憑かれて恋

香前宇里

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第四章

親友 其の十四

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 斎堂寺の客間に到着すると、真っ先に仰向けで寝かされた私の姿が目に入ってきた。
 両手は祈るようにお腹の上で組まれており、その手首にはなぜか数珠が巻き付けられていた。
(あれって、栄慶さんがいつも使ってるやつよね?)
 なぜあんな所に……と、不思議に思いつつ上から覗き込んでいると
「魂の緒が切れぬよう、念の為に施しておいたんだ」
 背後から彼の声が聞こえた。
「栄慶さんっ」
 振り返ると、スーツから法衣に着替えた栄慶さんが部屋に入ってくる所だった。
 彼は寝かされた私の身体に視線を向けながら答える。
「いくら生きているとしても肉体と魂とを結ぶ『緒』が切れてしまえばそれは死と同じ、もう身体に戻る事はできない」
「肉体もまた、魂がなければやがて朽ちてしまうだろう。今のお前はそんな状況下に置かれているわけだ」
 栄慶さんの話を聞いて、私はゾッと背筋が凍った。
 身体から魂が抜け出るという事は、それだけ危険なことだったんだ……。
「俺、そこまで考えてなかった……。ユミちゃんごめん、本当にごめんっ」
 宗近くんもまた、事の重大さに気づき、青ざめた顔で私に謝ってきた。
「だ、大丈夫だからっ! ほら、宗近くんも言ってたでしょ、栄慶さんが止めなかったから大丈夫だって」
「私も栄慶さんが居てくれるから大丈夫だって思ってたよ。それだけ私達、栄慶さんのこと信頼してるんだよね?」
「ユミちゃん……」
「まったくお前は……」
 栄慶さんは呆れたような声を出しながら私を見る。
 だけどその表情は穏やかで、心なしか嬉しそうにも見えた。


「栄慶さん…」

「癒見……」


 私達はしばらく見つめあうように視線を交わす。


「ねぇ……俺のこと忘れてる?」
 宗近くんのその一言で、私は慌てて忘れてないよと左右に両手を振り、また栄慶さんも一度咳払いをしてから宗近くんに視線を移動させた。
「で、逝く覚悟はできたのか?」
「そーだねー、ユミちゃんとデートもできたし、もう心残りはないよ」
「あ、まだ成仏しちゃ駄目っ!! 宗近くん、お父さんと正近くんに何も伝えてないじゃないっ!」
 その為に戻って来たんだからと彼を引き留める。
「って言ってもさー、やっぱ俺もう死んでるわけだし、二人と話しするなんて無理だよ。さっき見てそれは分かったでしょ?」
「簡単に諦めちゃ駄目っ! 確かに亡くなってから改めて伝える事は難しいのかもしれない。だけど亡くなる前に残しておけば、気づいてくれるかもしれないよっ!!」
「亡くなる前って……」


「だから宗近くん! 私の身体に入って!!」


「へ?」


「は?」



 自分の身体を指差しながら私は叫ぶと、二人は素っ頓狂な声をあげた。








「――……つまり、二人宛てに手紙を書くって事?」
「そうっ」
 私は栄慶さんと宗近くんに説明する。
 口で伝えて信じてくれないというのなら、文字にして伝えればいいのではないかと。
 筆跡はそう簡単に真似する事はできない。
 それを〝亡くなる前〟に書いておいたものだと言う事にしておけば、二人はその手紙を読んでくれるはず。
 そしてお父さんと正近くんなら、きっと宗近くんの筆跡だと分かって信じてくれるはず。
 机の上で見た履歴書を見て、私はそう考えた。
 そしてそれは人に憑依できる宗近くんだからこそ出来ること。
「やってみる価値はあると思うの」
「まぁ……それならさっきよりは信じてくれる可能性はあるかもしれないけど……、俺、そんなもの書いて残す性格じゃないからなー」
 いまいち確信が持てないのか、「う~ん」と口に手を当てながら考える宗近くんに、私は後押しする。
「そこは正近くんが知っていたように、宗近くんも病気のこと知っていた事にすればいいんじゃないかな」
「そして子供の頃から面識のある栄慶さんがその手紙を預かっていた事にしておけば、信憑性も高まると思うの」
「確かにそれなら分かってくれるかも」
「決まりねっ! じゃあさっそく私の身体に……」
「駄目だ」
「え?」
 静かに話を聞いていた栄慶さんが、横から口をはさんだ。
「手紙の件はかまわん。だが、今お前の身体を使わせるわけにはいかない」
「ど、どうしてですかっ」
「少なくとも肉体から魂が離れて三時間は経ってるはずだ。数珠で抑えていたとしてもそろそろ限界だろう」
「気力が弱っている状態で身体を貸せば、その後お前の魂が戻れる保証はない」
「そんな……」
 つまり、さっき栄慶さんが言ってたみたいに『緒』が切れて死んじゃうって事!?
「あー……じゃあ俺、ちょっと外行って誰かの身体借りて……」


「私の身体を使えばいい」


「エージ!?」


「栄慶さんっ!?」


「見知らぬ者より、見知った者の身体を使う方がやりやすいだろう? なら私の身体を使え」
「癒見がお前の為に考えた事だ。少しは私にも手伝わせろ」



「それにお前は私の……友人だ」




 栄慶さんは宗近くんから視線を逸らし、ボソリと呟くように小声で言った。
「栄慶さん……」
「エージ……」




「……さんきゅ」



 宗近くんも栄慶さんに小声で返す。



 そんな二人のやりとりを見て、私の心は温かくなった。
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