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第一章
3 闇カジノ
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アダベルト・フォン・アヴァリスは王都の闇カジノの支配人をしている。
その正体を知っているものは表立って支配人を名乗っているベントのみだ。
ベントは古参の手下で、これがなかなかに頭が切れる存在だ。彼がいなかったら、このカジノもここまで規模が大きくなることができなかっただろう。
ここに出入りしているのは、裏のある貴族や裕福な商人などが中心で、噂には敏感な人が多い。そのため、警備隊への警戒が強く、摘発される危険性のないこのカジノの客受けは非常に良い。
「今日はどうだ?」
カジノの奥にある自身の部屋にベントを呼び、カジノの出入りを聞く。
「今日はお一人、新顔が来ています」
「新顔?誰だ?」
秘密に経営している闇カジノだけあって、新顔は警戒する必要がある。
もしかしたら内偵の可能性もある。だからこそ確認は怠らずに、用心には用心を重ねる必要があった。
「ルリアーノ卿のご子息がお連れになった方で、高位貴族であることは確かなのですが……」
「なんだ?」
「実は、アダベルト様がいらしたらお会いしたいとの申し出を受けております。いかがしましょう。」
「……そいつは、私が本当の支配人だと知っているということか?」
この闇カジノの真の支配人がアダベルトだということは、ベント以外は誰も知らない。
アダベルト自身、客のふりをして参加することはあるが、それでばれるようなヘマはしていない自信もあった。
「おそらく……私に直接耳打ちされましたので」
「それを肯定したのか?」
「いえ、それが……」
ベントはその時のことを思い出してみた。
その人物の声を聞いたとき、何とも言えない浮遊感のような感覚に襲われ、何と答えたのか記憶がないのだ。
アダベルトも煮え切らないベントの返事を聞いていると、自分でどうにかするしかないと結論を出した。
「いや、もういい。会おうじゃないか。ここへ連れてこい」
正体が知られているのであれば、それはそれでいくらでも方法はある。いざとなれば高位の貴族であろうと、消えてもらうだけだ。そう思い至った。
部屋の扉がノックされ、声がかかった。
「お連れしました」
扉が開き、部屋に入ってきた人物。その姿を見て、アダベルトは言葉に詰まった。
そこに立っていたのは、アーモア侯爵家当主のマックスだ。
姿を確認してからベントに外に出るように合図をし、出ていくのを目で追い、部屋の扉が閉まったのを確認してから彼に問う。
「これは……アーモア侯爵。私を捕らえにいらしたのか?まさか、同級のよしみでこんなところまで訪ねてきたわけでもないでしょう?」
アダベルトとアーモアは王国の学園では同級だった。
仲が良いというほどではないが、最低限の付き合いはあった。同期の中でもアーモアは外務大臣も務めている出世頭なのだ。
アダベルトが嫌味を込めるように問いかけて様子を見ていると彼は、微かな笑いを浮かべながら、こう言った。
「アダベルト。私と手を組まないか?」
―――『手を組まないか?』だと?本気なのかこの男?侯爵の地位にあるものが、たかが子爵と、しかも違法カジノを経営している男と手を組むメリットが彼のどこにある?
「何をおっしゃっているのかわかりかねますな。侯爵ともあろう方が、一介の子爵と手を組もうとは……一体、何を考えているのですか?」
「私はこの国が嫌いでな。混乱に陥れ破滅に追いやりたい。……そう望むことは自由じゃないか?そうだろう?」
―――この男は一体、何を言っている?本気でそんなことを思っているのか?
彼の目を見ていると、背中がゾクッとした。そして、その瞬間、身体が金縛りにあったように自由が利かなくなる。
どうなっているかわからずアダベルトはアーモアを見た。すると、彼は手を前にかざし、それと同時に彼のはめている黒い指輪から靄のような黒いモノが部屋中に広がり始めた。
まさに“闇”と表現するのが相応しいほどの黒い霧が、アダベルトの身体にまとわりつく。
彼は身体があっという間に闇に包まれ、立っていることすらわからず、自分がどうなっているのか理解できない状態で、ただ浮遊感と高揚感を感じていた。
「悪いようにはしない……最後は必ず望み通りになる」
アーモアの声が頭に響き、もう何も考えることができない。
いや、考えることを放棄したといった方が正しいだろう。この声に従うことが正しいのだ、この声に従えば、自分の理想の未来が迎えられる。
そんな気持ちが彼の心を支配した。
その正体を知っているものは表立って支配人を名乗っているベントのみだ。
ベントは古参の手下で、これがなかなかに頭が切れる存在だ。彼がいなかったら、このカジノもここまで規模が大きくなることができなかっただろう。
ここに出入りしているのは、裏のある貴族や裕福な商人などが中心で、噂には敏感な人が多い。そのため、警備隊への警戒が強く、摘発される危険性のないこのカジノの客受けは非常に良い。
「今日はどうだ?」
カジノの奥にある自身の部屋にベントを呼び、カジノの出入りを聞く。
「今日はお一人、新顔が来ています」
「新顔?誰だ?」
秘密に経営している闇カジノだけあって、新顔は警戒する必要がある。
もしかしたら内偵の可能性もある。だからこそ確認は怠らずに、用心には用心を重ねる必要があった。
「ルリアーノ卿のご子息がお連れになった方で、高位貴族であることは確かなのですが……」
「なんだ?」
「実は、アダベルト様がいらしたらお会いしたいとの申し出を受けております。いかがしましょう。」
「……そいつは、私が本当の支配人だと知っているということか?」
この闇カジノの真の支配人がアダベルトだということは、ベント以外は誰も知らない。
アダベルト自身、客のふりをして参加することはあるが、それでばれるようなヘマはしていない自信もあった。
「おそらく……私に直接耳打ちされましたので」
「それを肯定したのか?」
「いえ、それが……」
ベントはその時のことを思い出してみた。
その人物の声を聞いたとき、何とも言えない浮遊感のような感覚に襲われ、何と答えたのか記憶がないのだ。
アダベルトも煮え切らないベントの返事を聞いていると、自分でどうにかするしかないと結論を出した。
「いや、もういい。会おうじゃないか。ここへ連れてこい」
正体が知られているのであれば、それはそれでいくらでも方法はある。いざとなれば高位の貴族であろうと、消えてもらうだけだ。そう思い至った。
部屋の扉がノックされ、声がかかった。
「お連れしました」
扉が開き、部屋に入ってきた人物。その姿を見て、アダベルトは言葉に詰まった。
そこに立っていたのは、アーモア侯爵家当主のマックスだ。
姿を確認してからベントに外に出るように合図をし、出ていくのを目で追い、部屋の扉が閉まったのを確認してから彼に問う。
「これは……アーモア侯爵。私を捕らえにいらしたのか?まさか、同級のよしみでこんなところまで訪ねてきたわけでもないでしょう?」
アダベルトとアーモアは王国の学園では同級だった。
仲が良いというほどではないが、最低限の付き合いはあった。同期の中でもアーモアは外務大臣も務めている出世頭なのだ。
アダベルトが嫌味を込めるように問いかけて様子を見ていると彼は、微かな笑いを浮かべながら、こう言った。
「アダベルト。私と手を組まないか?」
―――『手を組まないか?』だと?本気なのかこの男?侯爵の地位にあるものが、たかが子爵と、しかも違法カジノを経営している男と手を組むメリットが彼のどこにある?
「何をおっしゃっているのかわかりかねますな。侯爵ともあろう方が、一介の子爵と手を組もうとは……一体、何を考えているのですか?」
「私はこの国が嫌いでな。混乱に陥れ破滅に追いやりたい。……そう望むことは自由じゃないか?そうだろう?」
―――この男は一体、何を言っている?本気でそんなことを思っているのか?
彼の目を見ていると、背中がゾクッとした。そして、その瞬間、身体が金縛りにあったように自由が利かなくなる。
どうなっているかわからずアダベルトはアーモアを見た。すると、彼は手を前にかざし、それと同時に彼のはめている黒い指輪から靄のような黒いモノが部屋中に広がり始めた。
まさに“闇”と表現するのが相応しいほどの黒い霧が、アダベルトの身体にまとわりつく。
彼は身体があっという間に闇に包まれ、立っていることすらわからず、自分がどうなっているのか理解できない状態で、ただ浮遊感と高揚感を感じていた。
「悪いようにはしない……最後は必ず望み通りになる」
アーモアの声が頭に響き、もう何も考えることができない。
いや、考えることを放棄したといった方が正しいだろう。この声に従うことが正しいのだ、この声に従えば、自分の理想の未来が迎えられる。
そんな気持ちが彼の心を支配した。
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