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第四章
36 シモン・ヴィン・ラファーガ
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シモンはジュネス学園在学時に、父親の現ラファーガ公爵から『クロスローズ公爵の元で政務に関する事を学べ』と命令され、毎週のように王城のクロスローズ公爵の執務室へと出向くようになっていた。
シモンからすると『別に親の元でも十分だと思うけどな』と考えていたのだが、早々にその考えは甘いことに気付かされた。
クロスローズ公爵は若い時に当主となり、内務大臣としても国王陛下の相談相手としても文句のつけようのないほど優秀な人物で、尚且つその内面は冷酷で恐ろしい人物だということは何度も耳にしていた。だが最初に会った時、その柔和な話し方や笑顔を見て「恐ろしいとは程遠い人だ」という印象を受けた。
しかし、娘でもあるクラウディアが倒れた事件の折は、その原因を突き止めるべく奔走している姿を目の当たりにして、 ふとした時に見せる表情や滲み出るような仄暗いオーラの様なものを感じ、以前聞いた彼への評価が正しかったことを知った。
それから約一年。隣国のセグリーヴ侯爵家で療養していた娘のクラウディアが回復し帰ってくることになったのだが、身体の具合や気候の問題からか学園に入学するまでの間の生活の基盤は隣国に置き、定期的にこちらへと戻ってくるということになったらしい。
ベイリーに付いてクロスローズ公爵家に来たシモンだが、この日はクラウディアが戻って来る日で屋敷内が華やかな雰囲気に包まれていた。
「クラウ、今日はこれを持ってきたよ」
シモンの手にはクラウディアに渡す為に持ってきた少し厚さのある1冊の本と、可愛いラッピングのお菓子の箱が握られていた。
「シモンお兄様。いつもありがとう」
「体は大丈夫かい?無理をしないようにね」
実はラファーガ公爵はベイリーから伝え聞くクラウディアの聡明さを買っており、どうにかして息子の嫁に…など頭の隅で考えていた。
そこで政務の勉強と理由を付けてクロスローズ公爵家に出入りをさせ、早々にクラウディアに印象付けようと考えていたのだ。しかしシモンは、クラウディアと親密になるように策を巡らせている父親の気持ちなど考えもせず、クラウディアはシモンを兄として慕い、シモンもクラウディアに対しては仕える家の令嬢や妹といった系の親愛の情を抱くにとどまっていた。
ベイリーもクラウディアがシモンを兄のように慕っていると知っていたので、この日は自分と一緒に行動するのではなくクラウディアの相手をするようにと前もって伝えていた。そして庭のガセボにお茶を準備させるよう前もって指示を出していたのだ。
クラウディアはシモンの持ってきたお菓子を出して皿に並べたが、そのお菓子はとても可愛らしく、乙女心をくすぐるような飾り付けがされているものだった。
「お兄様!このお菓子、とても可愛いです。ありがとう」
「これはアデライトも好きなんだ。クラウが喜んでくれるなら、持ってきたかいがあったよ。今度はまた違うのを準備するから楽しみにしておいで」
そう言って、お菓子を見ながら瞳を輝かせているクラウディアに持ってきた本を手渡した。アデライトはシモンの妹で、クラウディアとは同じ年齢で数年後にはフィオナと一緒にジュネス学園に一緒に入学することになっており、今も時々顔を合わせる友人だ。
そして一緒に手渡された本は、珍しい植物を中心に掲載されている図鑑だった。出版数が少ないらしくなかなか手に入らない貴重な一冊だった。受け取った時にクラウディアの顔が輝くような笑顔を浮かべたのを見て、つられるように笑顔になった。
そしてクラウディアはシモンに抱きつくと、シモンは柔らかい笑顔を浮かべて抱き止め優しく頭を撫でた。この二人の姿は誰が見ても仲の良い兄妹にしかみえないだろう。
「ねえ、シモンお兄様。お兄様は乗馬をなさるのでしょう?」
「もちろん。でも、どうしたんだい急に?」
「私も少しだけど遠乗りできるようになったのよ。だから、シモンお兄様と一緒にお散歩出来たらなって」
「いいよ。クラウが帰ってきている時に時間を取るようにしておくよ」
「はい、お兄様。楽しみです」
シモンはニコニコと笑うクラウディアの頭を撫でて、彼女がどれだけ乗れるのだろうか?どこへ行こうか?そんなことを考えていた。
シモン・ヴィン・ラファーガは、クラウディアと会う事を毎回楽しみにしていた。
普通の令嬢はドレスや宝飾品の事ばかりで、正直、話をしていても楽しいと思ったことはない。だが、クラウディアは自分より9つも年下なのに、学園での友人と話すように会話が弾むのだ。
どんなに難しいと思うような話でもクラウディアは理解してくれる。逆にわからないことは理解できるまでとことん聞いてくる姿勢は、シモンにとって好ましく感じていた。
―――クラウディアが同年代ならどれほど嬉しいか……
そう考えずにはいられなかった。
そういうシモンは、クラウディアから兄として慕われていることが嬉しくもあり、恨めしくもあった。
父からクロスローズ公爵に付くようにと言われたことを今は感謝の気持ちもあるものの、正直なぜ父がそういう判断をしたのかが未だに理解できていなかった。まさか、クラウディアとの縁を繋ごうとしているなどとはこの時のシモンは考えたことも無かったのだ。
シモンからすると『別に親の元でも十分だと思うけどな』と考えていたのだが、早々にその考えは甘いことに気付かされた。
クロスローズ公爵は若い時に当主となり、内務大臣としても国王陛下の相談相手としても文句のつけようのないほど優秀な人物で、尚且つその内面は冷酷で恐ろしい人物だということは何度も耳にしていた。だが最初に会った時、その柔和な話し方や笑顔を見て「恐ろしいとは程遠い人だ」という印象を受けた。
しかし、娘でもあるクラウディアが倒れた事件の折は、その原因を突き止めるべく奔走している姿を目の当たりにして、 ふとした時に見せる表情や滲み出るような仄暗いオーラの様なものを感じ、以前聞いた彼への評価が正しかったことを知った。
それから約一年。隣国のセグリーヴ侯爵家で療養していた娘のクラウディアが回復し帰ってくることになったのだが、身体の具合や気候の問題からか学園に入学するまでの間の生活の基盤は隣国に置き、定期的にこちらへと戻ってくるということになったらしい。
ベイリーに付いてクロスローズ公爵家に来たシモンだが、この日はクラウディアが戻って来る日で屋敷内が華やかな雰囲気に包まれていた。
「クラウ、今日はこれを持ってきたよ」
シモンの手にはクラウディアに渡す為に持ってきた少し厚さのある1冊の本と、可愛いラッピングのお菓子の箱が握られていた。
「シモンお兄様。いつもありがとう」
「体は大丈夫かい?無理をしないようにね」
実はラファーガ公爵はベイリーから伝え聞くクラウディアの聡明さを買っており、どうにかして息子の嫁に…など頭の隅で考えていた。
そこで政務の勉強と理由を付けてクロスローズ公爵家に出入りをさせ、早々にクラウディアに印象付けようと考えていたのだ。しかしシモンは、クラウディアと親密になるように策を巡らせている父親の気持ちなど考えもせず、クラウディアはシモンを兄として慕い、シモンもクラウディアに対しては仕える家の令嬢や妹といった系の親愛の情を抱くにとどまっていた。
ベイリーもクラウディアがシモンを兄のように慕っていると知っていたので、この日は自分と一緒に行動するのではなくクラウディアの相手をするようにと前もって伝えていた。そして庭のガセボにお茶を準備させるよう前もって指示を出していたのだ。
クラウディアはシモンの持ってきたお菓子を出して皿に並べたが、そのお菓子はとても可愛らしく、乙女心をくすぐるような飾り付けがされているものだった。
「お兄様!このお菓子、とても可愛いです。ありがとう」
「これはアデライトも好きなんだ。クラウが喜んでくれるなら、持ってきたかいがあったよ。今度はまた違うのを準備するから楽しみにしておいで」
そう言って、お菓子を見ながら瞳を輝かせているクラウディアに持ってきた本を手渡した。アデライトはシモンの妹で、クラウディアとは同じ年齢で数年後にはフィオナと一緒にジュネス学園に一緒に入学することになっており、今も時々顔を合わせる友人だ。
そして一緒に手渡された本は、珍しい植物を中心に掲載されている図鑑だった。出版数が少ないらしくなかなか手に入らない貴重な一冊だった。受け取った時にクラウディアの顔が輝くような笑顔を浮かべたのを見て、つられるように笑顔になった。
そしてクラウディアはシモンに抱きつくと、シモンは柔らかい笑顔を浮かべて抱き止め優しく頭を撫でた。この二人の姿は誰が見ても仲の良い兄妹にしかみえないだろう。
「ねえ、シモンお兄様。お兄様は乗馬をなさるのでしょう?」
「もちろん。でも、どうしたんだい急に?」
「私も少しだけど遠乗りできるようになったのよ。だから、シモンお兄様と一緒にお散歩出来たらなって」
「いいよ。クラウが帰ってきている時に時間を取るようにしておくよ」
「はい、お兄様。楽しみです」
シモンはニコニコと笑うクラウディアの頭を撫でて、彼女がどれだけ乗れるのだろうか?どこへ行こうか?そんなことを考えていた。
シモン・ヴィン・ラファーガは、クラウディアと会う事を毎回楽しみにしていた。
普通の令嬢はドレスや宝飾品の事ばかりで、正直、話をしていても楽しいと思ったことはない。だが、クラウディアは自分より9つも年下なのに、学園での友人と話すように会話が弾むのだ。
どんなに難しいと思うような話でもクラウディアは理解してくれる。逆にわからないことは理解できるまでとことん聞いてくる姿勢は、シモンにとって好ましく感じていた。
―――クラウディアが同年代ならどれほど嬉しいか……
そう考えずにはいられなかった。
そういうシモンは、クラウディアから兄として慕われていることが嬉しくもあり、恨めしくもあった。
父からクロスローズ公爵に付くようにと言われたことを今は感謝の気持ちもあるものの、正直なぜ父がそういう判断をしたのかが未だに理解できていなかった。まさか、クラウディアとの縁を繋ごうとしているなどとはこの時のシモンは考えたことも無かったのだ。
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