上 下
74 / 138
第六章 猫かぶり坊ちゃんの座右の銘

第10話 ケンカは素手派

しおりを挟む
「そろそろ音を上げる頃かと思ってわざわざ出向いてやったんだが、婚約者とお昼寝デートたぁ、まだまだ余裕そうだな?」
「音を上げるとは……ああ、あのクソしょーもねぇイタズラは先輩方の仕業でしたか!」

 わざとらしく笑って煽る俺に、エドマンドの蟀谷がひくりと動いた。

「……今のうちに、地べたに頭擦りつけて誠心誠意謝罪すりゃ、やめてやってもいいんだぜ?」

 とかいって、土下座してるとこ写真に撮って、「バラ撒かれたくなけりゃ言うことを聞け」っていうのが定石なんですね、わかります!
 わかるぜエドマンド、おまえの単純な思考回路が手に取るように!

「あはははは、誰が謝罪なんぞしますか、こんな悪辣ないじめっ子に頭下げるなんてそれこそ末代までの恥ですよ。先輩方のほうこそいい加減にしてはいかがですか? あの程度のイタズラごときに屈するニコラ・ロウではありませんよ。兄上に剣術のテストでボッコボコにやられたロシェット先輩ならよくおわかりでしょう?」

「てめえ!」と杖を振ったのは一番奥にいたやつだ。見た目の特徴はロロフィリカから聞いたメダルドのものと一致している。
 矢のごとく飛んできた水の塊は、当然、俺に触れるより先に見えない壁に無効化された。

「こうして直接来たということは、嫌がらせもネタ切れですか? 魔法はもう効かないですよ。僕の対魔法防御を破れるくらい、あなた方の魔法が強いなら話は別ですけど……そうは見えないし」

 こういうやつらは下手に口調が荒いより、丁寧に煽られるほうがよっぽどカチンとくるはずだ。
 努めて穏やかにケンカを売り続けていると、エドマンドが口の端を引き攣らせて、後ろにいた四人に「やれ」と呟いた。

 お、よしよし。乗ったな。
 引き続きにこやかに、まだ脚が痺れて動けない小動物を振り返る。

「エウ、もしものときは自衛の魔法を使うんだよ、いいね? 一分で終わるからねー」
「ニコ、後ろ、うしろ!」

 がつん、と頬を殴られた。
 金髪碧眼の美少年が宙を舞うさまを想像していたメダルドが、「あ?」と間抜けに口を歪める。一歩も動かず、左頬に頂いた拳をしっかり掴んで、もう一回エウを振り返った。

「……なんだコイツ放せよ! 力強ぇなオイ!!」
「はあ!? 何言ってんだメダルドあほか……」
「エウ見た?」
「み、みたっ……え、なにを!? ニコ大丈夫!?」
「先に手出したの、こいつらだよな?」

 思わず駆け寄ろうとしたのか、なぜかエウは四つん這いになっている。立とうとしたけどやっぱり脚が痺れて無理だった、ってとこか。あの状態のときにつつかれたら殺意湧くんだよなー。

 横から後頭部を両手で掴まれた。
 無理やり下に引っ張られて、眼前に膝が迫る。これはさすがに掌で顔をガードしたが、派手にごしゃっと音がしたのでエウの悲鳴が聞こえた。

「ニコ……!」
「あー平気平気。あとでちゃんと先生に証言してくれよ、ニコラは正当防衛ですーって」
「する! するから前見て……!」
「よし」

 目撃者の証言確保。殴られた痕跡もゲット。前々からこいつらに嫌がらせを受けてたのは、周りにいる色んなやつらが知っている。エドマンドたちに脅された生徒も、特にお咎めなしで見逃してやったからには敵に回ることもあるまい。

 二発もらっても平然とエウに声をかける俺に、ようやくメダルドたちが「なんかおかしい」と感じ始めた。

 にこーっと笑いながら右拳を握りしめる。

「おい、こいつただの貴族の坊ちゃんなんじゃねえのかよ!? エドマンド!?」

 ハハハハハ残念だったなクソガキども!
 こちとら生まれる前から筋金入りで、ケンカは素手派だっ!!




 ……とはいえあんまりやりすぎると過剰防衛になるので、一人二発まで入れて地べたに這い蹲らせたあと、樹木魔法を使ってぐるぐる巻きの芋虫にしてやった。
 この間、俺がジェラルディンにやられたのと同じ状態だ。はっはっは。いまの俺だいぶ悪役っぽい。

 メダルドたちをぶっ飛ばしたあとエドマンドも出てきたが、呆れるほど弱かった。魔法や身分や威圧的な物言いでマウントを取っていたばかりで、ケンカ慣れしているわけではないらしい。
 かくいう俺もこういうのは久々なので、明日は右腕が筋肉痛かもしれない。

「あー、一仕事した」

 よく働いた右腕を揉みながら手首を回していると、このなかでは一番手応えのあったメダルド芋虫が喚く。

「くそ、なんなんだよおまえ、なんで貴族のボンボンのくせにケンカ慣れしてんだよ……!」
「世の中いろんな坊ちゃんがいるってことですよ。貴族のボンボンのくせにヤンキーやってるロシェット先輩と一緒です」

 芋虫五匹を蹴りつけて一か所にまとめる。
 個人的にはこのままパンツ一丁に引ん剥いて手近な木にでもブラ下げて『僕たちは魔法や暴力で弱い者いじめをする人間のクズですもうしませんごめんなさい』と張り紙してやってもよかったが、さすがにエウフェーミアの教育に悪いので弁えた。

 歩けるようになったエウが断固として「先生を呼んでくる」と譲らなかったので、現在それ待ちだ。
 エドマンド芋虫の上にどかっと腰を下ろして、視線だけで俺を殺そうとしているやんちゃ坊主にフフンと笑う。

「いいですか、ロシェット先輩。今後僕の見える範囲や聞こえるところで胸糞悪いことをしていたら、あるいはリベンジなんて考えようものなら本気を出します」

 あくまで丁寧に、あくまで穏やかに。
 あの人畜無害っぷりが高じて逆に狡猾な兄貴の、ちょっと胡散臭いくらいきれいな笑顔を心がける。

「あなたがたには決して気取られない方法で、背後から狙います。水だの風だの、わかりやすい魔法は使ってあげません。あなたがたの心が折れるまで徹底的に潰します。僕は兄上ほど人が善いわけじゃないですからね」

 別にそんな暗殺者みたいな手法知らん。が、大事なのはこのやんちゃ坊主たちが、二度と弱い者いじめしようなんて思わないように叩き潰すこと。

 貴族の甘ったれ坊ちゃんだと思い込んで突いたニコラ・ロウに、手痛いしっぺ返しをくらったという記憶を刻みつけることだ。


 力で他者を威圧する輩には、それを上回る“力”が一番効く。結局のところ。


 ただこれは誰でもできることじゃないし、していいことじゃない。“力”を振りかざすほど反発は強くなるものだ。平和的解決が一番に決まっている。力以外で他人とわかり合うために、人は言葉を得たのだから。

 だからこれは俺の役目だ。
 リディアでもアデルでも兄貴でもない、俺の。


「……クソッタレ。この猫かぶり野郎……!」


 悪態をつく元気なエドマンドの双眸に、嫌みったらしく笑う俺の顔が映っていた。


「お褒めいただき、どうも」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

処理中です...