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第二章
Curry du père 其の十七
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「あれ……?」
9時を過ぎた頃。
店に到着した私は、いつも外に置いてある立て看板がまだ置かれていない事に気が付いた。
もうオープンしてるはずなのに……窓ガラスのカーテンは閉ざされたままで、中の様子を窺う事は出来ない。
入口の格子状に嵌めこまれたガラス扉から中を覗いてみると、カウンターに座っている人影が見えた。
(オーナー……?)
じゃない……あれは圭吾さん、よね。
彼はカウンターに片肘をつき、額に手を当て何か考え込んでいるようだった。
その横顔はどこか思いつめたような表情をしており、心配になった私は入口のドアに手を伸ばす。
鍵はかかっていなかった。
ゆっくり引いて、中へと足を踏み入れる。
微かにカランカランと音が鳴り響くが、彼は気づいていないようだった。
「あの……、圭吾さん?」
少し離れた場所から声を掛けてみる。
「圭吾さんっ」
もう一度、今度はハッキリと声を掛けると、彼はハッとしたように振り返った。
「あ、ああ……癒見ちゃんか。いらっしゃい」
「あの、勝手に入ってごめんなさい。まだ準備中でしたか?」
「ん? ああ、もう9時か……気づかなかったよ」
彼はゆっくりと席を立つ。
……いつからそうしてたんだろう。横から顔色を窺うと、昨日より疲れてるように見て取れた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっといろいろ考えてただけ」
「あー…うん、今日は休みにしようかな。どうせ誰も来ないだろうし」
「そんな事ないです! 圭吾さんの作る料理、凄く美味しいんですからっ、今日は無理しないでゆっくり休んで、明日からまた……」
言葉を遮るように、彼はガタンと席に腰をおろす。
「明日からまた……これからも……? ここで……ずっと?」
ハハハ、と彼の乾いた声が店内に響き渡った。
「圭吾……さん…?」
「この店に俺の居場所なんてないんだよ……」
彼はそう言うと、カウンターの中に目を向けた。
「子供の頃、学校から帰ってくると、この席に座って親父たちの働いてる姿をずっと見てたんだ」
「俺がカウンターの中に入る事はほとんどなかった。そこは親父とお袋の場所だったから」
「圭吾さん……」
「俺はここに戻るべきじゃなかったんだ。ここは親父とお袋の店で……俺が継ぐべきじゃなかったんだよ」
「そんなことっ」
「きっと親父もそれを望んでるはずだ」
――――違う。
オーナーはそんな事、望んでいない。
昨日、一瞬見えたオーナーの顔は穏やかだった。
一瞬だったけど……カウンターに立つ圭吾さんを嬉しそうに見ていたように思えた。
そんな事、きっと望んでいない。
(でも……)
今、そのまま伝えても……彼の心には届かない。
店内を見渡すが、オーナーの姿を視る事はできなかった。
私は栄慶さんの数珠を両手で握りしめながら、祈るように目を瞑る。
(お願いっ、彼を助けてあげたいの!!)
お願い、姿を現してっ
お願いっ
(栄慶さん、力を貸してっっ)
私は強く、強く願った。
9時を過ぎた頃。
店に到着した私は、いつも外に置いてある立て看板がまだ置かれていない事に気が付いた。
もうオープンしてるはずなのに……窓ガラスのカーテンは閉ざされたままで、中の様子を窺う事は出来ない。
入口の格子状に嵌めこまれたガラス扉から中を覗いてみると、カウンターに座っている人影が見えた。
(オーナー……?)
じゃない……あれは圭吾さん、よね。
彼はカウンターに片肘をつき、額に手を当て何か考え込んでいるようだった。
その横顔はどこか思いつめたような表情をしており、心配になった私は入口のドアに手を伸ばす。
鍵はかかっていなかった。
ゆっくり引いて、中へと足を踏み入れる。
微かにカランカランと音が鳴り響くが、彼は気づいていないようだった。
「あの……、圭吾さん?」
少し離れた場所から声を掛けてみる。
「圭吾さんっ」
もう一度、今度はハッキリと声を掛けると、彼はハッとしたように振り返った。
「あ、ああ……癒見ちゃんか。いらっしゃい」
「あの、勝手に入ってごめんなさい。まだ準備中でしたか?」
「ん? ああ、もう9時か……気づかなかったよ」
彼はゆっくりと席を立つ。
……いつからそうしてたんだろう。横から顔色を窺うと、昨日より疲れてるように見て取れた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっといろいろ考えてただけ」
「あー…うん、今日は休みにしようかな。どうせ誰も来ないだろうし」
「そんな事ないです! 圭吾さんの作る料理、凄く美味しいんですからっ、今日は無理しないでゆっくり休んで、明日からまた……」
言葉を遮るように、彼はガタンと席に腰をおろす。
「明日からまた……これからも……? ここで……ずっと?」
ハハハ、と彼の乾いた声が店内に響き渡った。
「圭吾……さん…?」
「この店に俺の居場所なんてないんだよ……」
彼はそう言うと、カウンターの中に目を向けた。
「子供の頃、学校から帰ってくると、この席に座って親父たちの働いてる姿をずっと見てたんだ」
「俺がカウンターの中に入る事はほとんどなかった。そこは親父とお袋の場所だったから」
「圭吾さん……」
「俺はここに戻るべきじゃなかったんだ。ここは親父とお袋の店で……俺が継ぐべきじゃなかったんだよ」
「そんなことっ」
「きっと親父もそれを望んでるはずだ」
――――違う。
オーナーはそんな事、望んでいない。
昨日、一瞬見えたオーナーの顔は穏やかだった。
一瞬だったけど……カウンターに立つ圭吾さんを嬉しそうに見ていたように思えた。
そんな事、きっと望んでいない。
(でも……)
今、そのまま伝えても……彼の心には届かない。
店内を見渡すが、オーナーの姿を視る事はできなかった。
私は栄慶さんの数珠を両手で握りしめながら、祈るように目を瞑る。
(お願いっ、彼を助けてあげたいの!!)
お願い、姿を現してっ
お願いっ
(栄慶さん、力を貸してっっ)
私は強く、強く願った。
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