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第二章 王立バルバディア魔法学院

第10話 坊ちゃん、気合いを入れる

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「ぃよう、ニコ! どうだったよ一日目!」
「ルウ。びっくりした」

 ルウも、作画コストの高いほうかもしれない。
 赤茶のツンツン頭だけ見ると周囲に埋没しがちだけど、深く澄んだサファイアのような双眸は、ほんの少しの灯りにもきらきらと輝いている。
 笑顔や行動に華があって、つい目で追ってしまうタイプだ。

 政宗的観点で見てみると、なんとなく将来の死亡フラグが濃厚。
 主人公から見て先輩、しかも学院のプリンスの親友って、なんかいい具合に死にそうじゃないか。自分で考えておいてなんだけど、やだな。

 たまにロウ家に泊まりにきていたから、二人目の兄貴みたいなものだと思っている。

「なんていうか……さすがに疲れた」

 だからこんなこと言ってもいいわけだ。
 本当はロウ家の次男たるもの、人前で弱音や疲労を見せてはいけないんだろうけど。

「兄貴も親父さんも優秀だと期待が半端ないだろ。ちな入学翌日のギルもガイダンスのたびに『それではロウくん』とかって当てられてたぜ」
「全く同じ光景だよ」
「お疲れさん。そんな不憫なニコラに、も一つ悲報をお伝えしよう」

 いらんいらん!
 これ以上余計なストレス増やすな!

 そんな願いも空しく、ルウはがしっと俺の肩を掴んで耳もとに顔を寄せてきた。

「バルバディアにはお貴族さんの子息も多い。これはわかるな?」
「わかるよ。魔法の技能が高ければ出世するから優秀な魔法使いは貴族に多い。高い魔力は血筋に現れることが多いから自然とその子どもも優秀な魔法使いになる。ゆえにバルバディアには貴族の子弟が多くなる」
「まーロウ家もそうだしな。オレは一般庶民だけど。つまりだ、派閥争いが起きるぞ」
「…………」

 そういうことか。
 席に着いた俺にさりげなく話しかけては顔と名前を売ってきてたってことか、あいつら。

 確かに御大層な家名のやつが多かった気がする。ああしまった、派閥争いとかとんと興味なさすぎて、ナタリアたちから王都の主要な貴族の名前を教わったはずなのに記憶の彼方に追いやっちまった。

「ギルはあのキャラだからな。ふわふわっと躱してしれーっと頂点にのし上がったが、おまえは味方を作るのがうまい一方敵を作るのもうまそうだ。今日一日で価値を見定められ、明日からが本番ってわけ」

 ンな暇ありゃ勉強しろボンボンどもめ!
 声には出さないがそう考えた俺に気づいたか、ルウは苦笑いで頭を撫でてきた。

「だからルームメイトくらいは味方につけておけよ」
「……悪いやつではないけど……。頭がよさそうなぶん、なに考えてるかわからないな」
「初日から変な腹の探り合いしてねーで恋バナの一つや二つしとけって。あともいっこ、可愛いニコラにとっておきの情報をやろう」

 ルウは再び俺に耳打ちをした。
 今度は悲報でない、正真正銘、とっておきの耳寄り情報だった。

 するとニッと口角を上げて「じゃーなー」と手を振りながら去っていく。
 後輩たちに声をかけられては「おうお疲れ」と返しながら廊下を行く後ろ姿は、ムカつくほど爽やかだ。
 ルウを見送ったあと、明日からの派閥争いとやらに思いを馳せて肩を落とす。


 あー、なんていうか。
 明日から学校行きたくねぇ!!


 いや、ここが学校だし学校で暮らしてるから、行きたくねぇって表現は違うんだけど。
 俺は魔法の勉強をしにきたのであってロウ家のパイプを作りに来たんじゃねえぞ。
 というかロウ家を継ぐのはほぼ確実に兄貴だから俺におべっか使っても無駄だぞ。
 俺は政治のことは全くわからんからな!

 とはいえ、将来有望な魔法使いと今から親交を深めておいたら得、という理屈は納得できる。
 人脈もまた実力だ。
 そうやって外面はキリッと、内心とぼとぼと歩いているうちにも、うんざりするほど話しかけられた。

「あのプリンスの弟なんだって?」というのがダリアヴェルナの三回生で王国南部の伯爵家嫡男。
「今日の魔法史の回答、見事だったわ」というのがアスタミモザの一回生、魔法教会の重鎮の娘。

「想像以上にめんどくせぇなマホーガクイン……」

 誰にも聞こえない程度の小声でぼやきつつ、足早にヒュースローズ寮を目指した。

 塔の扉を開けて二階の談話室へ顔を出すと、エウはソファに腰掛けてロロフィリカと盛り上がっていた。
 俺を見つけて笑顔で立ち上がり、ぱたぱた駆け寄ってくる。

 なんだなんだ、俺の帰りを待ってたのかこの小動物め。
 就職してから飼いはじめたペットのジャンガリアンハムスターを思い出してしまった。白いやつで名前はおもち。二年半で死んでしまった……ああ、おもち……。もちもち。

 エウがはにかむと、シルバーブロンドがふわりと揺れる。

「おかえりなさい。ニコ」
「た…………」


 ──あああああっぶねぇ!!


 あとちょっとで両手でエウの頭掴んでぐしゃぐしゃ撫でくり回すところだった。いや、あまりにおもちに似ていてつい……。
 人前、人前。

「……だいま、エウ。いい時間だし、夕飯を食べに行こうか。荷物を置いてくるから少し待っていて」
「うん。魔法薬学基礎のお話、聞かせてね」
「ああ、そうそう。その話もしておかないとね」

 エウは多分確実に俺と組んだほうがいいって話だ。
 俺だって、虫や臓器なんてへっちゃらというわけでもないが、この箱入り娘を女子と組ませたら共倒れになる可能性が高い。

 初日から色々と問題が浮上してきたな。
 早いうちに立場を理解できたことはルウに感謝だし、最初の講義で釘を刺しておいてくれたイルザーク先生にも感謝。あの先生、厳しげなことは言っていたが理不尽なタイプでもなさそうだ。

 夕飯食べて風呂に入って、小説の展開を思い出すことも含めたこれから先の立ち回りを考えなければ。
 男子寮へ向かって歩きはじめた俺を、エウが呼び止めた。

「ニコ……、なんだか疲れてる? なにかあったの」
「突然どうした。何もないけど」
「うそ」

 きゅっと眉根を寄せたエウは静かに手を伸ばして、俺の肘のあたりを掴む。
 透きとおる菫色の双眸は真っ直ぐに俺を見上げた。

 ……出逢ったときは、こちらを見もしなかったこの宝石みたいな眸が、こんなにも強く煌きながら世界を見据える。
 あんなにちびっちゃかったのに、すっかりお姉さんみたくなっちゃってさ。

 エウに疲れを見抜かれるなんてまだまだだな、俺も。


 気合い入れろよ、ニコラ・ロウ。


 死にたくなけりゃ強くなれ。
 エウの魔力が暴走したって鎮めてあげられるくらいに、襲撃者が来たとしても余裕で返り討ちにして高笑いできるほどに。
 主人公たちの本編はとっくにスタートしていたわけだけど、魔王はまだ復活していない。今日明日に魔王軍に寝返るわけでもないのだから、対策を立てることくらいできる。
 なんたって、魔法の世界だもんな。


 身を屈めて、エウの耳もとに唇を寄せた。

「……ルウに秘密基地を教えてもらったんだ。今度二人で行こう」
「ひみつきち?」
「そー、秘密基地。ロマンだろ?」

 こてんと首を傾げたエウの頭をぐしゃぐしゃーと撫で回す。むむむと不満げに頬を膨らませた彼女に手を振りつつ、男子寮の扉を開けた。
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