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第七章

62 テオドールの出張授業

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「来週の週末、剣の練習の時間に一人招待しておいたよ。楽しみにしてなさい」


 食事の時に、週末に予定している剣術の練習の話になった時、ベイリーがそう言った。 


「参加者?ですか」

「ああ、期待してなさい」


 ベイリーの言葉に思い浮かぶ人物がなかなか出てこなかったが、ベイリーが言うのだから、相当実力ある人物か、同じようなレベルの人物と思っていていいだろう。クラウディアが知っている人物は相対的に少ないのだから知らない人の可能性の方が多いと、考えるのをやめた。
 兄達は、色々な人の名前を出して予想しているようだが、その名前のほとんどがわからないのはなんだか悔しい気もしている。



 王都の屋敷は領地ほどではないが、広い敷地があり周囲に木を植えて森のようにし、中への視線を遮っている。そしてその中に鍛錬場や庭園などがきちんと併設されていた。
 この貴族街にある公爵家の屋敷は全て同じような感じで、その中でも公爵家は他の貴族より別格の扱いだ。
 


 そして今日の昼から、この王都の屋敷の鍛錬場で剣術の練習をするのだが、当日なのに、まだ参加者が誰なのか教えてもらえなかった。


「今日の参加者の方って、まだわからないのですか?」

「ああ、まだ聞いていないんだ。だが、そろそろ時間だから来ると思うのだが」


 クラウディアがアルトゥールに聞いてみたのだが、やはり知らされていないようだった。とりあえず体をほぐし、すぐ動けるように準備をしていると、背後から声がかかる。

 
「みんな、今日は世話になる」


 その声で振り向くと、そこに立っていたのは、黒を基調としたベルヴァ騎士団の制服を身にまとったテオドールだった。 


「テオドール殿。お忙しいのではないのですか?」


 アルトゥールが驚き声を上げた。アルトゥールほどの実力者だと、テオドールのような人物が相手をしてくれるというのはとても嬉しいようで、声からもその表情からも喜びが感じられた。


「クロスローズ公爵から父上に打診があって、ちょうど学園も休みだから是非とこちらからお願いしたのだ。今日は厳しくいくからそのつもりでいてほしい。まあ私もまだ学生だから、そう堅苦しく考えなくてもいい」


 テオドールはクラウディアを見て、表情が少し柔らかくなる。彼女がウィルバート家に通っていることも、剣術を習っていることも彼らには内緒にしているし、テオドールにはディアーナの正体は話していないのだから、今日は初対面なのだが、これが彼の言う社交時の顔なのかもしれないとクラウディアは思った。


「クラウディア嬢、初めてお目にかかる。テオドール・エーレ・ウィルバートです。今日はお邪魔いたします」


 跪いてクラウディアの手を取り、軽く口づけを落とすその姿は、いつもの彼からは考えられないほど紳士的な姿だった。
 するとテオドールは顔を上げ、いつもとは違うほんの少しだけ表情を緩める。練習の時の太陽の様な笑顔はどこに置いてきたのだろうと思ってしまうほど柔らかな優しい笑顔だ。


「ウィルバート公爵令息様。こちらこそ初めてお目にかかります。クロスローズ公爵家が長女、クラウディアと申します。今日はお兄様達の練習を見学しようかと考えているのですが、お邪魔でしょうか?」


 テオドールにはいつもこんな話し方をしないので、少し調子が狂うなと感じながら笑顔を向けたクラウディアだったが、少し驚いたような表情をしているテオドールと視線がかち合う。


「テオドールと。ゆっくりと見ていただいて構いませんよ。時間も長くなりますので、お疲れになりました屋敷に戻っていただいても構いません」


 クラウディアが療養中という噂を聞いているのだろう。気を使ってそう言っている事がわずかな表情からわかったものの、何やらその表情にも引っかかるものがあった。


「そうだぞ、クラウディア。疲れたらすぐに屋敷に戻るのだよ。わかったね」

「はい、お兄様。そうしますわ」 


 テオドールとアルトゥールの言葉にそう返事をして、近くの木陰へと移動した。 


「では、始めよう」


 テオドールの一言で、学生にはとてもハードな内容の、練習の域を超えたと言える、まさに騎士団の訓練のような練習が始まった。
 まず、テオドールと1対1で手合わせすることになり、アルトゥールは心が躍るような様子が見てわかる様だった。
 普段は感情をあまり表に出すことのないアルトゥールだが、こういう場面では我慢できなかったようだ。


「アルトゥール、来い!」


 その一言で始まったが、見ていてもテオドールの表情は変わらない。少し笑顔を浮かべてアルトゥールの剣を軽くいなす。そしてわずかな隙をついて攻撃を仕掛ける。


「アルトゥール、お前はすごいな。学園生でここまでできれば上出来だ。だが、まだ詰めが甘い」


 息が上がることなくアルトゥールを追い詰める。


「参りました…」


 なんとか息を調えるが、今の結果には満足できず自分で分析をし始める。その姿を見てテオドールが声をかけた。


「あとでまたやるぞ。それまで色々と考えておけ」


 そう言ってニヤッと笑う。彼もまた楽しいのだろう。




「ジェラルド、いいか?」


 そして二人目、ジェラルドが構える。さっきのアルトゥールとのやり取りを見ていただけですごいと思っていたが、いざ自分がその場に立つと緊張しているようだ。その様子を見てテオドールが軽く間合いを詰める。


「ジェラルド、思いっきりこい。やればやるほど強くなる」


 そう言って、カンッと剣を当ててくる。


「わかりました!」


 ―――こういう思い切りの良さは、アルトゥールより上だな。


 そう思いながらジェラルドの様子を観察し始める。


 ―――体の動きもいい、太刀筋も悪くない、問題は……


 ジェラルドが思い切り動けば動くほど、どんどん良くなってくるが、いかんせん体力が足りてない。


「ジェラルド、お前は筋は悪くない。必ず強くなる。だが……体力が足りない」


 そう言い終わったと同時に、詰められ動けなくなった。


「参りました」

「体力をつければ、確実に上にいけるぞ。頑張れ」

「はい」

「君達はエレノア騎士団の練習には参加しないのか?」


 テオドールは二人の相手をしてみて、ふとした疑問を聞いてみた。
 クロスローズ家にはエレノア騎士団という国内でも有数の騎士団があるのだから、疑問に思うのも仕方はないだろう。それに答えたのはアルトゥールだった。


「父が、『家の騎士団だと甘えが出る』と言って本格的な参加はアルドーレを卒業してからだという方針なのです。ジェラルドはまだですが、私はこの春から参加が義務になりました。しかし正直ついていくのも大変です」

「そうか。私はベルヴァ騎士団の中に小さい頃から放り込まれたんだ。厳しいの一言では済まなかったな。今でこそ笑い話に出来るが、その当時はよく逃げ出していた」

「テオドール殿が、ですか?」

「ああ、内緒だぞ」


 そう言いながら笑うテオドールは、いつもの練習の時の様な年相応の顔をしていた。
 その後、何度も手合わせを続け、その都度アドバイスが入り、二人にとっては実りのある練習になっただろう。

 時間が過ぎ、もうそろそろ終わりの時刻が来る頃、鍛錬場には荒い息を吐く二人の姿があった。


「頑張ったな、今日言ったことや感覚は覚えておけよ。今度来るときは、手加減はしないぞ」


 息も上がらず、疲れた様子も見せないテオドールが二人に練習の終了を告げた。 




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