憑かれて恋

香前宇里

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第三章

母と子 其の十七

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「――……え?」
 彼女はそう言うと、首を90度ガクンと横に傾かせ、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
 と同時に、海から風に乗って聞こえてきた


〝 逃  げ  て 〟



 の声。



「きゃあっ!!」
 次の瞬間、私は彼女に突き飛ばされる。
 かろうじて岩場ギリギリに尻餅を付き、海に落ちる事は逃れられた。
 だけど……
「あ、あの子は……あなたの子じゃ……」


『 私に子供はいないわよぅ? 』
 彼女は両端の口角を不気味に引き上げながら言葉を続ける。


『 ワタシはただ仲間がホシイダケ…… 』


『 ほら……アナタの後ろニモ

       沢山イルデショウ……? 』



「――ひっ!!」
 後ろを振り向くと……岩場の下、海の中から無数の青白い手が、こちらに向かってワラワラと伸びてきていた。
「いやっ!!」
 その場から離れようとするが、目の前に彼女が立ちはだかり、逃げ場を失う。


『 毎年こうヤッテ
         
        仲間を増やしテるの 』


 彼女は口に手を当て、クスクスと楽しそうに笑いながらこちらを凝視している。
 私は前にも後ろにも逃げる事が出来ず、ただ身体をガタガタと震わせていた。
 なぜ気づかなかったのだろう。
 この場所で、栄慶さんが言っていた言葉を思い出す。




【お前以外に〝生きた気配〟がする者はいなかったが?】




 あれはあの女の子だけの事じゃなかったんだ。
 それにあの子は、ずっと私を助けようとしてくれてたんだ。
 その事に気づけなかった後悔と情けなさで視界が歪む。

『 ダイジョウブよぅ?

      怒りや悲しみもスグに無くナルカラぁ 』

 うふふ、と笑いながら彼女は私に手を伸ばしてきた。

「いやっ、来ないで!!」
 殺されると思った私は、咄嗟に両手を突き出した。


『 ギャッ!! 』


 鈍い悲鳴が上がる。
「え……?」
 恐る恐る目を開けると、苦しそうに唸る彼女の姿が目に入った。
(一体……何が起こったの……?)

『 グッ……ソレワぁっっ 』

 彼女は痛みに耐える様に手をかばいながら、私の左手を睨みつけて叫ぶ。

(あっ)

 私の左手には、栄慶さんから預かった数珠が握られていた。
(私、咄嗟に手首に嵌めてた数珠を掴んで突き出したんだ)

『 ユルサナイユルサナイ

    殺シテヤル殺シテヤルっっ!! 』

 彼女は顔を醜く歪ませながら、もう一度こちらに向かって手を伸ばしてきた。
「――っ! 栄慶さんっっ!!」
 その手が私の身体に触れようとした瞬間、ブワッと再び風向きが変わった。 






 そして聞こえ始めた……低く力強い……彼の声。
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