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第三章
32 ジェイク・フォン・ガジュラス侯爵
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クラウディアがエアストン国のセグリーヴ侯爵家で過ごすようになり、もう二年の月日が過ぎていた。
だが引き籠っているわけではなく、その間もクロスローズの屋敷はもちろん魔法魔術院にもしっかりと顔を出していた。
セグリーヴ侯爵家での日課になりつつあったカイラードとの剣の練習は、最初の頃は体力のなさを痛感させられたため体力増強に重きを置いていたが、徐々にその結果も出始め簡単な手合わせも出来るほどになっていた。
二年目に入る頃にはそのカイラードの騎士団への入団が決まったこともあり、そろそろ次のステップに進むころだとジルベルトも考えていた。
カイラードが入団したレイン騎士団はエアストン国の花形と呼ばれる騎士団で、その団長のジェイク・フォン・ガジュラス侯爵はセグリーヴ侯爵夫人のロレナの兄でもあった。
ロレナが実家のガジュラス侯爵家へと里帰りをした際に、クラウディアのことを話したら興味を持ったようで、近いうちに顔を出すと言っていたので、ジェイクがセグリーヴ侯爵家に顔を出したのも驚くことではなかった。
「まあ、お兄様。先触れもなくどうなさったの?……ああ、私ではなく、彼女に会いに来たのね?」
「興味が湧いて仕方ないんだよ。カイラードからも練習の仕方について聞いてくるし、一度顔を見ておこうかと思って寄ってみたんだ」
そう言って逸る気持ちにジェイクの口元がわずかに上がる。
彼は騎士らしいがっしりとした体躯の持ち主で、身長も190近で圧のある雰囲気を感じさせる人物だった。小柄で女性らしいロレナと同じ瞳をしていることが兄妹と証明する唯一と言っていいほど容姿は全く違う。その為、誰もが兄弟に見えずに驚いて何度も確認することがよくある事らしい。
この日、ジェイクを紹介されたクラウディアがロレナと彼の顔を何度も見比べていたことが、その証明かもしれない。
「やあ、君がカイラードの言っていた少女かな?」
「はじめまして。えっと……ディアーナ・ティルトンです」
クラウディアはジェイクの容貌に一瞬目を見張りながら、慌てて挨拶をした。この日はカイラードが休みだったこともあり、時間を見つけて練習相手をしてもらっていたのでドレスを着ているわけではなかったので礼の仕方はカイラードに倣い見習いのようにお辞儀をしたのだ。
「ディアーナというのか。歳は10かな?」と確認をしながら、自分の名前や身分を告げて一緒に練習しようかと言ったのだ。
「じゃあ、ディアーナ。私の相手をしてくれるかな?」
「はい。よろしくお願いします」
そう挨拶をしてお互いに向き合い剣を構えた。
一通り相手をして、その場にやってきたカイラードにも、息が上がるほどに何度も何度も繰り返し相手をしたが、当のジェイクは澄ました顔で二人を見ている。
「カイラード、お前は現状で満足するな。今日より明日、明日より明後日、必ず成長していけ。気を抜くな。諦めるな。いいな!」
「はい。わかりました」
「それと、ディアーナ。君はカイラードから習う前には誰から習っていたのかな?」
「えっと……」
クラウディアはロレナにチラッと視線を向けたが、そのことを話していいかの判断は自分ではできなかったので、言葉を濁した。
「言えないか?じゃあ、今は聞かないことにしよう」
ジェイクはクラウディアの頭にポンと手を置いて、視線を合わせるように腰を低くする。その表情は優しいおじさんのような優しい感じを漂わせていて、とてもじゃないが騎士団の団長をしているような雰囲気ではなかった。
「ディアーナ。来週から私が相手をしよう。私はカイラードよりも強いし教えるのも上手いぞ。君も早く上達したいだろう」
「いいのですか?」
「ああ。私は君に興味が湧いて仕方がない。だから私が力を貸そう。頑張ってカイラードに追い付こうか」
そう言いながら笑ってカイラードを見る。もちろんカイラードは絶対に負けないと言い張りながらクラウディアの側に立ってジェイクに反抗するように不満げな表情を向けた。
その日以降、ジェイクはほとんど毎日時間を空けてクラウディアを訪ねてくるようになった。
剣術に関しては充実した日々を送ることになった。騎士団長にここまで相手をしてもらえるとは思っていなかったので驚きもあったが、そのおかげもあり実力も見てわかるほど上達していったのだった。
「なあジルベルト。あのディアーナって子。お前の実家の関係者……だろう?」
ジェイクはクラウディアを訪ねてきて練習を終えた後にジルベルトの執務室に顔を出した。クラウディアと初めて相手をした時から気になっていたことを解消したいこと思っていたのだ。
「どうしてそう思う?」
「あの子の型、構え、剣筋。あれはエレノアのものだ」
ジェイクの言う“エレノア”とは、クロスローズ公爵家のエレノア騎士団のことだろう。
エストレージャ王国の公爵家はそれぞれ専属の騎士団を持っていて、それぞれに特徴もあるの。ジェイクはそれを見抜いたということだろう。
「さすが騎士団長だな。君の言う通りだ。あの子は私の甥の子でね、しばらく預かっているんだよ」
「甥?お前の甥って確かクロスローズ公爵家の現当主だろう?」
「色々とあるんだよ。それで、お前から見た彼女はどうなんだ?」
「そうだな……剣だけに集中してくれるなら文句のつけようがないほどになる…可能性がある逸材だな」
「それで毎日来ているのか?」
「諦められないからな。気持ちが変わることに賭けてみようかと…ダメか?」
「ないな…諦めろ。だが、出来る限りは頼む」
「それは任せておけ」
ジェイクはおもちゃを見つけた子供のような笑顔を浮かべていた。
だが引き籠っているわけではなく、その間もクロスローズの屋敷はもちろん魔法魔術院にもしっかりと顔を出していた。
セグリーヴ侯爵家での日課になりつつあったカイラードとの剣の練習は、最初の頃は体力のなさを痛感させられたため体力増強に重きを置いていたが、徐々にその結果も出始め簡単な手合わせも出来るほどになっていた。
二年目に入る頃にはそのカイラードの騎士団への入団が決まったこともあり、そろそろ次のステップに進むころだとジルベルトも考えていた。
カイラードが入団したレイン騎士団はエアストン国の花形と呼ばれる騎士団で、その団長のジェイク・フォン・ガジュラス侯爵はセグリーヴ侯爵夫人のロレナの兄でもあった。
ロレナが実家のガジュラス侯爵家へと里帰りをした際に、クラウディアのことを話したら興味を持ったようで、近いうちに顔を出すと言っていたので、ジェイクがセグリーヴ侯爵家に顔を出したのも驚くことではなかった。
「まあ、お兄様。先触れもなくどうなさったの?……ああ、私ではなく、彼女に会いに来たのね?」
「興味が湧いて仕方ないんだよ。カイラードからも練習の仕方について聞いてくるし、一度顔を見ておこうかと思って寄ってみたんだ」
そう言って逸る気持ちにジェイクの口元がわずかに上がる。
彼は騎士らしいがっしりとした体躯の持ち主で、身長も190近で圧のある雰囲気を感じさせる人物だった。小柄で女性らしいロレナと同じ瞳をしていることが兄妹と証明する唯一と言っていいほど容姿は全く違う。その為、誰もが兄弟に見えずに驚いて何度も確認することがよくある事らしい。
この日、ジェイクを紹介されたクラウディアがロレナと彼の顔を何度も見比べていたことが、その証明かもしれない。
「やあ、君がカイラードの言っていた少女かな?」
「はじめまして。えっと……ディアーナ・ティルトンです」
クラウディアはジェイクの容貌に一瞬目を見張りながら、慌てて挨拶をした。この日はカイラードが休みだったこともあり、時間を見つけて練習相手をしてもらっていたのでドレスを着ているわけではなかったので礼の仕方はカイラードに倣い見習いのようにお辞儀をしたのだ。
「ディアーナというのか。歳は10かな?」と確認をしながら、自分の名前や身分を告げて一緒に練習しようかと言ったのだ。
「じゃあ、ディアーナ。私の相手をしてくれるかな?」
「はい。よろしくお願いします」
そう挨拶をしてお互いに向き合い剣を構えた。
一通り相手をして、その場にやってきたカイラードにも、息が上がるほどに何度も何度も繰り返し相手をしたが、当のジェイクは澄ました顔で二人を見ている。
「カイラード、お前は現状で満足するな。今日より明日、明日より明後日、必ず成長していけ。気を抜くな。諦めるな。いいな!」
「はい。わかりました」
「それと、ディアーナ。君はカイラードから習う前には誰から習っていたのかな?」
「えっと……」
クラウディアはロレナにチラッと視線を向けたが、そのことを話していいかの判断は自分ではできなかったので、言葉を濁した。
「言えないか?じゃあ、今は聞かないことにしよう」
ジェイクはクラウディアの頭にポンと手を置いて、視線を合わせるように腰を低くする。その表情は優しいおじさんのような優しい感じを漂わせていて、とてもじゃないが騎士団の団長をしているような雰囲気ではなかった。
「ディアーナ。来週から私が相手をしよう。私はカイラードよりも強いし教えるのも上手いぞ。君も早く上達したいだろう」
「いいのですか?」
「ああ。私は君に興味が湧いて仕方がない。だから私が力を貸そう。頑張ってカイラードに追い付こうか」
そう言いながら笑ってカイラードを見る。もちろんカイラードは絶対に負けないと言い張りながらクラウディアの側に立ってジェイクに反抗するように不満げな表情を向けた。
その日以降、ジェイクはほとんど毎日時間を空けてクラウディアを訪ねてくるようになった。
剣術に関しては充実した日々を送ることになった。騎士団長にここまで相手をしてもらえるとは思っていなかったので驚きもあったが、そのおかげもあり実力も見てわかるほど上達していったのだった。
「なあジルベルト。あのディアーナって子。お前の実家の関係者……だろう?」
ジェイクはクラウディアを訪ねてきて練習を終えた後にジルベルトの執務室に顔を出した。クラウディアと初めて相手をした時から気になっていたことを解消したいこと思っていたのだ。
「どうしてそう思う?」
「あの子の型、構え、剣筋。あれはエレノアのものだ」
ジェイクの言う“エレノア”とは、クロスローズ公爵家のエレノア騎士団のことだろう。
エストレージャ王国の公爵家はそれぞれ専属の騎士団を持っていて、それぞれに特徴もあるの。ジェイクはそれを見抜いたということだろう。
「さすが騎士団長だな。君の言う通りだ。あの子は私の甥の子でね、しばらく預かっているんだよ」
「甥?お前の甥って確かクロスローズ公爵家の現当主だろう?」
「色々とあるんだよ。それで、お前から見た彼女はどうなんだ?」
「そうだな……剣だけに集中してくれるなら文句のつけようがないほどになる…可能性がある逸材だな」
「それで毎日来ているのか?」
「諦められないからな。気持ちが変わることに賭けてみようかと…ダメか?」
「ないな…諦めろ。だが、出来る限りは頼む」
「それは任せておけ」
ジェイクはおもちゃを見つけた子供のような笑顔を浮かべていた。
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