憑かれて恋

香前宇里

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第三章

母と子 其の十九

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 私は閉じていた目をハッと開ける。




 焦点が合わない、ぼやけた視界。




 強く塞いでいた私の両手が……ゆっくり耳から離される。



「癒見」



「癒見、私の顔を見るんだ」



 聞えてきた……ささやくようなバリトンボイス。




 彼の吐息が顔にかかり、私は頬を赤く染める。



「そうだ、私の顔を見るんだ」



「他の事は考えるな」



 そう言って、彼はもう一度……触れるだけのキスをする。



「私の事だけを考えればいい」



「私しか見なくていい」



 彼はあやすように声を掛けながら、角度を変えて何度も唇を合わせる。




 さっきまでの恐怖も……彼女の声も……もう聞こえない。





 聞えるのは……





 彼の声と……






 彼の吐息……






 そして……






 温かくて優しいキスだけだった。







「栄慶さん……」
「落ち着いたか?」
「はい……」
 と言うか……、恥ずかしすぎて何をどう返していいのか分からない。
「全く、世話を焼かせる」
 栄慶さんはそう言いながらも、私の頭を優しく撫でてくれる。
「ごめんなさい。また迷惑かけて……」
「気にせん。だがもう少し私を頼れ、馬鹿者」
「むぅ。馬鹿っていいましたね!」
 私は口を尖らせながら、彼を見上げる。
「馬鹿だから馬鹿と言ったんだ」
「な、何度も言わないで下さいよっ! 自覚はしてるんですからっ!!」
「なんだ、分かってたのか」
 彼はクッと含み笑いをする。
「まぁ馬鹿な子ほど……と言うが……」
「えっ!? も、もう一回言ってくださいっ」
 聞こえなかったその部分をもう一度聞きたくて、彼の法衣を掴んでみるが……
「さて、まだ仕事が残っている」
 と、ひっぺがされた。
(もうっ!!)
 栄慶さんの事だからもう言ってはくれないだろうと思った私は、ちょっとむくれながら彼の視線の先を追う。



「あ……」
 視線の先には……こちらを見つめる少女の姿。
「栄慶さんっ、あの子は私を助けようとしてくれたんですっ! だから酷い事はしないで下さいっ!!」
「分かっている」
「長い間、あの場所から動けずにいたのだろう」
(ずっとあの場所に……)
 どれだけ寂しかっただろう……
 どれだけ心細かっただろう……
 なのに私を助けようとしてくれた少女の優しさに胸が痛む。
「だが、それが逆に良かったのかもしれん」
「え?」
 彼は後ろを振り返る。
 つられるように私も振り向くと、少し離れた場所で、白いワンピースを着た女性が立っていた。
「――っ!?」
 私は咄嗟に身構える。
 だけど……さっきの女性とは違う……?


『 やっと……やっと会えた…… 』


 両目から沢山の涙を流す女性。
 彼女が向ける視線の先は……


『 お母さん!! 』



「え?」



(お母さん?)



『 お母さんっ お母さんっ 』


 少女が何度も叫ぶと、女性は私達の体をすり抜け、両手を伸ばす少女の身体を強く抱きしめる。


『 ごめんね、ごめんね……

    これからはずっと一緒だからね…… 』


『 うん……うんっ!! 』


 抱きしめ合う二人の身体が淡い光で包まれる。




 笑顔を向けあいながら彼女達は昇っていく。




 そして消える直前こちらを振り向き




 ペコリと頭を下げて夜空に消えて行った。
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