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第二章
Curry du père 其の二十一
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「オーナーは圭吾さんとの繋がりを無くしたくなかった。だからあの写真を見た後、店のメニューに加えて、圭吾さんが戻ってくるのを待ってたんじゃないですか?」
「まさか、そんな事……」
彼は信じられないと言う顔でレシピを見つめる。
(他に、他に何か残ってないの?)
私はもう一度、引出しの中を確認する。
(……あれは?)
引き出しの一番奥に、膨らみのある茶封筒が見えた。
手を伸ばしてそれを取り出し、中を確認する。
(写真と……手紙?)
中に入っていたのは、写真の束と手紙の束。
かなりの枚数。
写真に写っていたのは……。
「――――!! 圭吾さん、これっ」
「え?」
「これ全部、俺か?」
背後に写っている建物から、海外で撮られたものだという事が分かる。
「フランスで働いてた時の写真だ」
「昔、向こうから手紙を送った事はあるけど、写真なんて送っていないはず……」
そこには仲間達と笑い合う姿や真剣に調理する姿……どれも楽しそうに働く圭吾さんの姿が写っていた。
「あの……これも……」
今度は手紙が入った封筒の束を渡す。
彼は差出人を確認すると、驚きの声を上げた。
「これ、働いてた店のオーナーからだ!」
彼はすぐさま中を確認し、フランス語で書かれた内容を確認する。
「親父……、向こうのオーナー宛てに手紙を送っていたみたいだ」
「俺が他の人に迷惑かけてないかとか聞いてたらしい」
親父のやつ……、と彼は呆れたように溜息を付いた後、無言で手紙を読み進めていく。
一通目……二通目……三通目……
「あの……、他に何て書いてあるんですか?」
圭吾さんの手が微かに震え出した事に気づき、声を掛けてみるが、彼は聞こえていないのか答えてはくれなかった。
「圭吾さ……」
私はもう一度声を掛けようとしたその瞬間、彼の目から一粒の涙が零れ落ちた。
手紙に落ちた涙はインクをジワリと滲ませる。
彼は慌てて顔を上げ、隠すように手の甲で拭った後、カウンターの下から1冊の本を取り出し私に渡した。
かなり古そうなその本は、フランス語で書かれており読めないものの、イラストから料理について書いてあるものだと推測できた。
「俺さ……向こうに居る時どうしてもその本がほしかったんだけど、かなり古い本だから古書店でもなかなか見つからなかったんだ」
「でも、しばらくしてオーナーがその本を見つけてきてくれたんだ」
「どこを探しても見つからなかったのに不思議だった」
「それ……本当は親父が探し出して送ってくれた物だったんだ」
「日本じゃ向こうより探すの難しかったはずなのに……」
「他にも俺がほしいと思っていたものは、ほとんど親父が送ってくれた物だった」
「格安の家賃で住んでた場所も、親父が半分出してくれていたんだ」
「俺が料理にだけに集中できるようにって……。親父からだって事は隠してずっと……」
(オーナー…)
ずっと……ずっと離れた場所から見守ってくれてたんですね。
圭吾さんが一人前になって帰ってくるまでずっと……。
「手紙には良いお父さんを持って、俺は幸せ者だって書いてあった。もうすぐ二人の夢が叶うだろうって」
「親父とお袋の夢……、家族三人で店をやっていく夢が叶うって……」
彼は手紙の束を強く握りしめ俯いた。
「だけど俺は日本に戻って、お袋の事で親父を責めたんだ! アンタと一緒に店に立ちたくないってっ!!」
「俺は……俺は……っ」
「圭吾さん……」
もっと早く気づいていたら……、お父さんと向き合って、話をする事が出来たかもしれない。
家族の時間を持てたのかもしれない。
「俺は何も返してやれなかった。二人の望みも叶えてやれなかったんだっ」
「それは違いますっっ!!」
彼の言葉に私は声を張り上げた。
「ご両親は向こうできっと喜んでくれてます!! 三人で店に立つ夢は叶わなかったけど、こうやって圭吾さんが店に立ってくれた事で、凄く……凄く嬉しいと思ってくれてるはずですっ」
「圭吾さんの気持ちはきっと届いてますっ。きっと……きっと見てくれてます!!」
「癒見ちゃん……」
「だからこれからもここで料理を作り続けて下さい。沢山の思い出が詰まったこのお店で料理を作って皆を喜ばせて下さいっ」
言い終わると同時に、私の目から大量の涙が溢れ出した。
慌ててゴシゴシと目を拭っていると、微かに笑った声が聞こえ、穏やかな表情を浮かべる彼と目が合った。
「ありがとう。赤の他人の俺なんかの為に泣いてくれて」
「どうしてかな、君に言われるとそうかもしれないって思ってしまう」
「本当……ですか?」
「ああ」
圭吾さんは店内をゆっくりと見渡す。
「でもしばらくの間、店は休もうと思う。親父が残したレシピを再現して食べてみたいんだ」
「親父とお袋が残したこの場所で、親父の味ともう一度向き合ってみたい」
「そしてまた店を再オープンさせるよ。今度は俺達家族の店を」
そう言って笑った彼の顔が、オーナーに美味しいって言ったときの面影と重なった。
(あ……)
「笑った顔はお父さん似だったんですね」
「え?」
彼は少し考えてから、そうかな? と照れくさそうにまた笑った。
「まさか、そんな事……」
彼は信じられないと言う顔でレシピを見つめる。
(他に、他に何か残ってないの?)
私はもう一度、引出しの中を確認する。
(……あれは?)
引き出しの一番奥に、膨らみのある茶封筒が見えた。
手を伸ばしてそれを取り出し、中を確認する。
(写真と……手紙?)
中に入っていたのは、写真の束と手紙の束。
かなりの枚数。
写真に写っていたのは……。
「――――!! 圭吾さん、これっ」
「え?」
「これ全部、俺か?」
背後に写っている建物から、海外で撮られたものだという事が分かる。
「フランスで働いてた時の写真だ」
「昔、向こうから手紙を送った事はあるけど、写真なんて送っていないはず……」
そこには仲間達と笑い合う姿や真剣に調理する姿……どれも楽しそうに働く圭吾さんの姿が写っていた。
「あの……これも……」
今度は手紙が入った封筒の束を渡す。
彼は差出人を確認すると、驚きの声を上げた。
「これ、働いてた店のオーナーからだ!」
彼はすぐさま中を確認し、フランス語で書かれた内容を確認する。
「親父……、向こうのオーナー宛てに手紙を送っていたみたいだ」
「俺が他の人に迷惑かけてないかとか聞いてたらしい」
親父のやつ……、と彼は呆れたように溜息を付いた後、無言で手紙を読み進めていく。
一通目……二通目……三通目……
「あの……、他に何て書いてあるんですか?」
圭吾さんの手が微かに震え出した事に気づき、声を掛けてみるが、彼は聞こえていないのか答えてはくれなかった。
「圭吾さ……」
私はもう一度声を掛けようとしたその瞬間、彼の目から一粒の涙が零れ落ちた。
手紙に落ちた涙はインクをジワリと滲ませる。
彼は慌てて顔を上げ、隠すように手の甲で拭った後、カウンターの下から1冊の本を取り出し私に渡した。
かなり古そうなその本は、フランス語で書かれており読めないものの、イラストから料理について書いてあるものだと推測できた。
「俺さ……向こうに居る時どうしてもその本がほしかったんだけど、かなり古い本だから古書店でもなかなか見つからなかったんだ」
「でも、しばらくしてオーナーがその本を見つけてきてくれたんだ」
「どこを探しても見つからなかったのに不思議だった」
「それ……本当は親父が探し出して送ってくれた物だったんだ」
「日本じゃ向こうより探すの難しかったはずなのに……」
「他にも俺がほしいと思っていたものは、ほとんど親父が送ってくれた物だった」
「格安の家賃で住んでた場所も、親父が半分出してくれていたんだ」
「俺が料理にだけに集中できるようにって……。親父からだって事は隠してずっと……」
(オーナー…)
ずっと……ずっと離れた場所から見守ってくれてたんですね。
圭吾さんが一人前になって帰ってくるまでずっと……。
「手紙には良いお父さんを持って、俺は幸せ者だって書いてあった。もうすぐ二人の夢が叶うだろうって」
「親父とお袋の夢……、家族三人で店をやっていく夢が叶うって……」
彼は手紙の束を強く握りしめ俯いた。
「だけど俺は日本に戻って、お袋の事で親父を責めたんだ! アンタと一緒に店に立ちたくないってっ!!」
「俺は……俺は……っ」
「圭吾さん……」
もっと早く気づいていたら……、お父さんと向き合って、話をする事が出来たかもしれない。
家族の時間を持てたのかもしれない。
「俺は何も返してやれなかった。二人の望みも叶えてやれなかったんだっ」
「それは違いますっっ!!」
彼の言葉に私は声を張り上げた。
「ご両親は向こうできっと喜んでくれてます!! 三人で店に立つ夢は叶わなかったけど、こうやって圭吾さんが店に立ってくれた事で、凄く……凄く嬉しいと思ってくれてるはずですっ」
「圭吾さんの気持ちはきっと届いてますっ。きっと……きっと見てくれてます!!」
「癒見ちゃん……」
「だからこれからもここで料理を作り続けて下さい。沢山の思い出が詰まったこのお店で料理を作って皆を喜ばせて下さいっ」
言い終わると同時に、私の目から大量の涙が溢れ出した。
慌ててゴシゴシと目を拭っていると、微かに笑った声が聞こえ、穏やかな表情を浮かべる彼と目が合った。
「ありがとう。赤の他人の俺なんかの為に泣いてくれて」
「どうしてかな、君に言われるとそうかもしれないって思ってしまう」
「本当……ですか?」
「ああ」
圭吾さんは店内をゆっくりと見渡す。
「でもしばらくの間、店は休もうと思う。親父が残したレシピを再現して食べてみたいんだ」
「親父とお袋が残したこの場所で、親父の味ともう一度向き合ってみたい」
「そしてまた店を再オープンさせるよ。今度は俺達家族の店を」
そう言って笑った彼の顔が、オーナーに美味しいって言ったときの面影と重なった。
(あ……)
「笑った顔はお父さん似だったんですね」
「え?」
彼は少し考えてから、そうかな? と照れくさそうにまた笑った。
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