憑かれて恋

香前宇里

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第二章

Curry du père 其の十一

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 栄慶さんは店内に足を踏み入れると、すぐに私を凝視する。
 何かを探るかのような鋭い眼差し。
 私は思わず一歩下がり、握りしめた両手を胸元に当て身構えた。
「あ……の……、栄慶……さん?」
 悪い事をして見つかった時に発するような弱々しい声で話しかけると、彼はスッと視線だけを別の方へと向けた。
 視線の先はカウンター……、彼が見ているのは、さっきオーナーが座っていたイスの少し上。
 ちょうど人が座った時、顔がくる位置だ。
(もしかして、栄慶さんはまだ視えてるの!?)
 もし視えているのであれば……オーナーの気持ちを……お父さんの言葉を……
(伝える事ができるかもしれないっ!)
 私は圭吾さんに向かって声を張り上げる。
「あのっ! 今そこにっ」
「帰るぞ」
「え?」
「帰るんだ」
 彼は低い声でそう言い放つ。
(ど、どうして……?)
 驚きの表情で見ていると、栄慶さんは私の元へ歩み寄り、左腕を掴んだかと思うと入口の扉へと歩き出した。
「え、栄慶さんっっ」
 歩く速度は遅いけれど、腕に込める力は強く、抗えない。
 私はヨタヨタとしながら彼の後ろを歩く。
「あっ、癒見ちゃん!」
 圭吾さんが慌てて声を掛ける。
 と同時に、栄慶さんは扉の前でピタリを足を止め、わずかに振り返った。
 私もつられるように振り向くと、心配するような表情で見つめる圭吾さんと目が合った。
「あの、また来ますからっ、ご馳走様でしたっ」
 心配させないよう笑顔でそう答えると、グンッと腕を引っ張られる。
「ひゃっ」
 私は勢いよく店の外へと飛び出し、再び強引に歩かされる。
 心なしか、さっきより腕に込める力が強い気がした。




 背後でカランと扉が閉まる音を耳にしながら、私達は人通りのない一本道を歩いていく。
 掴まれている左腕が熱い。 彼の体温が腕を伝って流れ込んでくるような、そんな感覚を覚える。
「あの……」
「………」
「あのっ」
「………」
「栄慶さんっっ」
「……ああ、すまない」
 彼は考え事をしていたのか、三度目の声でやっと立ち止まり、腕を離してくれた。
 急に温もりが無くなって、少し寂しさを覚えてしまう。
(もう少しこのままでも良かったかも……)
 って、そうじゃなくて!
「栄慶さん、さっき視えてましたよね?」
 彼は何も言わなかったが、微かに眉を顰めたのを見て、当たってると確信する。
「どうしてあの時止めたんですかっ! もしかしたら……圭吾さんにお父さんの言葉を伝えられたかもしれないのにっ!」
 彼はさらに眉を顰める。
 だけど私は負けじと言葉を続けた。
「お父さんの……オーナーの言葉を伝える事ができれば、自分に足りないモノが何か分かったかもしれない。もしかしたら親子の溝も修復できたかもしれないんですよ?」
「………」
 眉はまだ顰められたままだ。
 それに反発するように、私はぎゅっと拳を握りしめ、無言で訴えかける。


 すると少しして、栄慶さんは口を開いた。
「もし、お前が父親の言葉を代弁したとしよう。アイツはどう思う」
「え? それは……きっと喜んでくれると思います」



「お前が視えていても、アイツは視えていない・・・・・・・・・・のにか?」



「あ……」
 そこで彼が言おうとしている事が何なのかに気が付いた。
 自分は霊を視る事ができる人間で……それを相手が信じてくれているということを前提に話していた。
 普通の人なら理解できない事。 言っても信じてくれる人なんてほとんどいない。
 ましてや知り合って間もない人に「私は霊が視えるんです!」なんて言っても、すぐには信じてはくれないだろう。
 ……ううん。きっと圭吾さんは信じてくれる。
 信じた〝フリ〟をしてくれたと思う。
 私が代弁した事を驚きながらも真剣に聞いてくれて、話が終わると笑顔で言ってくれると思う。
 ありがとうって……。
 でも圭吾さんからしてみれば、私が親子の関係を気遣って〝代弁したフリ〟をしてくれた事への感謝の気持ち。
 オーナーが本当に言った事ではないと、心の中では思ってるはずだ。
 私の行為は独りよがり以外の何ものでもない。
 ただの自己満足。
 それだけじゃない……、もしかしたら更に彼を悩ませ、傷つけていたかもしれない。
「私……っ」
 全身から血の気が引いていくのを感じ、震え始めた両手を胸元で握りしめ下を向く。
「……帰るぞ」
 視界の端で、彼が動き出すのが見えた。
 だけど私の身体は地面に縫い付けられたように動けなかった。
 行ってしまう。
 そう思うのに足は動かなくて、ぎゅっと目を閉じていると、急に手の甲に温もりを感じた。
「――っ」
 目を開けると、私の手を栄慶さんの大きな手が包み込んでいた。
「栄慶……さん……」
「行くぞ」
 彼は私の手を握りながら歩き始める。


 さっきと同じ。


 歩く速度はとても遅かった。
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