あやかしと神様の昔語り

花咲蝶ちょ

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橘と威津那の巡り合いと探り合い

3☆恋の念

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 二十歳になる橘は恋人を作らなかった。
 特殊な体質……びっくりしたり興奮したり、夜になると狐のあやかし姿になってしまうのだ。

 阿倍野家は、大抵は普通の少し霊感の強い人間のままで一生を終えてしまうが、生まれながら先天的にあやかしとして生まれる時もある。
 千年も前のご先祖が狐の神と人との間に生まれた大陰陽師阿倍野晴明だった。
 その影響なのか、伝説には命の危険があるときは祖である白狐か『命を繫げてくれる』という伝説がある。
 しかしそれは穢れない乙女で巫女をやっていたという条件付きだった。
 橘は幼い頃、空襲で命の危険はあったが、赤い瞳の軍人さんに助けられた。
 宮中に使える巫女になる予定だったが、生まれつき特殊なあやかしの血が姿に現れてしまっていたため、巫女になれず、今は女陰陽師とし宮中に仕えていた。
 平時は宮中に務める者達に、運気の低下や陛下に及ぼす運気の者達に宮中を休むように伝えたり、どうしてもという時は呪術を施して陛下に及ぼす負の気を遠ざけることをしている。
 宮中職員の情報を集め怪しい者がいないかも管理する。
 更に、夜は戦前に亡くなった悲しき魂を成仏させるために闇退治まで請け負っていた。
 毎日多忙すぎる陰陽寮職員に恋をする暇もないし、出会いもなかった。
(まぁ、いい人が現れてくれたらいいんだけど…どうしても…あの、目の赤い軍人さんじゃなきゃ、やなの……)
 もう十年も立つのにあの人の優しいぬくもりとは逆の恐ろしいほどの殺気に満ちたオーラによく合う赤い瞳が忘れられない……
(思い出すだけでドキドキしちゃう)
 年頃なのか思い出すだけでも、理想が具現化しそうなほど、まぶたに浮かぶ。
「それか…父よりも強い男じゃないと結婚はできないのよね……」
 と言ってため息を吐いた。
 その場合は好きじゃない相手と結婚することになってしまう。
 それも嫌なので父に『最強陰陽師』を維持してもらいたいと切実に思う。

 父の晴綛はるかぜは、とても美男子だ。
 五十を過ぎているとは思えないほど若々しく背が高く女性の宮中職員に本気で告白されるほどだ。
 一つ残念なのは橘と同じで狐の耳と尻尾がある半妖ということだ。
 父は陛下の前以外、あやかしの姿を隠そうともしない。
 半妖として宮中でも堂々としていた。
 時たま、半妖である父を退治しようとしたり、とらえて式神にしてやろうとする外法陰陽師げほうおんみょうじたちに襲われるが父に敵うものは現れない。
 筋が良いものは中務卿に頼んで陰陽寮職員として採用して、こき使う。
 今も使わされて、闇に勝てばいいけれどのまれてこの世にいなくなってしまった職員がたくさんいる……
 父はまた『阿倍野殿あべのどの』という代々阿倍野家が管理する『あやかしの管理』もしていて、さらに、悪さをするあやかし者が宮中に入り込まないように管理をする『審神者さにわ』をしている。
 『阿倍野殿』も『審神者』も陛下をお守りするには相性の良い役職だと言っていた。
 更に妻である、流花るかはあやかしに容赦ない『ルカの神の化身』だ。
 今は体調が優れないため自宅療養中だ。毎月髪で式神を作り宮中の守りにしている。
 橘は今何も不自由な事もなく陛下の治める日和国で平和に幸せに暮らせていることを感謝している。
 他国はまだレッドスパイの国と国との戦いの気配はあるけれど、いまのところ日和国は大きな戦争はないが、政治や闇の世界に密かに入り込まれていることに不気味さを感じていた。
 その不気味さはいずれ皇室を、日和を脅かす、いや、滅ぼすきっかけとなることを橘は恐怖し、日々戦っているのだ。
(だけど、ちょっと、恋をしたい…)
 同い年の子は結婚したり恋愛をしたり楽しんでいる。
 桜庭咲羅子は戦争に行ったっきり帰ってこない許嫁の帰りを待っているのだ。
 そして、橘の二人の姉もそうなのだ。
 恋しい気持ちも念になる…希望の念や祈りならいいけれど、
 絶望や悲しみの念は闇を呼ぶ……
(私が思う恋心はどうなのだろうか?希望の念なのか…はたまた、妄想の念なのだろうか?)
 若くても軍人さんだからもう、この世にいないかもしれない……
 ただただ、そう思うと悲しくもあったが……

「橘、今日はいい男を連れてきたぞ」
 陰陽寮長の阿倍野晴綛あべのはるかぜは娘の橘の肩をポンポンと叩いて注目を寄せる。
 橘は突然現実に戻された感じでビクリと肩を震わす。
 突然過ぎた為に狐耳と尻尾が出てしまった。
「なぁに?父様?またお見合い話?」
 橘は、じとっと睨み父の方を振り向く。
「残念だが、まだ、陰陽師候補生かな?」
 また父に勝負を挑んだ愚か者がいたのかとため息が出るが、不思議な能力を持った若者か、おじさんに違いないのできちんと挨拶をしようと父の後ろにいる男の人の顔を見ると、心臓が飛び跳ねた。
「ま、ま、まさか…あなたは……」
 父の後ろから、父と同じ長身で漆黒の髪に、赤い瞳の男の人がいた。
 それは間違いなく恋い焦がれていた軍人のお兄さんだった。
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