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第五章「境を越えて来る者達」
第16話「二つ目の出会い」
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何もない荒野に――、私は立つ。何もなく、私だけがそこに居た。
欲するものがあった。心に空いた穴を埋める様に、私はそれを求めている。
それは、なんなのだろうか?
今の私にはそれが何であるか、ハッキリとは分からない。
心にあるのは、ただただ飢餓感だけ……私はそれを満たすために、それ求めている。
力を求めれば、それが満たされるのだろうか?
富を得れば、満たされるのだろうか?
名声を得れば、満たされるのだろうか?
分からない。分からないから求め、手に入れる。すべてを求め、私は旅に出る。
心に空いた空虚を満たすために、心に疼く飢餓感を満たすために、私はそれを求める。
何もない荒野に――、私は立つ。何もなく、私だけがそこに居た。
* * *
血の臭いが辺りを満たす。
山間部を抜ける、辛うじて人の手が加えられただけのさびれた街道。そこに、一台の荷馬車が横転し、荷台の荷物すべてが地面に投げ出されていた。
馬車の主はすでに息は無く、首から血を流し、岩肌の上に転がっていた。
怯えた馬がその場から逃げ出そうともがくが、荷馬車に繋がれた体はその場に固定され、ただただ暴れまわるだけにとどまる。
山賊に襲われた後、そう見える光景だった。
「た、助けてくれ……」
恐怖で震えた声が響き渡る。大の男が一人、身体を縮こまらせ、血だまりの上に転がっていた。
その男の傍にはもう一人、男の身体が転がっている。けれど、その男はピクリとも動かず、まるで人形のように力なく倒れていた。
「た、頼む……お、俺が悪かった……だから……」
男は必死に命乞いをする。けれど、答えは返ってこない。
命乞いをする男の目の前に、一人の女性が立っていた。
長く鮮やかな青い髪を腰のあたりまで伸ばした女性。細身で、たいした力など無さそうに見える女性の姿。けれど、男はその女性に、恐怖の視線を向け、怯えていた。
女性がそっと手を伸ばす。怯える男へ向けて、ゆっくりと手を伸ばしていく。
伸びてくる女性の手を見て、男の表情はさらに恐怖の色が濃くなっていく。
「やめろ、やめろ! やめてくれぇ~!! わああああああああぁぁぁ…………」
そして最後に断末魔の様な叫び声をあげると、ピタリと男は動かなくなり、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ伏せる。
辺りが一度、静まり返る。馬の嘶きと、馬の身体と荷馬車がぶつかり合う音だけが響く。女性一人だけが、その場に立っていた。それ以外には、躯が三つ地面に転がるだけで、人影などは無かった。
女性はそっと、伸ばした手を引き戻す。そして、その手の平に目を向ける。女性の手の平は、赤く血で汚れていた。
ゆっくりと、赤く染まった手を握り締める。空しさを覚える。ここにはもう、自分以外に誰も居ない。そういう思いが沸いてくる。いつもの事だ。
冷たい風が吹く。山頂から吹き降ろされる風は冷たく、肌寒。
何もない。そう強く思えた。
けれど、今回は違った。
耳に、小さな音が響く。何かが羽ばたく音。聞きなれていて、それでいて違和感を覚える音。
その音に引かれ、女性は音がした方へと目を向ける。
雲一つなく、青々とした空が広がっていた。そこに、三つの影があった。空を飛ぶ飛竜達の姿だ。この土地では見慣れた光景。その光景に、小さく落胆を浮かべる。
ゆっくりと近付いてくる三つの影。近付いてくるにつれ、その姿がはっきりと認識できるようになってくる。
女性は空を舞う三つの姿をはっきりと目にし、大きく驚きの表情を浮かべた。
竜がそこに居た。先頭を飛行する、飛竜に見まがう様な一つの影。けれど、それは見間違えようのない竜の姿だった。
ドクンと胸が鳴る。驚きとも喜びとも区別できないような何かの感情が沸き起こる。その言いようのない感情に突き動かされ、女性はゆっくりとその竜へと向け手を伸ばした。
遠く離れた空の上。届くはずなどない。そうと分かっているはずなのに、女性は迷わず手を伸ばした。
* * *
「血の臭いがする」
目的地のフロストアンヴィルがある竜骨山脈が見え始めた頃、唐突にハルヴァラストがそう告げた。
「血の臭い?」
「こいつは……人間の臭いだ」
「そんな臭い……するのか?」
ハルヴァラストに言われ、アーネストは自身でも確かめてみる。変わった臭いなどは、感じられなかった。
「貴様の尺度で測るな。
風上の方向。街道上か? もう少ししたら見えてくるはずだ」
「分かった……」
ハルヴァラストに促され、前方を注視してみる。岩肌を剥き出しにした斜面に、真っ直ぐと街道を走っている。
『どうかしたか?』
耳元から、そう声がかかる。耳に付けた通信用の魔導具を通して、後方を飛ぶディオンが尋ねてきたのだ。
「いえ、たいした事では――」
何も見えない。そう思って返事を返そうとした時、ハルヴァラストが指示いていたものが目に入った。
街道上に荷馬車が一台、横転していた。距離があり、詳しい状況は見て取れない。
「前方に馬車が見えます。横転している様ですが……どうしますか?」
つい癖で、判断を仰いでしまう。
『……判断はあなたに任せる。我々はまだ、厳密には捕虜のままだ。命令の拒否は出来ても、命令をくだす事は出来ない』
「そう……ですね」
改めて、荷馬車の様子を注視する。
人の姿を見えた。長く青い髪を流した女性の姿。赤く染まった地面の上に立っている。良く見ると、その衣服は血で汚れている様にも見えなくはない。
一度、後方に目を向け、他の騎竜や竜騎士、ドワーフ達の姿に目を向ける。
(長時間の飛行。余り無理はさせられないよな)
「休息を兼ねて、一度地上に降りましょう。何かあったみたいですので、確認もしたい」
『了解した』
欲するものがあった。心に空いた穴を埋める様に、私はそれを求めている。
それは、なんなのだろうか?
今の私にはそれが何であるか、ハッキリとは分からない。
心にあるのは、ただただ飢餓感だけ……私はそれを満たすために、それ求めている。
力を求めれば、それが満たされるのだろうか?
富を得れば、満たされるのだろうか?
名声を得れば、満たされるのだろうか?
分からない。分からないから求め、手に入れる。すべてを求め、私は旅に出る。
心に空いた空虚を満たすために、心に疼く飢餓感を満たすために、私はそれを求める。
何もない荒野に――、私は立つ。何もなく、私だけがそこに居た。
* * *
血の臭いが辺りを満たす。
山間部を抜ける、辛うじて人の手が加えられただけのさびれた街道。そこに、一台の荷馬車が横転し、荷台の荷物すべてが地面に投げ出されていた。
馬車の主はすでに息は無く、首から血を流し、岩肌の上に転がっていた。
怯えた馬がその場から逃げ出そうともがくが、荷馬車に繋がれた体はその場に固定され、ただただ暴れまわるだけにとどまる。
山賊に襲われた後、そう見える光景だった。
「た、助けてくれ……」
恐怖で震えた声が響き渡る。大の男が一人、身体を縮こまらせ、血だまりの上に転がっていた。
その男の傍にはもう一人、男の身体が転がっている。けれど、その男はピクリとも動かず、まるで人形のように力なく倒れていた。
「た、頼む……お、俺が悪かった……だから……」
男は必死に命乞いをする。けれど、答えは返ってこない。
命乞いをする男の目の前に、一人の女性が立っていた。
長く鮮やかな青い髪を腰のあたりまで伸ばした女性。細身で、たいした力など無さそうに見える女性の姿。けれど、男はその女性に、恐怖の視線を向け、怯えていた。
女性がそっと手を伸ばす。怯える男へ向けて、ゆっくりと手を伸ばしていく。
伸びてくる女性の手を見て、男の表情はさらに恐怖の色が濃くなっていく。
「やめろ、やめろ! やめてくれぇ~!! わああああああああぁぁぁ…………」
そして最後に断末魔の様な叫び声をあげると、ピタリと男は動かなくなり、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ伏せる。
辺りが一度、静まり返る。馬の嘶きと、馬の身体と荷馬車がぶつかり合う音だけが響く。女性一人だけが、その場に立っていた。それ以外には、躯が三つ地面に転がるだけで、人影などは無かった。
女性はそっと、伸ばした手を引き戻す。そして、その手の平に目を向ける。女性の手の平は、赤く血で汚れていた。
ゆっくりと、赤く染まった手を握り締める。空しさを覚える。ここにはもう、自分以外に誰も居ない。そういう思いが沸いてくる。いつもの事だ。
冷たい風が吹く。山頂から吹き降ろされる風は冷たく、肌寒。
何もない。そう強く思えた。
けれど、今回は違った。
耳に、小さな音が響く。何かが羽ばたく音。聞きなれていて、それでいて違和感を覚える音。
その音に引かれ、女性は音がした方へと目を向ける。
雲一つなく、青々とした空が広がっていた。そこに、三つの影があった。空を飛ぶ飛竜達の姿だ。この土地では見慣れた光景。その光景に、小さく落胆を浮かべる。
ゆっくりと近付いてくる三つの影。近付いてくるにつれ、その姿がはっきりと認識できるようになってくる。
女性は空を舞う三つの姿をはっきりと目にし、大きく驚きの表情を浮かべた。
竜がそこに居た。先頭を飛行する、飛竜に見まがう様な一つの影。けれど、それは見間違えようのない竜の姿だった。
ドクンと胸が鳴る。驚きとも喜びとも区別できないような何かの感情が沸き起こる。その言いようのない感情に突き動かされ、女性はゆっくりとその竜へと向け手を伸ばした。
遠く離れた空の上。届くはずなどない。そうと分かっているはずなのに、女性は迷わず手を伸ばした。
* * *
「血の臭いがする」
目的地のフロストアンヴィルがある竜骨山脈が見え始めた頃、唐突にハルヴァラストがそう告げた。
「血の臭い?」
「こいつは……人間の臭いだ」
「そんな臭い……するのか?」
ハルヴァラストに言われ、アーネストは自身でも確かめてみる。変わった臭いなどは、感じられなかった。
「貴様の尺度で測るな。
風上の方向。街道上か? もう少ししたら見えてくるはずだ」
「分かった……」
ハルヴァラストに促され、前方を注視してみる。岩肌を剥き出しにした斜面に、真っ直ぐと街道を走っている。
『どうかしたか?』
耳元から、そう声がかかる。耳に付けた通信用の魔導具を通して、後方を飛ぶディオンが尋ねてきたのだ。
「いえ、たいした事では――」
何も見えない。そう思って返事を返そうとした時、ハルヴァラストが指示いていたものが目に入った。
街道上に荷馬車が一台、横転していた。距離があり、詳しい状況は見て取れない。
「前方に馬車が見えます。横転している様ですが……どうしますか?」
つい癖で、判断を仰いでしまう。
『……判断はあなたに任せる。我々はまだ、厳密には捕虜のままだ。命令の拒否は出来ても、命令をくだす事は出来ない』
「そう……ですね」
改めて、荷馬車の様子を注視する。
人の姿を見えた。長く青い髪を流した女性の姿。赤く染まった地面の上に立っている。良く見ると、その衣服は血で汚れている様にも見えなくはない。
一度、後方に目を向け、他の騎竜や竜騎士、ドワーフ達の姿に目を向ける。
(長時間の飛行。余り無理はさせられないよな)
「休息を兼ねて、一度地上に降りましょう。何かあったみたいですので、確認もしたい」
『了解した』
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