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第七章

63 テオドールとクラウディア

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「令嬢、お疲れではないですか?ずっと見ていらして様ですが」

「クラウディアとお呼びください、テオドール様。お気遣いありがとうございます。お兄様達よりは元気ですわ。テオドール様はお疲れではないのですか?」

「私は幼い頃からベルヴァ騎士団の練習に参加させられていましたので、このくらいでは疲れません。あなたに心配していただけるとは嬉しいですね」


 練習を終え、クラウディアはテオドールをお茶に誘った。誘ったというより、クラウディアが練習を見ていた場所に、帰る挨拶に来たテオドールにお茶を勧めたのだが、思わず話が弾んでしまったのだ。


「テオドール様は、確か学園の四年生でいらっしゃいましたね。卒業後はどうされるか決めておられるのですか?」

「ウィルバートの一族は騎士を生業としています。父も王国騎士団の団長を務めていますから、その下で務めるかそのまま家門のベルヴァ騎士団になるかと」

「公爵様もテオドール様が騎士として大成されることを楽しみになさっていると思いますわ」


 ウィルバートで練習していても感じるのだが、ジークフリートはテオドールに目をかけている事はよくわかっていた。息子だという事もあるのかもしれないが、やはり自分の子は可愛いのだろう。


「そうでしょうか」

「私はそう思います。今日の練習を拝見していた限りですが、テオドール様はとても真面目で、思いやりがあってお優しい方だと思いました。公爵様も鼻が高いと思っていると私はそう思います」


 テオドールはクラウディアの言葉を聞いて心臓がドキッとするのを感じた。自分を評価してくれたことが心から嬉しかったのだ。その照れを隠すように、カップを手に持ち視線を下へと落とした。 


「ありがとうございます。ところでクラウディア嬢は領地で療養中と聞いていましたが、もうお身体は大丈夫なのですか?」

「今日は特別ですわ。明日には療養地に戻りますし、こうしてお兄様達の練習姿が見られるのも、テオドール様にお会いすることも、この先あるかわかりませんから」

「そうなのですか?こんなにお美しいご令嬢に会えなくなるのはとても残念ですね。今度、体調が良い時にでもお付き合い頂けると嬉しいのですが」

「まあ、テオドール様はいつもご令嬢方にそのようなお誘いをしていらっしゃるのかしら?」


 いつもは見ないテオドールの姿に、少し意地悪を言ってみたくなったのだが、それは失敗だったと思った。 


「いえ、私がお誘いしたのは、クラウディア嬢が初めてです。実は…あなたの声が知り合いとよく似ていて、勝手に親近感を抱いているようです」

「声…ですか?」


 それを聞いて、クラウディアもようやく気がついた。今まで、認識阻害をした姿といつもの姿とで会ったことのある人はいなかったから、声のことなど気にも止めていなかったのだ。
 そしてテオドールも、自分から令嬢を誘うことなど今までに一度もなかったのだが、この声を聞いて心がざわめく何かがあったようだ。


「またご連絡します。その時はよい返事をお待ちしております。彼らにはゆっくり休むように言っていただけますか?今日は楽しい時間をありがとうございます」


 そう言って騎士の礼をして帰って行く彼の後ろ姿は、黒い長い髪が揺れ、目が離せなくなるほど素敵だった。いつもの練習の時とは違う、漆黒の貴公子の姿がそこにあった。


 ―――テオドール様ってやっぱり格好いいわ。令嬢に人気がある理由がわかる気がする。でも、声か…失敗したかな。


 次のウィルバートの練習の時、このことを思い出して顔に出さないように気を付ける必要があるなと思いながら、テオドールの帰る時の後姿を思い出した。ここでの練習で顔を合わせるとなると、騙している罪悪感に苦しめられそうだ。ここでは会わない方が良いだろう。

 そして、休むようにと言われた“彼ら”だが、心中は複雑だった。アルトゥールは実力差があると思っていたが、こうもあからさまに見せつけられると打ちのめされていたのだ。なによりも自分は疲労困憊なのに、テオドールは平気な表情で帰っていったことが悔しかった。

 ジェラルドもまたテオドールとアルトゥールの対戦を見てショックを受けていた。しかし、テオドールの言葉の『体力増強』を頑張ろうと心に決めていた。





 ―――クラウディア・リュカ・クロスローズ公爵令嬢…彼女は一体、どういう人なのだろう。
  今まで、病弱を理由に領地に引きこもっている『深窓の令嬢』だと噂にはなっていたが、あれほど美しいとは思わなかった。
 それに、貴族らしからぬ考えは公爵家特有なのかもしれないが、今まで会った令嬢達とは違って嫌いではない。


 もう一度、会いたい。
 もっと話がしたい。
 彼女の事をもっと知りたい。

 次にクロスローズに行くときにはいるだろうか?
 療養地に帰ると言っていたが、帰ってしまったら会いに行くことはできるだろうか。そもそも何処で療養しているのだろう。身体が弱いのであれば、もう王都へは出てこないのだろうか。
 一度、クロスローズ公爵に聞いてみたいが、そんなプライベートなことは教えて貰えないだろうな…


 たった一度、お茶を飲んだだけの僅かな時間だが、テオドールの頭の中からクラウディアの姿が消えることはなかった。
 それほど彼にとっては今までにないほど衝撃的な出会いでもあり、自身の心の奥に訴えかけてくる『何か』に戸惑っていた。


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