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第五章

43 王太子のお忍び

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「ジェリー、リオ、ロー、今日は面白いものを手に入れたぞ」


 レイナルドは手に持った小さなアクセサリーを一つずつ彼らに手渡した。
 それは飾り気のない指輪だったが、裏面に刻み込まれた魔術陣の痕跡から何かしらの魔道具らしかった。


「レイ、これは何だ?」


 ジェラルドがまじまじと指輪を見つめながら言った。他の二人も同じ考えのようで、レイナルドを見つめる。日常的に使用する魔道具なら見る事もア触れる機会もあるが、これはみんな初めて見るものだった。


「これか?」


 レイモンドはそう言ってみんなの顔を見ながらその指輪を指にはめると、何かが変わる。そう、認識阻害の魔道具だった。


「身に付けた人物の外見を変える魔道具だそうだ。髪と瞳の色が変わるらしい。これをつけて街へ出ようと思ってな。どうか?行くか?」


 好奇心旺盛な年頃ということと、普段城下に出ることのない皇太子の思惑が見事に合致した瞬間で、そこにいる少年たちの目がキラキラと輝き、いまから盛大な悪戯を始めようと言ったそんな雰囲気になっている。


「決まったな。さあ行くぞ」


 侍従に言ってすぐに質素な服を用意させ、手間取りながらも着替えて4人揃って城下へと向かった。

 お忍びとはいえ少し離れた場所には護衛騎士が控え、要所、要所に数人隠れているのだから安全と言えば安全なのだろう。幸い国内に不穏分子が潜んでいるという話も聞かないし、王太子にとっても市井を知るお忍びにはいい頃合いなのかもしれないと考えて、あえて止めることはしなかったようだ。


「ジェリー、あの店はなんだ?」

「なあリオ、ロー、あっちへ行こう」


 レイナルドは初めて間近に見る市井の様子に目を輝かせ、見るもの見るものに興味を持った。将来、上に立つものとして市井の様子を知っておくことは大切だと思っているからこそ、なんにでも興味を持ち、それを知りたいと思うことは彼にとって普通の事で、今まで市井に出なかったことを後悔していた。
 とはいえ、まだ子供では行動できることも限られていることと、どちらかというと楽しいことに惹かれるもので、気付くと広場を思いっきり駆け回り、屋台でお菓子を買って食べたりと子供らしい時間の過ごし方をしていた。


 中央の広場の噴水近くに腰を掛けて、次にどこへ行こうかといった話をしているのだが、レイナルドが思い出したように三人に話し始めた。


「そうだ。母上が令嬢を呼んでお茶会を計画しているらしい。私にも参加するように言っていたから、君達も参加しろよ」


 爆弾発言のように言うレイナルドに、三人は思わず顔を見合わせた。


「レイ、令嬢とお茶会って…」

「母上が、お前達とばかり会っているからって、みんな同罪だと言っていたぞ」


 気に入らないと言われてもまだ学校へも行っていないのだから、彼らには令嬢達に会う機会などないに等しい。それに彼らの親が進んで交流を持たせようとしていないのだから、こればかりは仕方ない。だが、その事で王妃も婚約者がいない4名を心配していることもあるようだ。


「また連絡するから、必ず来い。……逃げるなよ」


 レイナルドも令嬢とのお茶会には参加したくないので、三人を道連れにしたい気持ちでいっぱいだった。他にも参加する令息はいるが、レイナルドはこの三人がいれば何とか乗り切れそうな気がしていたこともあり、今のうちからしっかりと約束をしておこうと先手を打ったのだ。



「今度は向こうの区画へ行かないか?」


 レイナルドは職人街がある方向を指差した。職人は国の宝でもあり、庶民の生活の基になるものだから一度見に行きたいと前々から興味はあった。

 職人街には宝石などの貴金属を扱う職人から、剣や鎧などを扱う職人もいて、どこをみてもレイナルドの興味を引く店ばかりだった。
 その中でも、店先に剣が並べられている店を外から眺めながら憧れの眼差しを向けている。
 そう言うところは男の子なのだろうと感じさせるが、さすがにこれ以上、奥まで行かせてもらえるわけでもなく、一番近くに控える騎士に止められた。


「これ以上はなりません」

「なぜだ?」

「危険です。行かれる場合は、宰相殿の許可を取ってからです」


 今回の市井へのお忍びは街の中心部のにぎやかな部分でのみ許可されたもので、職人街の奥ともなると安全とは言い切れないこともあり、護衛騎士たちは割って入った。


「ダメなのか?……わかった。では、今度許可を取ってからまた来るとしよう」


 レイナルドは王太子なのだから、ここで文句を言って無理やりにでも行ったら行ったなのだが、彼は真面目な性格で人に迷惑をかけることを良しとしなかったこともあり、これ以上すると迷惑を掛ける人間が多いという事を理解できていて素直に引いた。


「ジェリー、リオ、ロー、今度、また一緒に見にこよう」


 そう言って、職人街を後にした。





 そして帰ってすぐに、レイナルドはその言葉通りに職人街へ行きたいと宰相に許可を求めた。
 宰相からの条件として、行く時は近衛騎士団の中での実力者が付き添う事が条件として提示され、渋々ながらそれを受け入れた。そして約一か月後にようやく職人街へ行く許可が出され、彼らは念願の店へと向かうことになった。

 その時の付き添いに選ばれたのは、レイナルドの叔父でもあるアインザムカイト王弟殿下だった。


「レイ、職人街に行きたいのか?宰相が渋い顔をしていたぞ」

「叔父上。私は市井の様子をしっかりと見たいのです。職人街は危険だといわれて入り口までしか行かせてもらえませんでしたが、できることなら国中を見て回りたいのです」

「いい心がけだ。だが、国中を回るのはまだまだ先だな。ものには順序がある」


 アインザムカイトはフッと笑って、可愛い甥の姿に思わず頭をワシワシとしていた。それを嫌がらず、喜んでいるレイモンドにとってアインザムカイトは自身の憧れの人でもあり大好きな叔父でもあった。


「お前は剣も頑張っているのだから、まずはここから始めよう。私が一緒に行ってやるから、勝手に行動するなよ。ただし、私がいつも行く店になるがいいな?」

「叔父上が一緒に行って下さるのですか?」

「ああ、友達も一緒に連れて行ってやろう。今度、友達はいつ来るんだ?」

 
 満面の笑みを浮かべるレイナルドは、早速次の日程を確認した。今度三人で会うのは半月後なのだが、待ち遠しくてこの日はなかなか寝付けなかった。





 そして半月が経ち、待ちに待ったその日がやって来た。

 レイナルドは朝早くに目覚め、ジェラルド達が来るのを今か今かと待っていた。そして、ジェラルド、リオネル、ローラントがやってくると、今まで内緒にしていた鍛冶屋へと行ける事を伝えた。本来なら先に伝えておくべきことだろうが、驚かせたいという気持ちが大きくて内緒にしていた。


「レイ、じゃあ、この間行けなかった店に行くのか?」

「あの店じゃないんだが、今日、叔父上がいつも行っている店に連れて行ってくれるんだ」

「叔父上って……まさか」

「アインザムカイト叔父上だよ」


 レイナルドの無邪気な一言に三人は動きが止まった。まるで凍るようにピタッと動きも思考も止まったのだ。それもそのはず、レイナルドの叔父とは現国王の弟だ。


「レイ、みんな来たようだな。じゃあ、行くとしようか」


 爽やかな笑顔で声を掛けてきたのは、まごうことなくアインザムカイト王弟殿下だった。
 そしてニコやかなレイナルド以外の三人はずっと緊張しながらその後をついていく事となった。



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