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あやかしと神様のドキドキ同居

2☆房菊の思い

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 それは、葛葉子に似ているが品がある。
 葛葉子には悪いが本当の巫女のような気品を感じる。

 葛葉子の体からゆらりと揺らめいて離れ正座をする。
 眠っている晴房の頭を撫でて、瑠香に深々と手をついて礼をする。

「晴房の面倒をみてくれてありがとう……」

 瑠香も礼儀として正座し礼をする。

「いえ、義務でもあるし、オレの対の神でもあるので礼を言われるものではないです」

 それにしても何故今更、晴房の母親で葛葉子の姉の房菊が現れたのか不思議だ。

 神の化身である瑠香の瞳でも消えない。
 幽霊ではないのか?

「漂う思いよ。魂ではなく思念……だった…」
「だった?」
 瑠香は意味がわからず首を傾げる。

「葛葉子が晴房を愛おしいと思う心がリンクして、白狐の妖力で一時の魂を得たの。
 私も神憑きの一族だから…」

 ただの神狐ではないと思ったが、親族というだけでこんなことまで出来るとは……
 いや、晴房も関係なくなったとは言え肉体は阿倍野の家の者。

 阿倍野家は、ほんとに力のある家系だと思った。

「更に、あなたが審神者のあなただから、私を見えるのよ。」

《お前に伝えたいことがあるらしいので、一時的に私も手を貸している。一応妻でもあるからな》

 ハルの神の声が聞こえた。
 キラキラと輝くハルの神が房菊の隣に座る。
 房菊はハルの神に、気づき頬を染める。
 瑠香は審神者。
 神を審査する者だから神を見、言葉を聞くことができる。

「私は神様に恋をしていたの。
 神隠しでハルの神に出会ったの。
 そして『われの子を生む』と神託を受けた。

 ハルの神の化身を生む定めを神自ら定められたのに。

 神かくし直前に男たちに襲われて晴房を産んだ。
 ハルの神は助けてくれなかった
……!
しかも、『それが宿命だ』と言われた!」
 房菊は、その時のことを思い出し両手で顔を覆う。
 ハルの神はすまなそうに房菊の肩を抱く。

 確かに、神の子といっても、肉体がなければ神の子に定められない。
 瑠香のように任命、依代として選ばれるのが常だ。
 生まれた晴房は特殊だ。
 葛葉子の様に獣神と魂が結びついてた存在で『あやかし』であり神になるか、
 生まれたばかりの新たな真白な赤子に化身として定め力を与え人神になる。
 それが神が現し世に人の肉体を得て生まれる方法だ。
 神憑きの家系である阿倍野だから出来る事だった。

 神は常に宿命を運命を定め見守ることしかできないのだから……
※だだし霊的現象は力を貸してくれる。
 
「わたしは、とても悲しくて恨んだ。
 神との繋がりの為の依代は必要だったのは確かだけれど、あんな酷い事が宿命と言われたことが許せなかった…
 誰にも相談できない言えない……
 ならば、神を穢してやろうと思ったの……だから、神殿で産み。神に召された…」
 房菊はハルの神を見つめる。

「そこで、再び愛しい神に会えた。本当は、神、自ら死を与えてもらうために、会うために敢えて罪を犯した……
……そのくらい、ハルの神を愛していたの。」
 その思いを受け止める様に更にハルの神は房菊を抱きしめる。
 ハルの神は容赦無い強い神だがその分情の深い神なのだなと瑠香は思う。

「怨むほど愛してた。
愛さなければ怨まなかった……
憎しみは愛の裏返しなのだから……」

そして、ここからが話し本題だというようにずいっと前に出て、

「父様もそうなの…
皇室を愛してるから憎んでいるの……
 全ては私のせいでもあるけれど……
 どうか、父を救って…
 愛する皇室を穢さぬように
 あなたはその宿命を背負ってる……」
「はぁ!?なんでオレが?」
 突然の申し出に驚くし宿命とまで言われた。

《ホントは告げてはいけぬのだが、妻がどうしてもというのだ。
 このことは他言してはならん。
 審神者…私の対の神だから教えるのだよ》
 と言いながらハルの神は悪気がない。
 瑠香は眉間にシワを寄せて、複雑な心境だ。
 はっきり言って迷惑だ。
 人生は先が見えないから面白くもあるのに。
 宿命なんて…知りたくなかった。
 ふわりと、瑠香の背後から瑠香に、よく似た、ルカの神が現れ

《ハルの神よ。我が依代に負担をかけるな。未来を見せるな……》

 神は依代を愛しく思っているので庇う。

《ルカの神も、わざとその娘との幸せの未来を見せたくせに……》

 葛葉子と初めて出会ったあの時に、一瞬、幸せで愛おしい映像を見せられた。
 それはルカの神の仕業だとは分かっていたが…

「では。あの夢は本当になる事なのか?」
《努力をすればな…努力せねばあの夢は儚い》
「努力しよう!」
 瑠香は瞳を輝かせた。
 その様子に神は苦笑する。
 そういうことなら、迷わない。
 夢が夢ではなくなる、現実になるのならば瑠香は頑張ろうと思う。
 神に命じられたから葛葉子を好きなのではなく自身の心で葛葉子を可愛いと思っているのだから。

《なら宿命も受け入れるという事だな》
《これは皇室に関わる事。皇室の清庭、さにわ、として務めるのだよ》
 所詮神の命令は絶対だ。
 それに二柱は絶対的に皇を守る神。
 何か先の未来に皇室に関わる危機が訪れるという事か。
 しかも、阿倍野家関係で…

 現世の犯罪の証拠もないのに捕まえることができない霊的現象は犯罪にもならない。
 だか、『救う』とはどうしたら良いものか……
 事前に防ぐか、時が来た時戦うしか道はない。
 瑠香はどうするか悩む。
 そんな真面目な瑠香に、房菊は、ふふっと笑い。

「葛葉子は、素敵な男の子に惚れられて幸せね。」

 もう一度、晴房を愛おしくなでて、煙のように揺らめく。

「もう、私は消えるわ…思いは消える…何も感じなければ何も思うこともない…残るものもない…」

 幸せな笑みをして。

「あなたたちは幸せになってね…晴房も…幸せを祈ってる…」

《祈り姫の祈りと共に世を巡るがいい、サヨナラだ我、妻》
「ありがとう…ハルの神……愛してた…さようなら…」
 名残惜しそうに消えていく思念の房菊の最後に残ったゆび先まで触れて消えた。
 煙のように、いや、清々しいお香煙のように香りを遺しこの世に溶けていった。



「そうか、姉さまは幸せだったんだ…。」

『ハルの神に愛されて逝った』くらいは告げてもバチは当たらないだろう。
 葛葉子も己の父の事を知っているのだから。
 
「オレたちも幸せになろうな」
 瑠香の瞳が普段より輝いている。
 神からも頑張れば望みも叶うとお墨付きも貰った。

「は?私が幸せになるのは陛下のおそば近くにいる事だぞ?」

 葛葉子は怪訝な顔をする。
 未だに恋は一方通行。
 葛葉子は瑠香が恋をしているほど、瑠香に恋をしていない。
 それは感じていた……
 キスは人間になるための手段だ。
 恥ずかしがるが意識してない。
 自分が思うほど思ってくれないとなんだが腹が立つ。

「狐より犬に憑かれば良かったのにな。そうしたらペットとして可愛がられたのに……残念だったな女狐」
 瑠香はわざと意地悪を言う。

「むっ!今に見てろ!側室になってお前を首にしてやる!」

 側室って……更に願望がエスカレートしてる。

「…寿ぎもらうだけじゃなかったのか?
 側室制度廃止されてるし、お前がもし愛人になった時点で皇室の恥だ。身分をわきまえろ」
「何だとっ!?」
 昂奮して狐の耳になる。
 瑠香は待ってましたとばかり、
「んッ……」
 キスをする。
 柔らかい愛しい唇を重ねれば頬を染める癖に…

(瑠香を好きなのか、わからない……でも…嫌いじゃない……)

 考えている事を覗くとそう戸惑いを感じる。
(好きになってくれ…オレがお前を思っているくらいは……)

 切なく
 葛葉子を
 もう一度、キスをする。
 唇を重ねる

 あまりにも長いので、両手をバタバタ上下に振り瑠香の頭を殴り、唇をやっと離した。

「もうっ!苦しい!」
「練習するか?何度でも付き合うぞ」
「……意味あるのか?」

 やっぱり。作業的なキスにしか思ってない。

 オレを好きになってほしい無理やり従わせてでも、嫌われてでも、自分を思って欲しい…
それは、まるで
 房菊の思いが分る気がした……

 憎しみは愛の裏返しなのだから……

 優しく言い換えれば

 意地悪するのは好きになってほしい裏返し。

 いつか、この思いもすべて愛しく思うように祈りながら…

 瑠香は葛葉子に独りよがりの恋をするのだった。
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