憑かれて恋

香前宇里

文字の大きさ
上 下
10 / 109
第一章

インテリ住職 其の九

しおりを挟む
 午後六時十五分。

 斎堂寺に到着したものの、正門はすでに閉じられていた。
(六時に閉めるって言ってたっけ……)
 わざわざ呼び出すのも悪いかと思いつつ……かといってこのまま家に帰る気にもならず、私はそのまま廃病院へ向かう事にした。
(ちょっと下見に行くだけだから、大丈夫、大丈夫……)
 そう自分に言い聞かせながら、印刷しておいた地図を片手に歩き出す。
 日の入りまでもう少し時間があるといえど、辺りはとても静まり返っており、なぜか肌寒く、薄気味悪さを感じる。
 そんな中、病院まであと少しという所で聞きなれた着信音が鳴り響き、私はビクリと身体を震わせる。
 慌てて鞄から取り出しディスプレイを確認すると、登録していない番号が映し出された。
(え……誰?)
 恐る恐る通話ボタンを押し、耳に当てると……
『――お前は馬鹿か?』
 開口一番、低い声で馬鹿呼ばわりされた。
「え、栄慶さん!? どうしてこの番号知って……」
 掛けてはくれないだろうと思って、教えてなかったのに。
『貴一朗から聞いた。お前、廃病院を取材する事になったそうだな。何かあれば手助けするよう言われたが……、まさか今、そこへ向かってはいないだろうな?』
(うっ、するどい!)
 何も言えずに黙っていると、受話口から深い溜息が漏れ聞こえた。
『向かってるんだな? お前、自分の体質が分かってるのか? なぜ自ら憑かれやすい場所に行く必要があるんだ』
「あ、あの廃病院で少年の霊が何度も目撃されてるんです。もしかしたら何か伝えたい事があって、成仏できないんじゃないかと……」
 思って……と、最後の方はゴニョゴニョと小さな声になってしまう。
『……すべての霊が成仏したいとは限らないんだぞ』
 彼は声を荒げてはいないが、静かに怒っているような気配が受話口から感じ取れる。
『それが悪意のない者かどうかも分かっていない……お前は今まで嫌というほど体験してきたはずだ』
『そんな事も忘れるほど、お前は 馬 鹿 だったのか』
(ううっ……)
 また馬鹿って言ったな! しかも今度は強調して!!
「こっ、この前は〝お前がそうしたいならそうすればいい〟って言ってくれたじゃないですか!!」」
 ついムキになって言い返してしまう。
『そういう意味で言ったんじゃない。わざわざ行かなくても記事は書けるだろうと言ってるんだ』
「それじゃ意味がないんです!!」
 私は叫んだ。

 今まで……沢山怖い思いをしてきた。

 なんで私がこんな目に合うんだろうって……何度も思った。

 嫌で嫌で仕方がなかった。

 今でもそう思ってる。

 でも……栄慶さんと出会ってから……彼と同じようにはできないけど、少しでも何かできたらって……そう思っただけなのに……。
(そりゃあ斎堂寺に寄ったのも少しは心配してくれるかもって……もしかしたら一緒に来てくれるかもって、ちょっとは期待してたけどさ)


 だけど馬鹿って…


 二回も馬鹿って……!


『おい、聞いてるのか? 少しは人の話を……』
「っふ……」
 急に目頭が熱くなり、抑えていた感情が溢れそうになってしまう。
「うっ……くっ……」
 何で分かってくれないんだろう、何で理解してくれないんだろう。そんな気持ちが渦巻いて……悲しさが込み上げてきた。
『おい……?』
「うう~~っっ」
『お前、泣いて……』




「栄慶さんの……」




「栄慶さんの……」








「栄慶さんのハゲ――――っっ!!」




『なっ――!?』
(ふんだっ。栄慶さんが居なくたって全然大丈夫なんだからっ、なんなら私が成仏させてあげるわよっ!!)

 そう心に決めた私は、『これは剃ってるんだ、ハゲじゃない!!』と叫ぶ彼を無視し、電源をオフにする。
 そして再び廃病院へと歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART5 ~傷だらけの女神~

朝倉矢太郎(BELL☆PLANET)
キャラ文芸
つかの間の平和を楽しむ誠たち。 けれど少しずつ不穏な事件が起きてきて、気づいた時にはもう遅い…!?  空前絶後の大ピンチ!  それでもこの物語、なにくそ日本を守ります!

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

常世の狭間

涼寺みすゞ
キャラ文芸
生を終える時に目にするのが このような光景ならば夢見るように 二つの眼を永遠にとじても いや、夢の中で息絶え、そのまま身が白骨と化しても後悔などありはしない――。 その場所は 辿り着ける者と、そうでない者がいるらしい。 畦道を進むと広がる光景は、人それぞれ。 山の洞窟、あばら家か? それとも絢爛豪華な朱の御殿か? 中で待つのは、人か?幽鬼か? はたまた神か? ご覧候え、 ここは、現し世か? それとも、常世か?

もう惚れたりしないから

夢川渡
恋愛
恋をしたリーナは仲の良かった幼馴染に嫌がらせをしたり、想い人へ罪を犯してしまう。 恋は盲目 気づいたときにはもう遅かった____ 監獄の中で眠りにつき、この世を去ったリーナが次に目覚めた場所は リーナが恋に落ちたその場面だった。 「もう貴方に惚れたりしない」から 本編完結済 番外編更新中

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...