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あやかしと神様の黄泉がえり

20☆八尾比丘尼の血

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「東さまぁぁ!」
 春子女王は青ざめ泣き叫びながら息絶えた東のもとに駆け寄り抱き上げる。
 春子の服も血に染まることも構わない。

「死んではなりません!東様っ!東様っ!」
「東殿下はもう……」
 陰陽寮長は青ざめ無念を顔に出す。
 瑠香もいたたまれない…
 自らの不祥事で尊い方を死なせてしまったなんて……!
 悲しみと罪悪感が胸を占める。

「起きないと!目覚めの一発くらわせますわよ!」
 春子は涙を流しながら明るい声で、死んだことを信じようとはしてない。
 それが痛々しくもあったが、

「それはいやだなぁ」

 東親王は春子の頬を濡らす涙を優しく拭いて苦笑して言った。

「東殿下!?ご無事なのですか!?」
「なんで?生きていらっしゃるの?」
 心臓あたりから大量の血を流して即死のようだったのに…

 春子は恐れもなく確かめるように自分のスカートの布を血を吹き出していた所を拭くと綺麗に塞がって何も無い。

「どんな、手品をなさっていらっしゃるの?」
 あまりのことにきょとんとする。
「うーん…僕も死んだと思ったんだけどね」
 東も不思議に思う。
 一瞬眠りに落ちた感覚しかない。

「私の血を飲みましたでしょ…?」

 すくっと、いつの間にか八尾比丘尼が春子の隣に立って見下ろしていた。
「そうだね。
 君に肉を押し付けられた時、血を少し舐めちゃった程度なんだけど…」
「それで甦ったのですわ。」
 口元に袖を当てて微笑む。
 その仕草は品があった。
 東も微笑んで、

「偶然な事だけど、ありがとう助かったよ。」
 ふふっと二人微笑み合う。
 それは前世の記憶でもよくあった事だと思った。
 春子はなんだか親しげに微笑み合う、二人にムカムカする。
 心に黒い感情的を初めて抱く。
 
「わ、私の婚約者ですのよ!
 親しくなさらないで!」
 春子の感情はヤキモチというものだった。
 敵意むき出しの春子に余裕に微笑み、

「お初目にかかりますわ。
 祈り姫宮春子女王殿下……」
 優雅に丁寧にお辞儀された。

 八尾比丘尼の尼装束に美しい容姿に、優雅で気品のある振る舞いに怒りが消える。
 春子はぽーっと、見とれてしまった。
 自分には持ってない気品。
 正直憧れるが、八尾比丘尼に、人差し指を向けて宣言する。

「前世の恋人かもしれませんが!今世は私の、フィアンセですのよ!」
 東から八尾比丘尼が前世の恋人だと聞いていたので警戒する。
 こんな素敵な女性は東の好みだと直感が働く。

「存じております。春子女王殿下のような素晴らしく可愛いお方が妃になりましたら、東さまの前世からの浮気症を克服させることができますでしょうね。」
 世辞混じりで前世からの悪癖をバラす。

「前世から浮気症でしたのね!」
「今もだけどね。女の子たちはみんな好きだよ」
 東は悪びれもせずに事も無げに微笑み言う。
 だから、余裕で九尾の狐の葛葉子に近づき首筋にまでキスもしてしまう。
 それは封印のためと瑠香の反応を見たかったのもあるが……それで、心臓を貫かれた。
 自業自得とはこの事だなと思った。
 春子はジトッと東を睨み、
「東様…私がきちっと指導申し上げますから覚悟なさいませ…」
 東は苦笑した。

「それにしても、どこか私達似てますわね?」
「そうですね。」
 言葉遣いなのではと思うが、
「私、尊敬申し上げている親しい方には『お姉さま』と申し上げておりますの。
 八尾お姉さまと呼んでよろしいですか?」
「よろしくてよ、春子さま」
 姉ならば畏まった言い方をしない八尾比丘尼だった。
 二人は同時に微笑み合った。
 何故か二人は惹かれるものがありすんなり仲良くなってしまったらしい… 
「それにしても、どうして宮中に入ってこれたの?あやかしは入れない結界貼ってあったはず…」
「内側からなら入れましてよ。陰陽寮に葛葉子たちをお送りしました時に襖に私の異界と繋げてありましたので……」
 なるほどと納得がいった。
「あなた達の熱い人生を見届ける義務がありますしね…」
 八尾比丘尼は瑠香を見つめて微笑んだ。


びーびーっ

 と、無線の振動がしてズボンのポケットにいれていた小型の無線機をとる。

「東!聞こえるか!宮中にあやかしの天守閣ができあがってしまったぞ!」
 兄の景皇太子が焦り怒鳴るように言った。

「えっ!?」
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