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第三章
母と子 其の二十三
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「栄慶さんは優しすぎますっ」
彼に握られた左手で、私はシーツに爪を立てる。
「今回の事は私の自業自得なんですからっ! 勝手に先走って迷惑かけてっ!」
いつだってそう、後先考えずに行動してしまう。
分かってるのに……
分かってるはずなのに……
「それでも見過ごすことができないんだろう?」
「――っ」
「自分が怖い目に合うかもしれないと分かっていても放っておけない、見捨てられない、そうだろう?」
「――…はい」
「だったら私も同じだ。お前を放っておく事ができない」
「同じじゃないですっ。栄慶さんは……助けることも……守ることもできるじゃないですか」
私はただ首を突っ込むだけ。
周りに迷惑を掛けるだけ。
栄慶さんとは全然違う。
「気づいていないのか」
「え?」
「お前は誰よりも相手の気持ちに寄り添おうとする。それが相手にとって、どれだけ嬉しい事か分からないか?」
「……」
「温かいんだ、お前は」
「私が……?」
「心がな……温かくなるんだ」
「なりふり構わず相手を思い、助けたいと思うその気持ちが人の心を温かくさせる」
「私もその一人だ」
「仕事に私情は挟まない、依頼された仕事を淡々とこなす。時に自分は感情のない冷たい人間ではないかと思う事がある」
「そんな時、相手に気持ちに寄り添おうとするお前の姿を見ていると、冷え切った心が溶かされていくような……そんな気持ちになれるんだ」
「お前はいつも、私の心を温めてくれている」
そう言って、爪を立てたシーツから剥がすように、私の4本の指先を、彼は包み込むように優しく握り直した。
(栄慶さん……)
彼は誰よりも生き死に関わる仕事をしている。
それは死後、この世に留まってしまった魂の、苦しみや悲しみ……恨みつらみ、さまざまな思いが渦巻く中での仕事……。
心を押し殺さないと、その感情に飲み込まれてしまうのかもしれない。
(でも……)
「栄慶さんが冷たい人間じゃないってこと……私、分かってますよ?」
これだけは誰よりも分かってる。
いつも感じてる。
「初めて会った時から優しかったですよ、冷たくなかったですよ?」
「私は栄慶さんのおかげで……この体質も悪くないって思えるようになったんですから」
「それって、栄慶さんがそばに居てくれるからって安心しちゃってるんですよね」
「栄慶さんが居てくれるから怖くなくなっちゃうんです」
「栄慶さんが冷たい人だったら、こんな事、絶対思ってないですよ?」
「逆に栄慶さんは私の心、いつも温めてくれてますよ」
そういうと、背後でフッと息を吐く音が聞こえた。
「――…そうか」
背を向けている私には、彼が今どんな表情をしているのかは分からない。
だけど、心なしか声が嬉しそうに感じたのは、きっと気のせいじゃない。
「だから……」
「だから……ですね……」
「もう……」
「怖く……ないですよ?」
その言葉には……海でのこと以外も含んでいると……彼は気づいてくれただろうか。
「………」
静まり返った部屋の中、目を閉じ、耳を澄まして……彼の返事を待つ。
「………」
「………」
「………?」
「栄慶……さん?」
返答の代わりに聞こえてきたのは……規則正しい呼吸音。
私は上半身を少し起こし、後ろを確認すると、栄慶さんは微かな寝息を立てながら、右腕に頭を乗せて眠ってしまっていた。
「……」
(おやすみなさい)
私は力の抜けた彼の手から、自分の手をゆっくり取り出すと、今度は私の手の平を、彼の手の甲に重ね合わせる。
少しでも気持ちが伝わるように……。
「栄慶さん」
「栄慶さん」
「好きですよ」
「大好きです」
呪文のように小声で呟きながら……私もまた、心地よい眠りへと誘われていった。
彼に握られた左手で、私はシーツに爪を立てる。
「今回の事は私の自業自得なんですからっ! 勝手に先走って迷惑かけてっ!」
いつだってそう、後先考えずに行動してしまう。
分かってるのに……
分かってるはずなのに……
「それでも見過ごすことができないんだろう?」
「――っ」
「自分が怖い目に合うかもしれないと分かっていても放っておけない、見捨てられない、そうだろう?」
「――…はい」
「だったら私も同じだ。お前を放っておく事ができない」
「同じじゃないですっ。栄慶さんは……助けることも……守ることもできるじゃないですか」
私はただ首を突っ込むだけ。
周りに迷惑を掛けるだけ。
栄慶さんとは全然違う。
「気づいていないのか」
「え?」
「お前は誰よりも相手の気持ちに寄り添おうとする。それが相手にとって、どれだけ嬉しい事か分からないか?」
「……」
「温かいんだ、お前は」
「私が……?」
「心がな……温かくなるんだ」
「なりふり構わず相手を思い、助けたいと思うその気持ちが人の心を温かくさせる」
「私もその一人だ」
「仕事に私情は挟まない、依頼された仕事を淡々とこなす。時に自分は感情のない冷たい人間ではないかと思う事がある」
「そんな時、相手に気持ちに寄り添おうとするお前の姿を見ていると、冷え切った心が溶かされていくような……そんな気持ちになれるんだ」
「お前はいつも、私の心を温めてくれている」
そう言って、爪を立てたシーツから剥がすように、私の4本の指先を、彼は包み込むように優しく握り直した。
(栄慶さん……)
彼は誰よりも生き死に関わる仕事をしている。
それは死後、この世に留まってしまった魂の、苦しみや悲しみ……恨みつらみ、さまざまな思いが渦巻く中での仕事……。
心を押し殺さないと、その感情に飲み込まれてしまうのかもしれない。
(でも……)
「栄慶さんが冷たい人間じゃないってこと……私、分かってますよ?」
これだけは誰よりも分かってる。
いつも感じてる。
「初めて会った時から優しかったですよ、冷たくなかったですよ?」
「私は栄慶さんのおかげで……この体質も悪くないって思えるようになったんですから」
「それって、栄慶さんがそばに居てくれるからって安心しちゃってるんですよね」
「栄慶さんが居てくれるから怖くなくなっちゃうんです」
「栄慶さんが冷たい人だったら、こんな事、絶対思ってないですよ?」
「逆に栄慶さんは私の心、いつも温めてくれてますよ」
そういうと、背後でフッと息を吐く音が聞こえた。
「――…そうか」
背を向けている私には、彼が今どんな表情をしているのかは分からない。
だけど、心なしか声が嬉しそうに感じたのは、きっと気のせいじゃない。
「だから……」
「だから……ですね……」
「もう……」
「怖く……ないですよ?」
その言葉には……海でのこと以外も含んでいると……彼は気づいてくれただろうか。
「………」
静まり返った部屋の中、目を閉じ、耳を澄まして……彼の返事を待つ。
「………」
「………」
「………?」
「栄慶……さん?」
返答の代わりに聞こえてきたのは……規則正しい呼吸音。
私は上半身を少し起こし、後ろを確認すると、栄慶さんは微かな寝息を立てながら、右腕に頭を乗せて眠ってしまっていた。
「……」
(おやすみなさい)
私は力の抜けた彼の手から、自分の手をゆっくり取り出すと、今度は私の手の平を、彼の手の甲に重ね合わせる。
少しでも気持ちが伝わるように……。
「栄慶さん」
「栄慶さん」
「好きですよ」
「大好きです」
呪文のように小声で呟きながら……私もまた、心地よい眠りへと誘われていった。
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