憑かれて恋

香前宇里

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第三章

母と子 其の二十一

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 その後、旅館に戻った私たちは、心配そうな表情をして待つ女将さんに出迎えられた。
 そしてロビーに移動した私たちは、事の顛末を彼女に伝えた。
「そうですか……。一緒に……あの世へ逝くことができたんですね」
「本当はもっと早くにお願いするべきでした。でも……成仏してほしいと思う反面、幽霊でもいいから……もう少し娘と一緒に居たいと……そう思ってしまったんです」
 女将さんは涙ぐみながら、旅館に出る幽霊の正体が娘ではないかと薄々感じていた事を私達に話してくれた。
 片づけようとしていた物が気付くと元の場所に戻っていたり、朝になると玄関に新しい花が生けてあったり……。
 きっと大浴場での事も彼女がしてくれた事なのだろう。
 彼女は彼女なりに、最後の親孝行をしていたのかもしれない。
「あの子達……向こうで笑ってるかしら……」
「きっと、笑顔で女将さんの事、見てくれてますよ」
 そう言うと、女将さんは人差し指の背で涙を拭いながら、そうね……と微笑んだ。







「ん~っ、今日はよく眠れそう!」
 解決したという安堵と共に、昼間の遊び疲れもあってか、身体がすぐにでも休みたがってるのが分かる。
 私は背伸びをしてから部屋のドアを開け、中へと足を踏み入れる。




 そして思い出した。




 二組の並べられた布団を。




(わ、忘れてたぁぁぁぁっ)
「だから入口で止まるんじゃない」
 立ちすくむ私を急かすように、栄慶さんは私を部屋の中へと促す。
 慌てて私は振り返り、部屋に入ってくる彼に声を掛けた。
「え、栄慶さん、お風呂っ! お風呂まだでしたよね!?」
「私ならとっくに入ったぞ?」
 ぐっ、いつの間に!! 
 慌てる私とは違い、彼は表情を崩すことなく部屋に入ると、私に背を向けた状態で袈裟を外し、法衣を脱ぎ始めた。
(ひゃあっ)
 突如始まったストリップショー……
 じゃない、彼の着替えに、思わず私の目は釘付けになってしまう。
 昼間水着姿の彼をたくさん見たはずなのに……。
「――っ」
 背を向けたまま法衣を脱ぎ始めた栄慶さんは、白衣はくえ姿になると、シュルリと白帯を外し始める。
「――――~~~っ」
 そしてゆっくりと白衣をはだけさせ、彼の引き締まった背中が露わになってく。
「――――~~~~~~っっっ!!」
 その姿が……色っぽくて……艶っぽくて……
(ひぁあああああああああああっっ!!)
 その光景に耐えられなくなった私は、白衣が足元に落ちると同時に窓際の布団へと潜り込んだ。









          カチ





                 カチ





                      カチ……









 時計の音がやけにうるさく感じる。
(ね、眠れない……)
 身体は凄く疲れてるはずなのに……頭が冴えて眠れない。
 栄慶さんに背を向け、布団の隅で身体を丸めるようにして寝ている私は、彼が寝入ったかどうかも確認できない。
(きっと……疲れてもう眠ってる……はずだよね?)
 べ、別に様子が気になって眠れないわけじゃないからっ
 眠れないのは……怖い目にあったからなんだからっ!
 そ、そうよっ、だから眠るのが怖いだけっ!!
(怖いだけ……怖いだけ……)
 何度も自分に言い聞かせる。



 ――――





 ――――
 




 ――――





「眠れないのか?」
「――!?」
 急に聞こえた低い声に、ビクリと身体が反応する。
 気づかないフリをしようとしたが、さすがに今の動きでバレてしまっただろう。
「怖くて眠れないんじゃないか?」
「そ、そそんな事ないですよ!!」
「声が震えてるぞ?」
 からかうような彼の声。
「本当は怖いんじゃないのか? 何なら、こっちに入ればいい」
 そう言って布団をめくる音がした。
「んなっ!? な、何言ってるんですかっ! 入りませんよ!!」
 私は咄嗟に声を上げ、ギュッと自分の布団を掴む。
「そうか……」
 彼は諦めたのか、再び布団を戻すような音を立てる。
 私はホッとしたような、残念なような……そんな感情が渦巻く中、急に背筋に流れ込んだ冷たい空気でブルッと身体を振るわせた。




 それは一瞬で。




 再び包み込むような温もりが戻る。





 温もりが……





 温も……り……?





「――――っ!?!?」
「え、ええええ栄慶さん!?」
「ん? お前が来ないから来てやったんだろう?」
「――~~~~っっ」
 背を向けている私の左腕に、彼の左腕が乗っかっている。



 これって……




(だ、抱きしめ……!?)
「ほら、明日早いんだ。早く寝ろ」




(ね……っ)





(眠れるわけないでしょ――――っ)
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