?」
「はい。今、叔父の家にお世話になっていて、そこで従兄に教えてもらいました」
「そういえば、いつになったらその従兄を紹介してもらえるんだ?」
「えっと……それはまたいつか…」
胡麻化すようにお茶を口に運び、サラに視線を向けた。
「兄さん。その話はなし。ディアを困らせたら承知しないんだから」
クラウディアの困った顔を見て、サラはすぐに気が付いてくれて、その場をとりなしてくれた。さすがにカイラードの事を話すのは避けた方がいいとわかっているので、従兄に習っているなどと言わなければよかったと後悔した。
「そうか……では、話せるようになったら聞かせてもらうとするよ」
そう言いながらテオドールは更に並んだお菓子を口へ運ぶ。
「そうよ。いつかタイミングが合ったらその従兄さんに紹介してくれる?」
「はい。その時はぜひ!」
そう言うとサラがお菓子を勧めてきたので、それを受け取り口へと運ぶ。練習後に甘いものを食べると、とても幸せな気持ちになるのはなぜだろう。
「しかし、サラは君のことをそう呼んでいるのなら、俺もそう呼ぼう。いいか、ディア?俺の事も“テオ”と呼んでくれ」
「いや…そんな風に呼べません!なんだか申し訳ないです…」
「いいのよ。兄さんがそう言うんだもの、大丈夫よ。ね?」
サラにそう言い切られてしまい、クラウディアもしぶしぶ頷く。男の人を愛称で呼ぶことなど兄や従兄以外では初めてなのだ。
「わかりました。では、テオ様?でいいですか?」
「様はいらない」
「えっ……、じゃあ……テオ?」
「それでいい。これからもよろしくな?ディア」
「はい、よろしくお願いします」
テオドールは嬉しそうに顔を綻ばせ、クラウディアを見つめた。その姿をサラが少し驚いたように見ていたのだが、その理由に考えつくことはなかった。兄妹だからこそ気が付いたことでもあるのだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
「兄さんが、あんな顔するなんて珍しいわね」
「どんな顔だ?いつもと変わらないだろう?」
自分で気付いていないのだろうその事を、言うのも腹ただしい。
「ディアを見て、とても優しい顔して笑ってたわ。どんな令嬢を前にしても、あんな顔を見せたことないでしょ?」
そう言われて、自分でも「そういえば、あの子には何も感じなかったな」と気が付いた。今まで色々な令嬢と話す時、勘違いされるようなことがあっても困るからと自分に向けられる視線や態度には気を張っていたのだが、彼女からは注意するべき視線などは一切感じ取ってなかった事に気が付いた。
「ディアは素直な子なんだな」
「そうよ。とてもいい子なの。私の妹だったら良かったのにって思うわ」
ただ純粋にそう思って言ったのだが、テオドールは少し真剣に考えこんでいた。
――まあ、確かにあんなに素直な子は貴族の中では見ないな…
ディアーナと一緒に練習を始める前にサラからは『ディアは兄さん達の顔に見惚れないわよ』と言われていたが、確かに初めて顔合わせをしたときも、それ以降の練習の時も、他の令嬢達の様にすり寄ってくるような態度もないし、色恋系の会話も視線もない。ただただ剣術の話のみだ。
ふとディアーナとの時間に、どこかしら被るクラウディアとの雰囲気を感じながら、次の練習の時間が来ることを楽しみで仕方なかった。
「ディアーナ、もう帰るのか?」
声の主はテオドールで、サラと一緒にクラウディアに向かって歩いてきていた。
「テオドール様。はい、今日はもう帰ります」
「疲れただろう?帰る前に少し休んでいくといい」
サラもテオドールの提案に賛成したようで、お茶を準備するようにメイドに言付けて屋敷へと向かった。この日は夏を目前にしているがまだまだ過ごしやすい気温だったこともあり、外でゆっくりしようとそのまま庭園へと方向を変えた。
「ディアーナは親父殿とどういうつながりがあるんだ?」
樹々の深緑が濃くなり始めた庭園内のガセボの中の丸いテーブルを囲むようにして3人が座り、そのテーブルにお茶とお菓子が並べられたトレーが置かれている。
目の端に準備が終わっていることをとらえながらテオドールがそうクラウディアに問いかけた。一緒に練習をする時の挨拶で「知り合いに頼まれた」とだけ言われたのだから、どういう知り合いなのか知りたいのだろう。
「私の父と古い付き合いがあると聞いています。ただ、詳しくは聞いていません」
「古い付き合いか…」
最初にジークフリートとの話で、一切の身分を隠し平民としてこの場に来ていることになっているので、どうして公爵と知り合いなのかが不思議だったのだろう。そう思い至ったが、だからと言ってその疑問を解消できるような答えを言うことはできなかった。
「いいじゃないの。お父様が若い頃に一緒に騎士団にいたとか、派遣した先で世話になった人とかじゃないの?お父様が連れてきたんだから、よほどの仲なのよ」
「まあそうだな…ディアーナを見てれば、わかるような気がするな」
サラは事情を知っているので助け舟を出してくれ、クラウディアも少しほっとした。
テオドールはクラウディアの顔を見て微笑み、お茶が注がれたカップを手に取り、口に運ぶ。その仕草は、さっきまで剣を振るっていた勇ましい姿とは正反対の、とても貴族らしい姿で、ウィルバートなのだと改めて気付かされた。
「今まではサラと二人だったから、四人になると勝手が違うんじゃないか?」
「はい。レベルが高すぎて、見入ってしまっていました。皆さんに付いていくために、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」
「何言ってる。ディアーナの腕前も相当なもんだと思うぞ。そりゃあ、サラと比べたらまだまだだが、同年代では十分上級クラスだ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、これから頑張れます」
「そんなに気合い入れなくてもいい。ディアーナは基礎も十分身についているし正直言うと、初めて参加した時はここまでできるとは思っていなかったから驚いたよ。従兄に習ってるんだろう?」
「はい。今、叔父の家にお世話になっていて、そこで従兄に教えてもらいました」
「そういえば、いつになったらその従兄を紹介してもらえるんだ?」
「えっと……それはまたいつか…」
胡麻化すようにお茶を口に運び、サラに視線を向けた。
「兄さん。その話はなし。ディアを困らせたら承知しないんだから」
クラウディアの困った顔を見て、サラはすぐに気が付いてくれて、その場をとりなしてくれた。さすがにカイラードの事を話すのは避けた方がいいとわかっているので、従兄に習っているなどと言わなければよかったと後悔した。
「そうか……では、話せるようになったら聞かせてもらうとするよ」
そう言いながらテオドールは更に並んだお菓子を口へ運ぶ。
「そうよ。いつかタイミングが合ったらその従兄さんに紹介してくれる?」
「はい。その時はぜひ!」
そう言うとサラがお菓子を勧めてきたので、それを受け取り口へと運ぶ。練習後に甘いものを食べると、とても幸せな気持ちになるのはなぜだろう。
「しかし、サラは君のことをそう呼んでいるのなら、俺もそう呼ぼう。いいか、ディア?俺の事も“テオ”と呼んでくれ」
「いや…そんな風に呼べません!なんだか申し訳ないです…」
「いいのよ。兄さんがそう言うんだもの、大丈夫よ。ね?」
サラにそう言い切られてしまい、クラウディアもしぶしぶ頷く。男の人を愛称で呼ぶことなど兄や従兄以外では初めてなのだ。
「わかりました。では、テオ様?でいいですか?」
「様はいらない」
「えっ……、じゃあ……テオ?」
「それでいい。これからもよろしくな?ディア」
「はい、よろしくお願いします」
テオドールは嬉しそうに顔を綻ばせ、クラウディアを見つめた。その姿をサラが少し驚いたように見ていたのだが、その理由に考えつくことはなかった。兄妹だからこそ気が付いたことでもあるのだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
「兄さんが、あんな顔するなんて珍しいわね」
「どんな顔だ?いつもと変わらないだろう?」
自分で気付いていないのだろうその事を、言うのも腹ただしい。
「ディアを見て、とても優しい顔して笑ってたわ。どんな令嬢を前にしても、あんな顔を見せたことないでしょ?」
そう言われて、自分でも「そういえば、あの子には何も感じなかったな」と気が付いた。今まで色々な令嬢と話す時、勘違いされるようなことがあっても困るからと自分に向けられる視線や態度には気を張っていたのだが、彼女からは注意するべき視線などは一切感じ取ってなかった事に気が付いた。
「ディアは素直な子なんだな」
「そうよ。とてもいい子なの。私の妹だったら良かったのにって思うわ」
ただ純粋にそう思って言ったのだが、テオドールは少し真剣に考えこんでいた。
――まあ、確かにあんなに素直な子は貴族の中では見ないな…
ディアーナと一緒に練習を始める前にサラからは『ディアは兄さん達の顔に見惚れないわよ』と言われていたが、確かに初めて顔合わせをしたときも、それ以降の練習の時も、他の令嬢達の様にすり寄ってくるような態度もないし、色恋系の会話も視線もない。ただただ剣術の話のみだ。
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