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青色の世界と黄金の鎧騎士

出発当日

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「凜はこの後どうするんだ?」
塔から出ると同時に、敦也に名前をいきなり呼ばれて香月凜は硬直した。少し考え事をしていたため、いきなり敦也に呼ばれてびっくりしたのだ。洩れそうになった悲鳴をすんでで呑み込み、いつも通り明るい表情で振り返る。
そんな凜の苦労も知らない敦也は疲れたような顔で立っていた。
美崎にマスターのところに連れてこられて、色々と話を聞いて疲れたのだろう。凜も若干疲れていた。
ただ美崎の付き添いとして行ったはずなのに、ギルド・『青色の世界ブルーワールド』へと行くまでのツインフローズンアイスの護衛を頼まれて、さらには親睦会に参加しろ言われたのだ。いきなりのことで凜はマスターの部屋で椅子に座りながら脳内は慌てふためいていた。
今は落ち着いてきたが、この世界に来てからいつも急に突然に物事が進むなぁ、と疲れ呆れて息を吐いた。
「そうですね。ちょっと疲れましたので食堂に行ってお昼にしたいですね」
「そうだな……もうそんな時間か……じゃー食堂に行くか」
敦也は右腕をつけているリングに時刻を表示させて、お昼時であることを確認すると、くぅ、と鳴ったお腹に手を当てながら答えた。
敦也と凜が食堂の中に入ると、そこには非戦闘員が昼食に来ていた。非戦闘員たちに紛れていてもその中で特段目だつ二人がいた。二人は昼食をとりながらいがみ合っていた。
まわりの非戦闘員たちはいつも通りの景色だと気にしていない素振りだ。あの二人がいがみ合うのはもうすでに日常茶飯事なのだろう。
敦也と凜は食堂のお兄さんこと次郎さんから、ランチセットを受けとるといがみ合っている二人の横に座った。
「どうしたんだ二人とも。今日はなんで喧嘩してるんだよ?」
「おぉ、敦也! こいつがな!」
「敦也さん……このバカ犬がですね!」
敦也に声をかけられていがみ合っていた二人が、同時に敦也に振り返る。
いがみ合っていたのは、灰色のウルフカットで高二の辰上広太と肩までかかった髪がはねている中一の岸谷空である。
この二人も敦也と凜がこの世界に来る前から夢猫にいる先輩のような存在だ。なにかがあるとすぐにいがみ合う二人だが、本当はかなり仲のよいコンビだと敦也と凜は思っていた。
「空がよ、そばよりうどんのほうが美味しいって言うんだよ!」
「バカ犬がですね、うどんよりそばのほうが美味しいって言うんですよ!」
二人に迫られる敦也は、凜に助けを求める視線を送るが、彼女は昼食の親子丼の絶品さに感動していた。最初から広太と空には興味がなかったらしい。
正直敦也も二人の言うことはどうでもいい。そばとうどん……俺は夏は冷やし中華だろ。
敦也が答えないでいると、二人はそれぞれのPRタイムが始まった。
「そばのあの美味しさがわかるよな敦也。あのうどんにはない感じの味がいいんだよな!」
「うどんのコシですよ。あの太いうどんがちゅるちゅる~って口の中に入っていくのがいいんですよ。太くておっきくて美味しいんですよ、最強です!」
空の小さく少女のような容姿で、かわいい声で太くておっきいとか言われて、敦也は頬を赤くさせて視線をそらしていた。てか、広太のPRがまったく伝わらなかったわ。
「俺はどっちも好きかな……」
敦也は目をそらしたまま曖昧な答えを言った。
広太は敦也の曖昧な答えに、むっ、と眉を寄せながら凜にも同じことを訊いた。
「凜はそばとうどんどっちのほうが好きだ?」
「そうですね…………」
凜はスプーン置いてあごに指を当てて考える素振りを見せてから、明るい笑顔を見せた。けれど、その笑顔の奥に氷道のような冷たさを敦也は感じた。
広太と空が期待の眼差しで凜を見るなか、敦也だけはそれから目をそらして昼食のラーメンを食べ始めた。
「わたしは今はすごいどうでもいいことだと思いますよ。今は静かにお昼を食べましょうよ……うるさいですよ」
「「はい…………」」
凜に言われて力なくうなずいた二人は静かにそれぞれの昼食を食べ始めた。彼女でもあんな冷たい声だせんだな、と敦也は思った。やっぱ女子って怖いな。
それに比べてラーメンってやっぱすごいよな。最後まで汁たっぷり。玉子美味しい、海苔美味しい、なると美味しい、メンマ美味しい、麺美味しい。ラーメン最強。
それぞれが食事を終えると、広太が敦也と凜を見た。
「マスターから聞いたぜ、ギルドの外に行くらしいな。ブラックゾーンは大変だぞ。モンスターと常に戦うことになるかもしれないからな」
「……広太と空も行くんだぞ」
「わ、わ、わかってるよ! もちろんさ。お前たちだけじゃ、やっぱ心配だからな、俺もつ、ついていってやるよ」
氷道が一緒に行くことにやっぱり怯えているのだろう。声が途切れ途切れになっている。無理するなといってやりたいが、事実広太がいなきゃ厳しいことになるだろうと思っている、だからそうはいってやれないのだ。
「んー、ギルドの外に行くのは久しぶりだなー。楽しみだなー。おやつはなに持ってこっかなー」
そんな広太の怯えも知らず、空は『青色の世界』への遠征が楽しみらしい。怖いものなしというか無邪気というかそんな感じである。
「なんかアドバイスとかあるか。ブラックゾーンに行ったことがある二人からさ」
「あ、それわたしも聞きたいです!」
敦也と凜に言われて、広太は頭を掻きながら答える。
「そうだな、はっきり言って俺から言えることはないなー……空はなんかあるか?」
「ん、僕たちから離れないこと……?」
広太は空に話を振り、彼は首を傾けながら言う。
デザートのパフェを食べている空はそんな話には興味がないらしい。普段の空はこんな感じだろう。めんどくさがりで動かない感じである。
「ブラックゾーンへの遠征はまぁ数をこなさなきゃ馴れていかねーよ。モンスターとの戦闘だって力がないうちは常に馴れない感じだ。力がそれなりにあれば初見のモンスター相手でも勝てるだろうな。俺とか」
広太はそんなことを言う。つまりは今の敦也と凜にできることはただ二つということなのだ。
遠征にそなえて少しでもトレーニングをして強くなって、広太と空から離れないことだけだ。今の敦也と凜にはまだそんなに力はないのだから。
「まぁ、昼食は終わりだ。俺は咲夜のところに行って、色々と話聞かなきゃいかないんだよ。まったく出発は三日後とか近すぎんだよ、忙しい三日間になっちまうぜ」
そう言って広太は食堂から出ていった。
「よし、俺たちも行くか!」
「はい、トレーニングルームですね!」
敦也と凜はそろって食堂から出て、トレーニングルームに向かった。
それから夜になるまでそれぞれべつのトレーニングをした。いつも通りなのだが三日間はトレーニングルームに通いつめることになりそうだった。
もう外はかなり暗くなると、トレーニングルームを出て、銭湯へ向かい汗を流して、食堂へ向かい夕食をすましてわかれた。
そしてあっという間に、出発の三日後がやって来た。





太陽からの光が、二つの世界を隔てる木製の壁を、オレンジ色に照らしていた。木製の壁の一部に人が通れるサイズの閉ざされた門があった。
ギルドの境界。
今までの十年間咲夜を筆頭とする、『夢見る猫たち』が積み上げてきた成功と勝利が目に見える形である。
今からその壁の向こうへと門をくぐり行こうとする七人がいた。
ツインフローズンアイスの氷道と七海と真奈。敦也と凜、広太と空である。その他に壁の前には、咲夜と京子さんの二人が見送りとして来ていた。
「広太、道はしっかりわかってるよね」
「あぁ、大丈夫だ。ちゃんと地図も持った。『青色の世界』に着くまでの食料や水は持ったよ」
今回壁の向こうへと行くメンバーは、背中に食料と水が入っているナップザックを背負っている。ツインフローズンアイスが使う楽器はリングで召喚できる手で持ち運ぶ必要はないらしい。
「しっかり頼むわよ広太くん。わたしたちを迷子にさせないでよね」
「お、おう……任せとけ氷道」
氷道に声をかけられて硬直する今回の遠征のリーダー。
前回のダンジョン攻略でしっかりリーダーとして任務をこなしたし、他にリーダーたる人物が今の夢猫にいないから広太がまたリーダーとなった。
「ねぇ、早く行こうよ。僕はもう準備万端だよ」
一際大きいナップザックを背負った空がうずうずした様子で言う。そのナップザックには大量のお菓子が入っているのだろう。
敦也と凜はこの出発までの三日間トレーニングルームに通い、少しでも強くなろうとした全力で特訓した。
凜は月影や祐希から剣の扱い方や技をある程度レクチャーされていて、それを極める特訓をすればいいのだ。しかし、敦也には師匠のような人物はいないので、何をするべきか浮かばず柔軟や受け身の練習ばかりをしていた。
だから敦也はこの三日間で自分が強くなったとは感じられなかった。今から壁の向こうのモンスター達がいる世界、ブラックゾーンに行って無事に帰ってこられるかどうか不安だったのだ。
敦也が巨大な木製の壁を眺めていると、柔かな感触に右手が包まれた。
「先輩大丈夫ですよ。わたしもブラックゾーンに行くのは怖いです。だけどみんなとだから行けるんです。行きましょ一緒に仲間たちと」
右手を包んでいた柔らかな感触は凜の手だった。彼女は、無意識に暗い表情になっていた敦也の右腕に寄り添って手を握り元気づけようとしたのだ。
敦也の顔を見上げる凜は明るく笑っていた。彼女は前回のダンジョン攻略でボスモンスターとの戦闘のとき、ボスモンスターに捕まったのだ。それはかなり怖かったはずだ。痛かったはずだ。辛かったはずなのだ。
それなのに、敦也たちが力を合わせて凜を助けると、彼女は敦也とともにボスモンスターに立ち向かったのだ。
また捕まってしまうかもしれない、今度は死んでしまうかもしれないという恐怖を押しのけて、逃げ出したいという気持ちを必至に隠してボスモンスターを倒しにいったのだ。
敦也はそのときは気づかなかったが、そのあと凜は強い女の子だと思ったのだ。
今は神の副産物によって凜は自分の未練が間違いであることを知り、本当の未練を叶えるために【鍵の在処】を目指している。神の副産物が彼女に見せた映像が、彼女の心を思いを変えたのだ。今の凜に迷いはなく、早く強くなって生き返るというしっかりとした意思があるのだ。
敦也だってもちろん早く強くなって生き返りたいと思っている。それでも、現実は彼が思うようにはならないのだ。
彼は自分の能力を魔力をまだ使いこなして巧みにモンスターとは戦えない。一戦一戦に本気で集中していかなければいけないのだ。そして彼に技を教える師が現れない。それが敦也の進歩を遅らしているのだろう。
もとから天才肌ではない敦也は、戦うための武闘も素人なのだ。生前喧嘩したことのない彼には誰かを何かを力一杯殴るという行為になれていないのだ。独学で武闘を必至に練習してもそれはただのお遊び。モンスターに完全に通用するにはまだ程遠い構えなのだ。彼に技を教える師が現れれば、彼は自分が目指す道を知り、それを磨き始めるだろう。
「もう大丈夫だよ凜。俺にはお前たちがいるからな。安心してモンスターと戦えるよ」
敦也が落ちついて、凜に笑顔を見せる。それは精一杯の笑顔で押し寄せてくる恐怖を払い除けようとしたのだ。
「そうよ、敦也くんにはわたしたちがいるのよ。頼りなさい、あなたはまだまだ未熟なのだから……もし失敗しても責任はすべて広太がとるから安心して」
氷道が凜と反対側の腕に肩を優しくぶつけて敦也を見上げた。彼女の表情は至って冷静で落ちついた様子だった。理由は知らないが、寄り添っている凜が表情をむっとさせた。
「怖くないのか氷道は……?」
「……怖いわよ。でも、あなた達がわたしを守ってくれるのでしょ。信じてるわ敦也くん、凜ちゃん、空くん」
氷道は敦也と凜と空を見て、優しく呟いた。
「……俺もいるんだけどな!?」
広太が頑張って氷道に叫んだ。
「そうだったわね、広太にも少しだけ期待しているわよ」
氷道の言葉に場にいたみんな一様に笑って、咲夜の合図で遠征組は門を抜け出発した。
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