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第二章
20 夢と現実、そして目覚め
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セグリーヴ侯爵のジルベルトは、この日もクラウディアの様子を見るために彼女が眠る部屋を訪れていた。
彼女が眠る部屋の扉を開けると、柔らかな春の日差しの中に居るような穏やかさを感じ、彼女の傍らにうっすらと緑色の光が人の形をして輝いている光景が目に入った。そしてその光はジルベルトの方に顔を向けると同時に、かき消すように消えた。消えると同時に頭の中に声が響く。
《クラウディアを頼む。そしてエストレージャを救ってほしい》
―――なんだ…今の声は
頭に届いた声はとても優しく慈愛に満ちているようで、その響きはジルベルトの心の奥底で熱を帯びるように形を成している。
声の主だっただろうその光の消えた場所へ……クラウディアの眠っている側へと足を進め、彼女の頭をそっと撫でた。
すると、突然ジルベルトの脳裏に鮮やかな光景が浮かび上がる。
それは、自身が白昼夢を見ているのではないかと頭を振ったが、そうではないことに気付いた。
―――これは接触感応??クラウディアが見ている光景か?
ジルベルトはそう気が付き、今、この瞬間にも移り変わるその光景を自身の脳裏に刻み付けようと、目を閉じて意識を集中した。
―――場所はエストレージャ王国に間違いないが、これは戦争か…?
荒廃したその風景の中に面影のある故郷の風景を垣間見たジルベルトは、かなり長い時間その場所で立ち尽くした。そしてそのまま脳裏に映る映像をただただ見続けた。
脈略のないような光景も、繋がっていることがよくわかる。だが、ジルベルトの今現在の記憶と合致しない光景が全てを理解するにはまだ消化しきれないところがあった。
これは彼女の視点なのだろう。見ている限りはクラウディアの姿は見当たらず、時折ガラスや水面等に映る姿が見紛うこともなくクラウディアの姿だったのだから。
「これは一体……。クラウディア……君は、どうしてここにいるんだ?」
目を開けてクラウディアの眠る顔を見ながらそう呟いた。映し出された光景は、どう考えても未来の世界だったからだ。
あの響いた声が告げたことはこのことを示唆していたのだろうかと思い至り、その日からジルベルトはクラウディアの元を訪れる度に、彼女の頭を撫でてその不可思議な光景を見続けた。
見たことのないような国の映像に歳を重ねたであろう見知った人達、そして、クラウディアが命を散らすその瞬間までも……
一年が過ぎ、クラウディアに影響を及ぼしていた闇の力は浄化されてきていて、そろそろ目覚めるこ頃だろうとジルベルトは感じていた。
この日もいつものようにクラウディアの元を訪れ、彼女の頭を撫でながら瞳を閉じた。
この数日、彼の脳裏に浮かぶ映像は、おそらく魂に刻み込まれているだろう彼女の死の瞬間の光景だ。
彼女を貫く刃を持つ人物の、苦渋の決断が滲む琥珀の瞳には光が灯ってはいなかった。ただただ苦しみと哀しみの感情だけが伝わってくる瞳だ。
そして、急にその光景が消えてジルベルトが目を開けてみると、クラウディアの瞳が少し開きその間から瑠璃の瞳がのぞき始めた。
「クラウディア?目覚めたのかい?」
クラウディアはゆっくりと目を開きその声の主に視線を向けた。そこにいたのは、どことなく父親のベイリーに似た男性で、優しく微笑みながらそっと頭を撫でている。
「……あの…、こ…こは……、どこ…ですか?」
若干かすれたような声に自分でも驚きながら、ジルベルトをじっと見つめる。
クラウディアは自分と同じ色を持つその人物に血縁だと感じていたのか、心のどこかで少し安堵に似た思いが広がっている。
「クラウディア。今、水を持ってくるよ。いや、家の方に行こうか。みんな君が目覚めるのを待っていたんだよ」
??という表情を浮かべながらじっとジルベルトを見ているクラウディアをそっと抱き上げて、セグリーヴ侯爵家の屋敷へと向かう。
「おはよう。クラウディア。私はジルベルト。君の叔父だ」
「おじさん?」
「ああ。正確に言うなら、君のお父さんの叔父さんだ。起きたばかりだからね。とりあえずは着替えとスープでも準備させようか」
ジルベルトはそう言いながら、隣りにある大きな屋敷に入り、クラウディアの為に準備をさせたという部屋の扉を開けた。
そこに広がっていたのはピンク色の壁紙に、猫足の飾り彫りが印象的な家具が置かれた子供らしい部屋で、天蓋付きのベッドがお姫様感を一層引き立てていた。
ジルベルトの妻が楽しそうに壁紙から選んで作り上げたクラウディアの部屋だ。
メイドに頼んだ水も運ばれており、そのベッドに腰を掛けてグラスに注いでもらった水で喉を潤す。
久しぶりの水分が身体に染みわたり、不思議な感じがしてごくごくと飲み干し再度注いでもらう。
「じゃあ、今から汗を流して着替えをしなさい。終わった頃にまた来るから」
そう言って、クラウディアに侍女を紹介して部屋の外へと出ていった。
侍女は名前をモナと言う17歳の男爵家の三女らしい。状況を理解しきれていないクラウディアに、「着替えが終われば旦那様がお話してくださいますよ」と優しく話をしてくれ、その笑顔と声になんだかホッとした。
汗を流し終えてから、念のためにとそのまま休んでも支障のない部屋着を着せられ、そこの窓から外に視線を向けると見たことのない風景が広がっている。
そのままベッドに腰を掛けて、再度水を注いだグラスを手にしていると、部屋をノックする音が聞こえた。
モナが確認してからドアを開け、先ほどまで一緒にいた叔父――ジルベルト――が部屋に入ってきた。
「クラウディア。さっぱりしただろう?今、美味しいスープを持ってくるからそれまで話をしようか」
そう言ってクラウディアを抱き上げて自身の膝の上に座らせる。その顔はニコニコしていて楽しんでいるようにしか見えないのだが、嫌ではないクラウディアもそれをただ甘んじて受けている。
「まず、ここはエアストン国の王都だ。そしてここは私の屋敷だよ」
まずそう言って、クラウディアがこの屋敷にいる理由や長い間眠っていたことを話し始めた。
もっと詳しいことはまた後日にということになり、とりあえず話を終わらせる。
しかし、ジルベルトが一番気になっていたことは、彼女が眠りについているときに目にしたあの映像。
おそらく未来のことだろうが、その事を彼女が覚えているのか、それが気になっていた。
彼女が眠る部屋の扉を開けると、柔らかな春の日差しの中に居るような穏やかさを感じ、彼女の傍らにうっすらと緑色の光が人の形をして輝いている光景が目に入った。そしてその光はジルベルトの方に顔を向けると同時に、かき消すように消えた。消えると同時に頭の中に声が響く。
《クラウディアを頼む。そしてエストレージャを救ってほしい》
―――なんだ…今の声は
頭に届いた声はとても優しく慈愛に満ちているようで、その響きはジルベルトの心の奥底で熱を帯びるように形を成している。
声の主だっただろうその光の消えた場所へ……クラウディアの眠っている側へと足を進め、彼女の頭をそっと撫でた。
すると、突然ジルベルトの脳裏に鮮やかな光景が浮かび上がる。
それは、自身が白昼夢を見ているのではないかと頭を振ったが、そうではないことに気付いた。
―――これは接触感応??クラウディアが見ている光景か?
ジルベルトはそう気が付き、今、この瞬間にも移り変わるその光景を自身の脳裏に刻み付けようと、目を閉じて意識を集中した。
―――場所はエストレージャ王国に間違いないが、これは戦争か…?
荒廃したその風景の中に面影のある故郷の風景を垣間見たジルベルトは、かなり長い時間その場所で立ち尽くした。そしてそのまま脳裏に映る映像をただただ見続けた。
脈略のないような光景も、繋がっていることがよくわかる。だが、ジルベルトの今現在の記憶と合致しない光景が全てを理解するにはまだ消化しきれないところがあった。
これは彼女の視点なのだろう。見ている限りはクラウディアの姿は見当たらず、時折ガラスや水面等に映る姿が見紛うこともなくクラウディアの姿だったのだから。
「これは一体……。クラウディア……君は、どうしてここにいるんだ?」
目を開けてクラウディアの眠る顔を見ながらそう呟いた。映し出された光景は、どう考えても未来の世界だったからだ。
あの響いた声が告げたことはこのことを示唆していたのだろうかと思い至り、その日からジルベルトはクラウディアの元を訪れる度に、彼女の頭を撫でてその不可思議な光景を見続けた。
見たことのないような国の映像に歳を重ねたであろう見知った人達、そして、クラウディアが命を散らすその瞬間までも……
一年が過ぎ、クラウディアに影響を及ぼしていた闇の力は浄化されてきていて、そろそろ目覚めるこ頃だろうとジルベルトは感じていた。
この日もいつものようにクラウディアの元を訪れ、彼女の頭を撫でながら瞳を閉じた。
この数日、彼の脳裏に浮かぶ映像は、おそらく魂に刻み込まれているだろう彼女の死の瞬間の光景だ。
彼女を貫く刃を持つ人物の、苦渋の決断が滲む琥珀の瞳には光が灯ってはいなかった。ただただ苦しみと哀しみの感情だけが伝わってくる瞳だ。
そして、急にその光景が消えてジルベルトが目を開けてみると、クラウディアの瞳が少し開きその間から瑠璃の瞳がのぞき始めた。
「クラウディア?目覚めたのかい?」
クラウディアはゆっくりと目を開きその声の主に視線を向けた。そこにいたのは、どことなく父親のベイリーに似た男性で、優しく微笑みながらそっと頭を撫でている。
「……あの…、こ…こは……、どこ…ですか?」
若干かすれたような声に自分でも驚きながら、ジルベルトをじっと見つめる。
クラウディアは自分と同じ色を持つその人物に血縁だと感じていたのか、心のどこかで少し安堵に似た思いが広がっている。
「クラウディア。今、水を持ってくるよ。いや、家の方に行こうか。みんな君が目覚めるのを待っていたんだよ」
??という表情を浮かべながらじっとジルベルトを見ているクラウディアをそっと抱き上げて、セグリーヴ侯爵家の屋敷へと向かう。
「おはよう。クラウディア。私はジルベルト。君の叔父だ」
「おじさん?」
「ああ。正確に言うなら、君のお父さんの叔父さんだ。起きたばかりだからね。とりあえずは着替えとスープでも準備させようか」
ジルベルトはそう言いながら、隣りにある大きな屋敷に入り、クラウディアの為に準備をさせたという部屋の扉を開けた。
そこに広がっていたのはピンク色の壁紙に、猫足の飾り彫りが印象的な家具が置かれた子供らしい部屋で、天蓋付きのベッドがお姫様感を一層引き立てていた。
ジルベルトの妻が楽しそうに壁紙から選んで作り上げたクラウディアの部屋だ。
メイドに頼んだ水も運ばれており、そのベッドに腰を掛けてグラスに注いでもらった水で喉を潤す。
久しぶりの水分が身体に染みわたり、不思議な感じがしてごくごくと飲み干し再度注いでもらう。
「じゃあ、今から汗を流して着替えをしなさい。終わった頃にまた来るから」
そう言って、クラウディアに侍女を紹介して部屋の外へと出ていった。
侍女は名前をモナと言う17歳の男爵家の三女らしい。状況を理解しきれていないクラウディアに、「着替えが終われば旦那様がお話してくださいますよ」と優しく話をしてくれ、その笑顔と声になんだかホッとした。
汗を流し終えてから、念のためにとそのまま休んでも支障のない部屋着を着せられ、そこの窓から外に視線を向けると見たことのない風景が広がっている。
そのままベッドに腰を掛けて、再度水を注いだグラスを手にしていると、部屋をノックする音が聞こえた。
モナが確認してからドアを開け、先ほどまで一緒にいた叔父――ジルベルト――が部屋に入ってきた。
「クラウディア。さっぱりしただろう?今、美味しいスープを持ってくるからそれまで話をしようか」
そう言ってクラウディアを抱き上げて自身の膝の上に座らせる。その顔はニコニコしていて楽しんでいるようにしか見えないのだが、嫌ではないクラウディアもそれをただ甘んじて受けている。
「まず、ここはエアストン国の王都だ。そしてここは私の屋敷だよ」
まずそう言って、クラウディアがこの屋敷にいる理由や長い間眠っていたことを話し始めた。
もっと詳しいことはまた後日にということになり、とりあえず話を終わらせる。
しかし、ジルベルトが一番気になっていたことは、彼女が眠りについているときに目にしたあの映像。
おそらく未来のことだろうが、その事を彼女が覚えているのか、それが気になっていた。
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