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死後の世界と真紅のドラゴン

軽音祐希の過去

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そのあと敦也は誠心誠意を込めて夜鶴さんに謝罪し、ぶっ飛ばされた広太の二の舞になることは避けることができた。
「わたしは空くんと阿呆一人を部屋まで運んでおこう」
いま思うと、少年二人を担ぐ女性はそうはいないだろう。
「マスターはそろそろ部屋に帰ったほうがいいんじゃないか」
夜鶴の提案に咲夜は思い出したように言った。
「そう言えば、そろそろ京子姉から連絡が来てもいいはずなのに」
「さっきたくさん潰されたからふて腐れたんじゃないのか?」
敦也が笑いを含んだ声で言うと、
「いや、あれはいつものことだからふて腐れてはないはず」
咲夜から予想外の答えが返ってきたので笑えなかった。
普段からあんなことされて平気でいる京子さんの精神恐るべしである。
「寝てるんじゃないですか。マスターのベットでよだれ垂らしながら……それは嫌ですけど」
凜が言うことはたしかにあり得そうだがあり得て欲しくはない。
「凜ちゃん付いてきてよ、京子姉が変なことしてるかもしれないから」
一人では心細いのか、凜の手を掴み一緒行こうと誘う。
実際京子さんが変なことをしていても、凜が出る前に咲夜自身の力で京子さんを追い出しそうだ。
「わかりました……また明日迎えに行きますね」
「おう、じゃーな」
凜は敦也と明日のギルド案内の約束を再確認してから、凜は咲夜の手を引きながら塔へ歩いていった。
「わたしはここで失礼するよ」
背中の二人を担ぎ直してから、夜鶴は空と広太の部屋部屋に向かおうとすると思い出したように振り返った。
「あ、そうだ」
「どうしたんですか?」
敦也が何かと尋ねると、夜鶴は微笑みながら言った。
「あまり遅くまで遊ぶなよ少年少女。ほどほどにするんだぞ」
「なに考えてるんですか!」
敦也の反論に耳をかさず、空と広太を担いだ夜鶴は歩いていった。
「わたしは少し散歩でもしようかな。敦也くんもどう?」
祐希は頭をくるりと斜めに倒しながら敦也をじーっと見る。
敦也は祐希とはゆっくり話したいことがあったので、散歩の誘いを断わる理由は無かった。
「おう、一緒に行くわ」
「よし、出発だ!」
歩きながら祐希の銭湯での話を敦也は聞かされていた。
「でね、マスターが凜ちゃんの胸にゴワーって突っ込んだんだよ。こうゴワーって。あのマスターの泣きそうな顔と、凜ちゃんの面白い顔は笑えたよ」
その光景を見てはいないが、音声は大音量で聞いていたので、敦也はその音声を思いだし顔が赤くなった。
「敦也くんとまたゲームしたいけど、いまは眠いからな」
祐希は「ふわぁ~」と可愛いあくびをした。ゲームで使う木刀については、リングで召還できるから問題はないらしい。
「いつでも俺は相手になるさ」
「勝つのは絶体ぼくだけどね」
自信満々に勝利宣言されても、今の敦也では言い返すことは出来なかった。
「いつか強くなるさ」
「うん、ぼくは期待してるからね」
笑って祐希は敦也に振り向いた。そんなに期待されると、強くならないわけにはいかないな。
「敦也くんここに座ってよ」
仄かに輝いている丸石を指して、敦也の手を祐希が引っ張る。
ここは林の中なのに、その丸石の周りだけは樹が生えていなかった。
まるで、その丸石は神秘的な力を持っているのではないかと、疑わされるほどの存在感を放っていた。
「よっと」
敦也は祐希に言われた通り丸石に座った。
「ここは今ぼくのお気に入りの場所なんだよ。と言っても『攻略組』で忙しいから、あまり来れないんだけどね……よっこらせ」
「うわっ!」
背中にぶつかった柔らかい小さな衝撃に、敦也は驚いて振り向いた。
そこには頭一つ低いところに、月と星の輝きに照らされた祐希の顔があって、敦也と背中合わせに丸石に座っているのが見えた。
「いきなりどうしたんだよ祐希!?」
「この丸石はぼくの特等席なんだよ、半分座らしてあげてるだけ喜ぶべきだよ。まったくぼくの優しさが無ければ、アツヤは立ってぼくの話を聞くところなんだからね」
祐希の方はさすがは自由人なのか落ち着いたもので、接する背中越しに静かに語りかけてきた。
「敦也くんはぼくに訊きたいことがあるんでしょ。条件付きならば教えてあげるよ。ぼくの顔を見ないこと、こうすればその条件をクリアしてるから話してあげるよ……アツヤが訊きたいことにね」
「すべてお見通しなのかよ……」
敦也は深くため息をついた。それから、何から訊こうかを考えた。
「すべてお見通しなわけないじゃないか、ぼくはしょせんただの人間だよ、神なんかじゃない。ぼくが見えているのは、ぼくの眼で見える目の前の景色だけだよ。今のはただの直感だよ。偶然さ」
背中越しで祐希の小さな笑い声が聞こえた。
「じゃあ、訊いてもいいか?」
「言ったでしょ、ぼくの顔を見ないんだったら何でも話すよ。ぼくのスリーサイズでもなんでもね」
最後のはジョークだろうと受けて苦笑いしてから、敦也は祐希に真剣な声で訊ねる。
「祐希の未練はなんなんだ?」
「言っとくけど凄い普通だよ、普通すぎて普通すぎて笑わないでよね。話すのは三人目なんだから、今まで話した二人は笑うんだもん」
「笑わないよ絶体」
敦也は静かに祐希の断りを了承した。
「ぼくの未練は生きることなんだ」
「え?」
あまりに一瞬で過ぎていった祐希の言葉に敦也、首を傾げることしかできなかった。
「生きることって、祐希は生きてなかったのか?」
自分で言っててもわけが解らない。
「敦也くん、話しは最後まで聞くもんだよ、まだ一言しか言ってないじゃないか。せっかちだなー。敦也くんはカップラーメンお湯入れて二分とかで食べちゃう人でしょ」
残念俺は三分計って食べる人だ。やはり、俺の心意を当てた祐希は直感だったらしい。
祐希は「絶体にこっち向かないでね」と言ってから続きを語り始めた。
「ぼくは生まれた時から身体が弱かったんだよ。日の光を浴びすぎても、身体が壊れちゃうらしくてずっと部屋の影でお父さんの話を聞いていることしか出来なかった。でも、お父さんの話しはいつもとても面白くて退屈しなかった、家の外の話。スポーツ、仕事、料理、神話やグリムの作り話。でも、学校の話がぼくは一番好きだった」
「祐希学校に行ってないのか!?」
「うん、そうだよ。ほんとうだったら高校二年生かな」
「え、俺より年上だったのか!」
今まで祐希を年下だと思っていた自分が恥ずかしくなって唖然としていると、深くため息をついた。
「でも、父さんの話を毎日聞いているとぼくの心にある思いが生まれてきたんだ。外の世界を自分の眼で視てみたい。窓の無い部屋で、人工の光の下毎日お父さんの話と絵本や小説でぼくの外の世界に対するワクワクがいっぱいになっていたんだ」
祐希の言葉がたまに効果音だけになるのは、ちゃんとした勉強をしていないから、お父さんの話や絵本や小説で得た知識しか持っていないからだ。
「……どうしたんだ」
敦也には想像はついていた。でも、その答えだと祐希は自分から。
「敦也くんならもう解ってると思うけど、ぼくはお父さんのいない隙に外の世界に出てしまった。お父さんから何回も注意されていた、『お前はこの世界(部屋)から出たら行けない、外の世界は恐いものでいっぱいなんだ。お前なんてすぐに死んでしまう』ってね。ぼくはお父さんのその言葉を素直に受けていた、だから外の世界は恐いと思っていた。でも、その思いを壊すように外の世界を視てみたいという好奇心がぼくの中で暴れまわった」
敦也の背に伝わってくる祐希の呼吸が少しずつ早くなっていく。
「ぼくは一気にたくさんの日の光を浴びて、皮膚が焼け始めたけどおぼつかない足で街を歩いた。青い空、でかい建物、たくさんの人、空を飛ぶ機械、、街を高速で移動する機械、街の広さどれもぼくにとっては初めての景色だった。ぼくは何も知らなかったんだ、赤い光のときは歩いちゃ行けないなんて……」
祐希はその続きを喋ろうとはしなかった代わりに、大きな声が背中越しから飛んできた。
「ドーン!!!……ぼくは眼を覚ますと、たくさんの機械に囲まれた場所で横になっていた。身体中が痛くて、包帯って言うのでぐるぐるになって動けなかった。違うや、痛かったから動けなかったんだ」
やっぱり祐希は赤信号のとき歩いてしまい車に轢かれてたのだ。
「お父さんと何かにドーンとされてから会ってないんだ」
「ドーンとされたときに会ったのか?」
「うん、ぼくにドーンってしたのはお父さんだったんだよ。お父さんはぼくにドーンってしたとき凄い顔してたよ」
祐希のお父さんが祐希を轢いたのか。それは祐希のお父さんにはとても辛かっただろう。ずっと家にいるはずの娘が、運転している車の前に歩いてきて轢いてしまったら、それはどれだけ自分の心を抉るだろうか。
もう生きる力を失ってしまうくらい、絶望でいっぱいになってしまったかもしれない。
「ぼくはその機械だらけの部屋が嫌だった。機械は喋ってくれないからね。誰もぼくと話してくれない、ぼくはこの部屋から出られない。ぼくはそれが嫌だった」
多分、いや確実にその機械は祐希の延命のための機械だったのだろう。何も知らない祐希は機械を自分を閉じ込める何かと勘違いをしていたのかもしれない。祐希は寝言で言っていた。『ん…………おとうさん。ぼく……生きてる……ちゃんと生きてる?……一人は寂しいよ』。この寝言は生前の寝言だったのかもしれない。だとしたら、祐希の言ったみんでとは誰なのだろうか。お父さんだけをみんでとはいはないはずである。
「そして、ぼくはそのまま機械だらけの部屋で死んでいったと言うわけさ。だから、ぼくはもっと生きたいんだ、もっと青い空を視ていたい。ぼくが生きた証を残したいんだ。ぼくという人間が生きていたっていう」
祐希の未練の話しはどうやらそれで終わりらしかった。
敦也は背中越しでも、十分解った。祐希がなぜぼくの顔を見ないことなどと言ったのか。
いま祐希は敦也の後ろで静かに泣いているんだ。自分の辛い苦しい過去の記憶を口にして泣いているんだ。その顔を見られたくないから、見ないことなどと言ったのだ。
「泣きたいときは泣けばいいと思うよ、今の祐希は一人じゃないから……俺達がいるからさ」
少しでも祐希の心が安らぐように敦也が思い付いた言葉を言ったが、その効果は絶大だった。
「わーーーーー!アツヤのバカ!ぼくを慰めようなんて百億光年早いんだよ!うわーーーーー!バカバカバカッ!ぼくは泣いてなんかないんだから……ぼくは……」
祐希は敦也の背中に頭を擦りつけ、ぽかぽか叩きながらたくさん泣いた。祐希の拳には全く力は込められてなく、ただぽかぽか音を鳴らしていた。
「祐希は自由人だろ、いつでも好きなようにすればいいさ。だから」
「敦也くんが偉そうにするな!解ってるよそんなこと、うっ……でもぼくはたくさんの人を殺したんだ!お父さんが死んだのもぼくのせいなんだ。ぼくだけこんな笑って楽しく生きてていいはず」
「あるさ!」
敦也は祐希との約束を破り、振り返り祐希の肩を掴んだ。
「祐希がこの世界に来て何をしたのかは今はまだ話さなくていい。でも、この世界いや、地球でも楽しく笑って生きてはいけない人間なんていないよ。みんな楽しく生きたい、幸せに生きたい。そう思ってるはずだ。だから、祐希だけ笑って楽しく生きいけないなんてないよ!」
たくさん人を殺したんだと言う祐希の言葉には驚いたけど、今は祐希が元気になるのが先決だった。
「……敦也くん……」
「ん、どうした?」
祐希が大分泣き止んで落ちついてきたので敦也は安心してきていた。
「離して」
「うわ、すまん祐希……つい」
敦也は祐希に言われ、祐希の肩を掴んでいる手を離す。
肩を掴んだくらいじゃ、あまり嫌がらないと思ったがやっぱり祐希は自由人である前に女の子だった。
「ありがと敦也くん。大丈夫だよ、くはいつも元気さ」
「祐希…………」
敦也はただ目の前で、泣き続けた少女の名前を呟くことしかもうできなかった。
「それより敦也くん。いきなり女の子の肩を掴むとは大胆だね。これは夜鶴に言ってちょっとした指導を敦也くんにして貰おうかなー」
「すいませんでした。もう絶対にしません」
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