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第二章「灰の竜と黒の竜騎士」
第4話「交わされない言葉」
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積み上げられた木箱を抱え、アルミメイアはそれを、竜騎学舎の裏手に作られた竜舎の物置小屋へと運ぶ。アルミメイアの小さな身体では、積み上げられた木箱によって、視界の殆どが遮られてしまうため、歩みは遅く、転ばない様慎重に運ぶ。
しばらく歩き、飼育小屋の中を抜け、ようやく目的地である、飼育小屋に隣接して作られた、物置小屋が見えてくる。
多くの木箱や干し草などが積み上げられた物置へと近付いていくと、消毒液などの薬品の臭いと、微かな血の臭いが混ざり合った臭い鼻を突き、小さな飛竜の吐息が聞えてきた。
物置小屋の直ぐ傍、飼育小屋の一番端のケージには、一体の飛竜が収まっていた。吸い込まれそうな漆黒の鱗を持つ飛竜だった。身体の大きさは標準的な飛竜の大きさではあるが、その漆黒の鱗と、他の飛竜より大きく伸びた独特の角とがあいまって、立ち上がり翼を広げた姿は、おそらくどの飛竜より強い威圧感を出すだろと思えるものだった。
けれど、今のその黒い飛竜からは威圧感などみじんも感じ取る事は出来なかった。血を吸って所々赤黒く変色した、包帯とガーゼを巻き付けた黒竜の姿は、威圧感以上に痛々しさを感じさせるものだった。
アルミメイアは傷ついた黒竜の姿を横目にしながら、荷物を運ぶ。黒竜の姿を目にするたび、アルミメイアは少しだけ罪悪感を感じていた。
自分はもう少し早く、助けに行くべきだったのではないか、と。
アルミメイアは小さく息を吐き、首を振って、頭に浮かんだ考えを振り払う。
後悔したところで仕方がない。そもそも、黒竜とアルミメイアの間には何の繋がりもない。家族でも、友人でもない。無関係な相手すべてを助けられるほど、アルミメイアの力は大きくない上に、そのような義務も、責任もないのだ。そう言い聞かせ、黒竜から視線を外し、手にした木箱を持ち持ち直した。
『クォオオォォン』
荷物を置いて、さっさとこの場を離れよう。そう思って再び歩き出すと、後ろの方から幼竜特有の甲高い鳴き声と共に、一匹の幼竜がアルミメイアの目の前に着地した。
着地すると幼竜はすぐさまアルミメイアの方へと振り返り「キュウゥ」と羽を広げながら、甘えるような声を上げた。
「お前……また抜け出してきたのか……」
ねだる様に大きな瞳を輝かせ、見上げてくる幼竜に、アルミメイアはため息を零す。
懐いてくれるのは嬉しかったが、アルミメイアの事を親だと思い込むのは、少し困ってしまう。
親に見捨てられた幼竜。それを考えれば、一番身近な竜族であるアルミメイアを親だと思い込むのは仕方がないことかもしれない。けれど、成竜にすらなっていないアルミメイアには、少し荷が重いと感じていた。
「抜け出して怒られるのは、お前ではなく、私なんだぞ。もう少し大人しくしてくれないか?」
そう投げかけてみものの、言葉を理解できない幼竜に、その言葉が届く事は無く。返事を返した事に喜んだのか「クウゥゥン」と幼竜は喉を鳴らした。
そんな幼竜を見て、アルミメイアは再びため息を零す。
「少しだけ待っていてくれ。これを届けたら、休憩が取れるから」
片足で、アルミメイアの進行方向に居座る幼竜を散らし、今度こそ物置へと荷物を届けるために歩き出す。アルミメイアの意図を理解したのか、幼竜はアルミメイアの後を、ピョンピョンと跳ねながら続いた。
ようやく物置に辿り着き、積み上げられた木箱の山に、手にしていた木箱を積み上げる。
「よし」
荷物を届け終え、頼まれていた仕事を完了させ、息を付く。
「さて、遊びますか」
パンパンと手に付いた埃を落とし、アルミメイアの足元に立つ幼竜を見返す。幼竜は嬉しそうに喉を鳴らし、小さな翼を広げた。アルミメイアはそんな幼竜を、そっと抱き上げ、飼育小屋の外へと足を向ける。
カサカサと草を踏むほんの微かな、小さな音が、飼育小屋の外から届く。人の数倍も発達した竜族の聴覚でないと聞き取れない様な、小さな足音だった。
その音を聞き取ったのか、物置の直ぐ傍のケージで横たわる黒竜が、ゆっくりと首を上げ、飼育小屋の出入り口の方へと視線を向ける。
飛竜を含む竜族の聴覚と記憶力は非常に高い。ほんの微かな音、人の足音ですら記憶し、それによって、その足音が誰のものか識別する事さえできてしまう。おそらく、黒竜は先ほどの微かな足音が誰のものであるか分かったのだろう、何か期待するような眼差しを、飼育小屋の出入り口へと向けていた。
傷つき、ほとんど動く事のなかった黒竜が、唐突に動き出したことにアルミメイアは驚き、足音を止め、釣られるように視線を飼育小屋の出入り口へと向けた。
けれど、先ほどの足音に続きは無く、中へ入ってくる気配はなく、同時に、その足音の主は遠ざかる事もなかった。
黒竜は、足音の主を声で呼びかける事はせず、ただじっと、足音の主が中へ入ってくるのを待ち続けた。
しばらくの間、じっと時が止まったように誰も動かなかった。そして、それに痺れを切らしたのか、アルミメイアの胸に抱えられた幼竜が急かすような鳴き声を上げる。
一向に動こうとしない黒竜と、急かす幼竜の両方に対し、アルミメイアは一度ため息を付く。
「仕方のない奴だ……」
アルミメイアは歩みを進め、飼育小屋の出入り口から外へと出る。飼育小屋から出ると直ぐに、辺りを見回してみる。
先ほどの足音の主は、直ぐに見つけることができた。
竜舎の飼育小屋から少し離れた、木陰の下に栗毛色の髪の少女が、俯いて立っていた。アルミメイアの記憶の中にある少女の姿であったが、名前までは出てこなかった。
「中、入らないのか?」
一向に動こうとしない少女を見て、アルミメイアは声をかける。声を開けられた少女は、直ぐに顔を上げ、驚いた表情を浮かべ、一度左右を見回し、声をかけられたのが自分であることを確認した。
「お前の飛竜、えっと騎竜だっけ、の様子を見に来たんだろ」
アルミメイアが飼育小屋の中を刺し、中へ入るように促すと、少女は少し迷ったように視線をさ迷わせた後、再び俯く。
「私は……ただ、通り掛かっただけで……用があるわけではありません」
少し声を震わせながら答えを返すと、少女はすぐさま振り返り、逃げる用意その場を後にしていった。
少女が立ち去って行くと、アルミメイアの背後――飼育小屋の中から、干し草のこすれる微かな音が響いた。振り返ると、先ほど首を上げていた黒竜は、首を降ろしており、動かなくなっていた。
「あれは……お前の主人だったのか?」
黒竜へと声をかけてみる。
黒竜は答えを返すこともなければ、反応を返すこともなかった。
「嫌われたのか? 何があったんだ?」
それでもアルミメイアは黒竜へと尋ねる。けれど、黒竜は答えを返してくることは無かった。
「お前たちは……何を考えているんだ? どう……感じているだ?」
アルミメイアは三度問いかける。それでも、黒竜は答えを返さなかった。
飛竜に言葉は通じないのだ。その事が、アルミメイアには寂しく思えた。
「クウゥゥン」とせがむ様な声を、幼竜が胸元から上げる。
「はいはい、分かったよ」
自分の欲望に忠実な幼竜に呆れながら、アルミメイアは黒竜から視線を外し、胸に抱えた幼竜の頭を撫で、軽くあやす。
そして、もう一度黒竜へと視線を向け、動いていない事確認すると、飼育小屋の傍から立ち去って行った。
しばらく歩き、飼育小屋の中を抜け、ようやく目的地である、飼育小屋に隣接して作られた、物置小屋が見えてくる。
多くの木箱や干し草などが積み上げられた物置へと近付いていくと、消毒液などの薬品の臭いと、微かな血の臭いが混ざり合った臭い鼻を突き、小さな飛竜の吐息が聞えてきた。
物置小屋の直ぐ傍、飼育小屋の一番端のケージには、一体の飛竜が収まっていた。吸い込まれそうな漆黒の鱗を持つ飛竜だった。身体の大きさは標準的な飛竜の大きさではあるが、その漆黒の鱗と、他の飛竜より大きく伸びた独特の角とがあいまって、立ち上がり翼を広げた姿は、おそらくどの飛竜より強い威圧感を出すだろと思えるものだった。
けれど、今のその黒い飛竜からは威圧感などみじんも感じ取る事は出来なかった。血を吸って所々赤黒く変色した、包帯とガーゼを巻き付けた黒竜の姿は、威圧感以上に痛々しさを感じさせるものだった。
アルミメイアは傷ついた黒竜の姿を横目にしながら、荷物を運ぶ。黒竜の姿を目にするたび、アルミメイアは少しだけ罪悪感を感じていた。
自分はもう少し早く、助けに行くべきだったのではないか、と。
アルミメイアは小さく息を吐き、首を振って、頭に浮かんだ考えを振り払う。
後悔したところで仕方がない。そもそも、黒竜とアルミメイアの間には何の繋がりもない。家族でも、友人でもない。無関係な相手すべてを助けられるほど、アルミメイアの力は大きくない上に、そのような義務も、責任もないのだ。そう言い聞かせ、黒竜から視線を外し、手にした木箱を持ち持ち直した。
『クォオオォォン』
荷物を置いて、さっさとこの場を離れよう。そう思って再び歩き出すと、後ろの方から幼竜特有の甲高い鳴き声と共に、一匹の幼竜がアルミメイアの目の前に着地した。
着地すると幼竜はすぐさまアルミメイアの方へと振り返り「キュウゥ」と羽を広げながら、甘えるような声を上げた。
「お前……また抜け出してきたのか……」
ねだる様に大きな瞳を輝かせ、見上げてくる幼竜に、アルミメイアはため息を零す。
懐いてくれるのは嬉しかったが、アルミメイアの事を親だと思い込むのは、少し困ってしまう。
親に見捨てられた幼竜。それを考えれば、一番身近な竜族であるアルミメイアを親だと思い込むのは仕方がないことかもしれない。けれど、成竜にすらなっていないアルミメイアには、少し荷が重いと感じていた。
「抜け出して怒られるのは、お前ではなく、私なんだぞ。もう少し大人しくしてくれないか?」
そう投げかけてみものの、言葉を理解できない幼竜に、その言葉が届く事は無く。返事を返した事に喜んだのか「クウゥゥン」と幼竜は喉を鳴らした。
そんな幼竜を見て、アルミメイアは再びため息を零す。
「少しだけ待っていてくれ。これを届けたら、休憩が取れるから」
片足で、アルミメイアの進行方向に居座る幼竜を散らし、今度こそ物置へと荷物を届けるために歩き出す。アルミメイアの意図を理解したのか、幼竜はアルミメイアの後を、ピョンピョンと跳ねながら続いた。
ようやく物置に辿り着き、積み上げられた木箱の山に、手にしていた木箱を積み上げる。
「よし」
荷物を届け終え、頼まれていた仕事を完了させ、息を付く。
「さて、遊びますか」
パンパンと手に付いた埃を落とし、アルミメイアの足元に立つ幼竜を見返す。幼竜は嬉しそうに喉を鳴らし、小さな翼を広げた。アルミメイアはそんな幼竜を、そっと抱き上げ、飼育小屋の外へと足を向ける。
カサカサと草を踏むほんの微かな、小さな音が、飼育小屋の外から届く。人の数倍も発達した竜族の聴覚でないと聞き取れない様な、小さな足音だった。
その音を聞き取ったのか、物置の直ぐ傍のケージで横たわる黒竜が、ゆっくりと首を上げ、飼育小屋の出入り口の方へと視線を向ける。
飛竜を含む竜族の聴覚と記憶力は非常に高い。ほんの微かな音、人の足音ですら記憶し、それによって、その足音が誰のものか識別する事さえできてしまう。おそらく、黒竜は先ほどの微かな足音が誰のものであるか分かったのだろう、何か期待するような眼差しを、飼育小屋の出入り口へと向けていた。
傷つき、ほとんど動く事のなかった黒竜が、唐突に動き出したことにアルミメイアは驚き、足音を止め、釣られるように視線を飼育小屋の出入り口へと向けた。
けれど、先ほどの足音に続きは無く、中へ入ってくる気配はなく、同時に、その足音の主は遠ざかる事もなかった。
黒竜は、足音の主を声で呼びかける事はせず、ただじっと、足音の主が中へ入ってくるのを待ち続けた。
しばらくの間、じっと時が止まったように誰も動かなかった。そして、それに痺れを切らしたのか、アルミメイアの胸に抱えられた幼竜が急かすような鳴き声を上げる。
一向に動こうとしない黒竜と、急かす幼竜の両方に対し、アルミメイアは一度ため息を付く。
「仕方のない奴だ……」
アルミメイアは歩みを進め、飼育小屋の出入り口から外へと出る。飼育小屋から出ると直ぐに、辺りを見回してみる。
先ほどの足音の主は、直ぐに見つけることができた。
竜舎の飼育小屋から少し離れた、木陰の下に栗毛色の髪の少女が、俯いて立っていた。アルミメイアの記憶の中にある少女の姿であったが、名前までは出てこなかった。
「中、入らないのか?」
一向に動こうとしない少女を見て、アルミメイアは声をかける。声を開けられた少女は、直ぐに顔を上げ、驚いた表情を浮かべ、一度左右を見回し、声をかけられたのが自分であることを確認した。
「お前の飛竜、えっと騎竜だっけ、の様子を見に来たんだろ」
アルミメイアが飼育小屋の中を刺し、中へ入るように促すと、少女は少し迷ったように視線をさ迷わせた後、再び俯く。
「私は……ただ、通り掛かっただけで……用があるわけではありません」
少し声を震わせながら答えを返すと、少女はすぐさま振り返り、逃げる用意その場を後にしていった。
少女が立ち去って行くと、アルミメイアの背後――飼育小屋の中から、干し草のこすれる微かな音が響いた。振り返ると、先ほど首を上げていた黒竜は、首を降ろしており、動かなくなっていた。
「あれは……お前の主人だったのか?」
黒竜へと声をかけてみる。
黒竜は答えを返すこともなければ、反応を返すこともなかった。
「嫌われたのか? 何があったんだ?」
それでもアルミメイアは黒竜へと尋ねる。けれど、黒竜は答えを返してくることは無かった。
「お前たちは……何を考えているんだ? どう……感じているだ?」
アルミメイアは三度問いかける。それでも、黒竜は答えを返さなかった。
飛竜に言葉は通じないのだ。その事が、アルミメイアには寂しく思えた。
「クウゥゥン」とせがむ様な声を、幼竜が胸元から上げる。
「はいはい、分かったよ」
自分の欲望に忠実な幼竜に呆れながら、アルミメイアは黒竜から視線を外し、胸に抱えた幼竜の頭を撫で、軽くあやす。
そして、もう一度黒竜へと視線を向け、動いていない事確認すると、飼育小屋の傍から立ち去って行った。
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