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第八章 悪役坊ちゃん傷心中
第11話 〈異邦の迷い子〉
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「兄上にルウか……」
想定の範囲内だ。あの存在の派手さは登場人物級。二人とも、魔導騎士団か何かに入団して魔王軍と戦うことになるのだろう。
「そしてギルバート・ロウがきみに石化魔法をかける」
あいつの話と全く同じだ。
ニコラに石化魔法をかけたギルバート。『ニコにとっての安息はエウフェーミアの隣だけだったんだ』という台詞。
「……兄上は何か言っていたか?」
「よく意味がわからなかったけど、きみと対峙した際に一言、『目的は果たしたようだね』と。ニコラは何も言わずにほほ笑んだだけだったよ」
そうか、ニコラ・ロウ。
おまえはエウフェーミアの仇をとったんだな。
きっとギルバートはそれを理解していた。そのうえで、自らの手で弟を解放してくれたんだ。
なぜだろう、今まで全然理解できなかった『悪役坊ちゃんニコラ・ロウ』が突然とても愛しいものに思えてきて、俺は泣きたい気持ちになっていた。
リディアに対してすこぶる態度の悪い、読者からヘイトを集めていた悪役。それでもエウのことを多少は大事に思っていて、エウのために単身魔王軍に乗り込んで、しかも本懐を果たして逝った。きっとその最期はニコラにとって満足いくものだっただろう。
「でも、俺はそんな最期認めないよ。ニコラ」
「……そりゃ、どーも」
トラクの気遣いは有難いが、それはそれでアリだ、とちょっと思っていた。
とはいえ石化エンドを迎えるとなるとエウが死んでいるのだから、その点は死ぬ気で回避せねばならんが。
「それで、話は元に戻るんだよ。まず現時点でできる最善は魔王を復活させないことだ。これだけ活発に残党が動いているということは、恐らく今度の星降祭の夜にまた仕掛けてくるだろう……封印されて二十年の節目だ、復活するにこれほど適した夜もないからね。さて、きみの信用を得るに足る情報だったかな?」
トラクの差し出した白い手を、俺は迷いなく握った。
図らずも「ルームメイトくらいは味方につけておけよ」というルウの助言に、これ以上なく従ったことになる。
「信じよう。──少なくとも俺たちは共通の目的を持っている」
トラクが不敵に口角を上げる。
今まで見てきたどの表情よりも本物のトラクに近いと、なんとなく感じた。
「星降祭の夜に魔王復活の儀式を仕掛けてくるとして、俺はほとんど確実にエウフェーミアが狙われると踏んでいる。どう思う?」
「エウフェーミア・ベックマン嬢。魔力異常の体質で二度、襲撃を受けているね。一度目は魔王復活を目論む配下によるエルトン家襲撃、二度目は叔父夫婦に引き取られる際の馬車の中。十中八九魔王軍の手の者による襲撃だよ。ほぼ間違いなく彼女が生贄にされるだろうね」
エウの魔力のことは、魔法教会やバルバディアの限られた上層部には周知されていることだ。
逆に言うとトラクの正体は少なくともそのレベルということになる。教会幹部か騎士団長あたりの子どもだろうか。
「先日の薬草学の襲撃。生徒側には一応、森の奥から迷い込んだ魔物が腹を空かせて襲い掛かってきた、という公式発表になっているのはニコラも知ってるね?」
「まあ一般学生の手前そう説明するしかないだろうな」
「エウフェーミアさんは自分が狙われたと考えているみたいだけど、ゴラーナ大賢者の見解は別だ。狙われたのはリディアとアデルだと考えている」
俺は思いっきり眉間に皺を刻んだ。「あの二人?」と、いかにも何も知らないふうを装うのに骨が折れた。
だが実際、俺が知っているのはあの二人が『主人公』であるということだけだ。
なぜ彼女らが魔王軍と対立する羽目になるのか、詳細は知らない。
トラクは顎に手をやって「うーん」と唸る。どこからどこまで話していいものか、こいつも手探り状態のようだ。
「あの二人は〈異邦の迷い子〉なんだ」
「…………は?」
と、呆気に取られた次の瞬間思い出した。
リディアとアデルはもともと日本──この世界から見れば、異世界で生まれた子ども。用語に馴染みがないので訊き返したおかげで墓穴を掘らずに済んだ。
「簡単に言うと、この世界とは異なる世界で生まれたんだよ。だから〈託宣の領域外〉となる。つまりこの世界にとっては、言い方は悪いけど異物なんだね」
「託宣……っていうのはあれか、この間話してくれた、天海のくじらの預言?」
「そういうこと」
あの二人はこの世界で生まれていないから、天海のくじらによる預言を受けていない。
だから全知全能のくじらが見通すこの世界の道筋に、存在自体がいない。
「あの二人がこの世界にどういう作用を起こすのか、くじらにもわからない、と」
「そう。そして、魔王軍はイルザーク先生と浅からぬ因縁があるようでね。その先生の弟子である只人二人を殺して、彼に報復したがっている。──話が最初に巻き戻るけど、昨年出没した〈黒き魔法使い〉は、魔王復活を目論む配下第五位の悪魔が一介の魔法使いを唆して自称させた事件だったんだ。イルザーク先生の弟子二人を殺せば、魔王復活のあかつきには〈黒き魔法使い〉として魔王の配下第一位になれるよう取り計らってやる、と吹き込んでね。──そしてあの二人は狙われた」
……そういや、一巻がそんな話じゃなかったか?
元の世界に戻る戻らないってけんかになって、魔王復活を目論むやつらに狙われて、それで二人はこの世界に生きることを択んだ、というような内容だったような気がする。
「加えて」
「……まだなんかあんのか、あいつら」
「あるんだよ。きみも気づいているだろ、リディアの指輪。あれは〈太古の炎の悪魔〉の指輪だ」
──あああああれかぁぁぁ!
どうりで! 見るからにやばい指輪だと思ったよ!!
さっき本で記述を見つけたばかりだ。アキ先生に借りた本のページをトラクに示すと、そうそれ、とうなずく。
「……ンなやべー指輪したままボケッと授業受けてんのか、あいつは……」
「どうして彼女があの指輪を持っているかまでは俺にも不明なんだけどね。とにかくリディアのあの指輪が、魔王を滅ぼすことのできる鍵の一つだ。太古の炎は万象の一切を灰燼とする〈忘却〉の炎。なぜか持ち主となっているリディアがあれを使いこなすことさえできれば勝機がある……んだけど」
トラクは続きを呑み込んだ。
が、ここまでくれば俺にもわかる。
「本人には魔力がない。魔術もセンスがない。絶望的だな」
こんな絶望的な状況から一体どうやって世界を救ったんだ、あのポンコツ主人公は。
二人して絶望の溜め息をつき、高くもない天井を仰ぐ。
トラクが味方になり、内通者候補探しも振り出しに戻った。リディアの指輪が鍵になることは逆に判明したのだから、今度はこっちにアプローチをかけるべきかもしれないな。
リディアはいつか力を発揮する。
悪役のニコラこんちくしょうが、という反骨精神のために。
「……俺は今まで、俺の知っている未来が、この世界にとって最も正しい道筋なんだと思っていたんだが」
物語の展開──世界の最適解。あらゆる登場人物の悲劇も、死も、善も悪も、全て物語の結末に向かって在るべきなのだ。
だからこそ、変えようとすることに迷いがあった。ずっと。
「そんな未来を変えることが恐ろしくはないか、トラク」
するとトラクはすぅっと琥珀色の眸に冷たい光を宿した。
触れれば切れる刃のような鋭さだった。怒りの炎が沸沸と湧き上がる様子さえ見えそうなほど。
「確かにこの未来視の通りの道を歩めば、数年後には魔王は破滅するのだろう。だがその未来に至る道筋に大切な人の死体が転がっている。そんな未来が正しいのか? きみはそれを許せるのか?」
「…………」
「エウフェーミアさんやニコラの死体と引き換えに得る安寧になんの価値がある」
忌々しそうに吐き捨てるトラクの表情に、迂闊にも見惚れていた。
こいつ、やっぱり主人公サイドなんだなぁ。
内通者かもなんて疑ってしまって悪かった。
眸の奥に揺らぐ炎の激しさも、譲れない決意を語る高潔な姿も、前期の期末考査でジェラルディンに啖呵を切ったリディアによく似ている。
「縦令天海のくじらが許したとしても、このぼくは許さないよ」
想定の範囲内だ。あの存在の派手さは登場人物級。二人とも、魔導騎士団か何かに入団して魔王軍と戦うことになるのだろう。
「そしてギルバート・ロウがきみに石化魔法をかける」
あいつの話と全く同じだ。
ニコラに石化魔法をかけたギルバート。『ニコにとっての安息はエウフェーミアの隣だけだったんだ』という台詞。
「……兄上は何か言っていたか?」
「よく意味がわからなかったけど、きみと対峙した際に一言、『目的は果たしたようだね』と。ニコラは何も言わずにほほ笑んだだけだったよ」
そうか、ニコラ・ロウ。
おまえはエウフェーミアの仇をとったんだな。
きっとギルバートはそれを理解していた。そのうえで、自らの手で弟を解放してくれたんだ。
なぜだろう、今まで全然理解できなかった『悪役坊ちゃんニコラ・ロウ』が突然とても愛しいものに思えてきて、俺は泣きたい気持ちになっていた。
リディアに対してすこぶる態度の悪い、読者からヘイトを集めていた悪役。それでもエウのことを多少は大事に思っていて、エウのために単身魔王軍に乗り込んで、しかも本懐を果たして逝った。きっとその最期はニコラにとって満足いくものだっただろう。
「でも、俺はそんな最期認めないよ。ニコラ」
「……そりゃ、どーも」
トラクの気遣いは有難いが、それはそれでアリだ、とちょっと思っていた。
とはいえ石化エンドを迎えるとなるとエウが死んでいるのだから、その点は死ぬ気で回避せねばならんが。
「それで、話は元に戻るんだよ。まず現時点でできる最善は魔王を復活させないことだ。これだけ活発に残党が動いているということは、恐らく今度の星降祭の夜にまた仕掛けてくるだろう……封印されて二十年の節目だ、復活するにこれほど適した夜もないからね。さて、きみの信用を得るに足る情報だったかな?」
トラクの差し出した白い手を、俺は迷いなく握った。
図らずも「ルームメイトくらいは味方につけておけよ」というルウの助言に、これ以上なく従ったことになる。
「信じよう。──少なくとも俺たちは共通の目的を持っている」
トラクが不敵に口角を上げる。
今まで見てきたどの表情よりも本物のトラクに近いと、なんとなく感じた。
「星降祭の夜に魔王復活の儀式を仕掛けてくるとして、俺はほとんど確実にエウフェーミアが狙われると踏んでいる。どう思う?」
「エウフェーミア・ベックマン嬢。魔力異常の体質で二度、襲撃を受けているね。一度目は魔王復活を目論む配下によるエルトン家襲撃、二度目は叔父夫婦に引き取られる際の馬車の中。十中八九魔王軍の手の者による襲撃だよ。ほぼ間違いなく彼女が生贄にされるだろうね」
エウの魔力のことは、魔法教会やバルバディアの限られた上層部には周知されていることだ。
逆に言うとトラクの正体は少なくともそのレベルということになる。教会幹部か騎士団長あたりの子どもだろうか。
「先日の薬草学の襲撃。生徒側には一応、森の奥から迷い込んだ魔物が腹を空かせて襲い掛かってきた、という公式発表になっているのはニコラも知ってるね?」
「まあ一般学生の手前そう説明するしかないだろうな」
「エウフェーミアさんは自分が狙われたと考えているみたいだけど、ゴラーナ大賢者の見解は別だ。狙われたのはリディアとアデルだと考えている」
俺は思いっきり眉間に皺を刻んだ。「あの二人?」と、いかにも何も知らないふうを装うのに骨が折れた。
だが実際、俺が知っているのはあの二人が『主人公』であるということだけだ。
なぜ彼女らが魔王軍と対立する羽目になるのか、詳細は知らない。
トラクは顎に手をやって「うーん」と唸る。どこからどこまで話していいものか、こいつも手探り状態のようだ。
「あの二人は〈異邦の迷い子〉なんだ」
「…………は?」
と、呆気に取られた次の瞬間思い出した。
リディアとアデルはもともと日本──この世界から見れば、異世界で生まれた子ども。用語に馴染みがないので訊き返したおかげで墓穴を掘らずに済んだ。
「簡単に言うと、この世界とは異なる世界で生まれたんだよ。だから〈託宣の領域外〉となる。つまりこの世界にとっては、言い方は悪いけど異物なんだね」
「託宣……っていうのはあれか、この間話してくれた、天海のくじらの預言?」
「そういうこと」
あの二人はこの世界で生まれていないから、天海のくじらによる預言を受けていない。
だから全知全能のくじらが見通すこの世界の道筋に、存在自体がいない。
「あの二人がこの世界にどういう作用を起こすのか、くじらにもわからない、と」
「そう。そして、魔王軍はイルザーク先生と浅からぬ因縁があるようでね。その先生の弟子である只人二人を殺して、彼に報復したがっている。──話が最初に巻き戻るけど、昨年出没した〈黒き魔法使い〉は、魔王復活を目論む配下第五位の悪魔が一介の魔法使いを唆して自称させた事件だったんだ。イルザーク先生の弟子二人を殺せば、魔王復活のあかつきには〈黒き魔法使い〉として魔王の配下第一位になれるよう取り計らってやる、と吹き込んでね。──そしてあの二人は狙われた」
……そういや、一巻がそんな話じゃなかったか?
元の世界に戻る戻らないってけんかになって、魔王復活を目論むやつらに狙われて、それで二人はこの世界に生きることを択んだ、というような内容だったような気がする。
「加えて」
「……まだなんかあんのか、あいつら」
「あるんだよ。きみも気づいているだろ、リディアの指輪。あれは〈太古の炎の悪魔〉の指輪だ」
──あああああれかぁぁぁ!
どうりで! 見るからにやばい指輪だと思ったよ!!
さっき本で記述を見つけたばかりだ。アキ先生に借りた本のページをトラクに示すと、そうそれ、とうなずく。
「……ンなやべー指輪したままボケッと授業受けてんのか、あいつは……」
「どうして彼女があの指輪を持っているかまでは俺にも不明なんだけどね。とにかくリディアのあの指輪が、魔王を滅ぼすことのできる鍵の一つだ。太古の炎は万象の一切を灰燼とする〈忘却〉の炎。なぜか持ち主となっているリディアがあれを使いこなすことさえできれば勝機がある……んだけど」
トラクは続きを呑み込んだ。
が、ここまでくれば俺にもわかる。
「本人には魔力がない。魔術もセンスがない。絶望的だな」
こんな絶望的な状況から一体どうやって世界を救ったんだ、あのポンコツ主人公は。
二人して絶望の溜め息をつき、高くもない天井を仰ぐ。
トラクが味方になり、内通者候補探しも振り出しに戻った。リディアの指輪が鍵になることは逆に判明したのだから、今度はこっちにアプローチをかけるべきかもしれないな。
リディアはいつか力を発揮する。
悪役のニコラこんちくしょうが、という反骨精神のために。
「……俺は今まで、俺の知っている未来が、この世界にとって最も正しい道筋なんだと思っていたんだが」
物語の展開──世界の最適解。あらゆる登場人物の悲劇も、死も、善も悪も、全て物語の結末に向かって在るべきなのだ。
だからこそ、変えようとすることに迷いがあった。ずっと。
「そんな未来を変えることが恐ろしくはないか、トラク」
するとトラクはすぅっと琥珀色の眸に冷たい光を宿した。
触れれば切れる刃のような鋭さだった。怒りの炎が沸沸と湧き上がる様子さえ見えそうなほど。
「確かにこの未来視の通りの道を歩めば、数年後には魔王は破滅するのだろう。だがその未来に至る道筋に大切な人の死体が転がっている。そんな未来が正しいのか? きみはそれを許せるのか?」
「…………」
「エウフェーミアさんやニコラの死体と引き換えに得る安寧になんの価値がある」
忌々しそうに吐き捨てるトラクの表情に、迂闊にも見惚れていた。
こいつ、やっぱり主人公サイドなんだなぁ。
内通者かもなんて疑ってしまって悪かった。
眸の奥に揺らぐ炎の激しさも、譲れない決意を語る高潔な姿も、前期の期末考査でジェラルディンに啖呵を切ったリディアによく似ている。
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