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【現代落語】『王子の狐』(後編)
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『オイラは綺麗なメスに化ける方が得意なんじゃが、オスに化けてここまでメスが寄ってくるってなら、オイラの変化の術は完璧っちゅうこったな。よっしゃ、どうせならおいらが一番気に入っているメスを嫁にしよう』
「すっかり気をよくしたなる吉は、最近人気が急上昇しているアイドルグループ、【 A K G 480(秋葉ガールズ)】のメンバーを狙うことにしました。
仕事で忙しい彼女を優しくフォローしていくうちに、二人の仲は近づき、彼女の家にあがる関係になってきた所で事件がありました。彼女の部屋にある写真を見つけたなる吉は彼女に聞きます」
『おい、こいつは誰だい?』
『あ、それ私』
『なにぃ?』
『昔はちょっと可愛くなかったんだ』
『ちょっとっていうレベルか!? 別人じゃないか』
『整形よ。この業界じゃよくある話でしょ』
『お前も化けておったんか』
『え?』
『オイラを騙すほどうまく化けおってー』
『ちょっ、ちょっと?』
「騙す側だったなる吉は、騙されたショックで部屋を出ていってしまいました。その事を親に話すと」
『そいつはえらいめにあったなぁ。もう人間のメスは諦めて、お前と同じで人間の世界が好きな狐の妖子なんてどうだい?』
「さりげなく見合い話を持ち出す。なる吉もそれを了承し、見合いの話はとんとん拍子でまとまり、なる吉と妖子は祝言をあげることとなりました。周りも、めでたいと喜んでくれたのですが、その夜、なる吉に再び事件が起こりました」
『なる吉、お風呂入る?シャワーだけにする?』
『あ、ああ……シャワーだけにしとくよ』
『そう。じゃあ、空いたわよ』
『お、お前!』
「お風呂からあがった妖子の素顔は昼間にばっちり決まっていたメイクがすっかりおちて、まるで別人のようだと感じたなる吉は叫びました」
『お前も風呂で整形したんかー!』
「……おあとがよろしいようで」
梓が頭を下げると、会場は静まりかえっていた。
「…………」
お客の反応が気になる。
この静けさでは面白くなかったのか。ふと、梓の頭に不安がよぎった。
「ぷぷっ……」
噺家ではない梓の話はお世辞にもうまいとは言えなかった。噛んだりとちったりはなかったものの、さすがに左近のようにはうまく話すことはできなかった。
だが、会場の緊迫した空気が、少しずつ溶けると、ひとり、またひとりとかすかに笑い声がおきていることに気づいた。
「くすくす……」
「ふふふっ」
爆笑や盛り上がりではない。しかし、確実に少しずつ広がっているお客の反応。それだけでうまくいったのだと、梓は実感していた。
「…………っ」
しかも、笑いをこらえているのは若い人の方が多かったのも梓を喜ばせた。
「お疲れ」
楽屋に戻った梓に、風音と誠十郎、そして左近が待っていた。
「よかったよ。本当に初めてかい? あれだけ話せれば前座にしては上出来だ。話を考えたのは風音ちゃん、だっけ?」
「はい。私が考えて、話すのはアズちゃんが。アズちゃんは物怖じしないから」
「確かに。彼女は堂々としていた。これは噺家にとって最低条件だからね。なるほど、二人でひとりというわけか。なかなかいいじゃないか。うちの弟子にしたいくらいだよ。おい、左近。どうだった?同い年くらいの女の子が即興でお前と同じ演目をやり遂げてしまったぞ?」
「…………」
左近がなにか言いだそうとした瞬間、どどど、と走る足音とともに、梓の祖父、昭雄が楽屋に飛び込んできた。
「おまおま!お前はなにしとんじゃー! ここがどーゆうとこかわかってるのか!?」
「まあまあ、どうやら強引に出たわけじゃなく、許可もらって出たみたいだし、そんな怒らなくてもいいんじゃないかね」
後から息をきらしながら、一郎も入ってきた。
「そうですよ。一般の方が参加してもらえただけでなく、若い人にこれほど笑っていただけたのですから、こちらとしても今日の口演を開いたかいがありました。あのお客さんの反応、みましたか?最初は意表を突かれて戸惑ってましたが、誰一人だれる事無く、最後まで聞いていらっしゃいましたよ」
「そ、そうでしたか。いやはや、孫がとちらないか心配で、周りのことなど気にしてはいられませんでしたよ……」
昭雄が、落語界のスターのひとりを前にして、緊張しているのか、しどろもどろに
なる。
「いやあ、実にしっかりしたものでした」
「師匠、そろそろ……」
左近と同じ着物を着た若い男性が誠十郎に声をかける。出番らしい。
「あ、すいません。私はそろそろ……」
そう言うと、会釈をして部屋を出て行く。
「はぁ、緊張した」
おじいちゃん二人はため息をついて、互いに顔を見合わせて笑った。
「ねぇ、そうそう。あんたは私の落語どうだったのよ?」
自信ありげに、梓がにやにや笑いながら左近の着物をひっぱる。
「……そうですね。面白いとかつまらないという感想はともかく、サマになっていたとだけ言っておきましょうか」
「へぇ、私たちを認めるんだ?」
「まぁ、師匠が認めているものを僕がダメだしもできませんしね。でも、次は僕のほうが面白いと言わせてみせます!」
左近は隠そうともしない若さ、闘志という思いを瞳にこめて、風音にむけてびしいっ、と指さして宣言した。
「ええっ!? 私ー?」
「ちょっと、なんで私じゃないの!」
梓が左近にくってかかる。
「なんでって、あの演目は彼女が考えたんでしょう?貴女は演じていただけですから」
「私が演じたからでしょー! ……あ、わかった。私がお父さんに誉められたから拗ねてるんだ?まだまだ子供ねー」
「す、拗ねてなんかいませんよ!」
「…………」
風音は軽くほほえみながら、ため息をついて、ふたりのやりとりを見るしかなかった。
(ふうっ、アズちゃんの気持ちが左近くんに伝わるのはいつになるやら……)
「すっかり気をよくしたなる吉は、最近人気が急上昇しているアイドルグループ、【 A K G 480(秋葉ガールズ)】のメンバーを狙うことにしました。
仕事で忙しい彼女を優しくフォローしていくうちに、二人の仲は近づき、彼女の家にあがる関係になってきた所で事件がありました。彼女の部屋にある写真を見つけたなる吉は彼女に聞きます」
『おい、こいつは誰だい?』
『あ、それ私』
『なにぃ?』
『昔はちょっと可愛くなかったんだ』
『ちょっとっていうレベルか!? 別人じゃないか』
『整形よ。この業界じゃよくある話でしょ』
『お前も化けておったんか』
『え?』
『オイラを騙すほどうまく化けおってー』
『ちょっ、ちょっと?』
「騙す側だったなる吉は、騙されたショックで部屋を出ていってしまいました。その事を親に話すと」
『そいつはえらいめにあったなぁ。もう人間のメスは諦めて、お前と同じで人間の世界が好きな狐の妖子なんてどうだい?』
「さりげなく見合い話を持ち出す。なる吉もそれを了承し、見合いの話はとんとん拍子でまとまり、なる吉と妖子は祝言をあげることとなりました。周りも、めでたいと喜んでくれたのですが、その夜、なる吉に再び事件が起こりました」
『なる吉、お風呂入る?シャワーだけにする?』
『あ、ああ……シャワーだけにしとくよ』
『そう。じゃあ、空いたわよ』
『お、お前!』
「お風呂からあがった妖子の素顔は昼間にばっちり決まっていたメイクがすっかりおちて、まるで別人のようだと感じたなる吉は叫びました」
『お前も風呂で整形したんかー!』
「……おあとがよろしいようで」
梓が頭を下げると、会場は静まりかえっていた。
「…………」
お客の反応が気になる。
この静けさでは面白くなかったのか。ふと、梓の頭に不安がよぎった。
「ぷぷっ……」
噺家ではない梓の話はお世辞にもうまいとは言えなかった。噛んだりとちったりはなかったものの、さすがに左近のようにはうまく話すことはできなかった。
だが、会場の緊迫した空気が、少しずつ溶けると、ひとり、またひとりとかすかに笑い声がおきていることに気づいた。
「くすくす……」
「ふふふっ」
爆笑や盛り上がりではない。しかし、確実に少しずつ広がっているお客の反応。それだけでうまくいったのだと、梓は実感していた。
「…………っ」
しかも、笑いをこらえているのは若い人の方が多かったのも梓を喜ばせた。
「お疲れ」
楽屋に戻った梓に、風音と誠十郎、そして左近が待っていた。
「よかったよ。本当に初めてかい? あれだけ話せれば前座にしては上出来だ。話を考えたのは風音ちゃん、だっけ?」
「はい。私が考えて、話すのはアズちゃんが。アズちゃんは物怖じしないから」
「確かに。彼女は堂々としていた。これは噺家にとって最低条件だからね。なるほど、二人でひとりというわけか。なかなかいいじゃないか。うちの弟子にしたいくらいだよ。おい、左近。どうだった?同い年くらいの女の子が即興でお前と同じ演目をやり遂げてしまったぞ?」
「…………」
左近がなにか言いだそうとした瞬間、どどど、と走る足音とともに、梓の祖父、昭雄が楽屋に飛び込んできた。
「おまおま!お前はなにしとんじゃー! ここがどーゆうとこかわかってるのか!?」
「まあまあ、どうやら強引に出たわけじゃなく、許可もらって出たみたいだし、そんな怒らなくてもいいんじゃないかね」
後から息をきらしながら、一郎も入ってきた。
「そうですよ。一般の方が参加してもらえただけでなく、若い人にこれほど笑っていただけたのですから、こちらとしても今日の口演を開いたかいがありました。あのお客さんの反応、みましたか?最初は意表を突かれて戸惑ってましたが、誰一人だれる事無く、最後まで聞いていらっしゃいましたよ」
「そ、そうでしたか。いやはや、孫がとちらないか心配で、周りのことなど気にしてはいられませんでしたよ……」
昭雄が、落語界のスターのひとりを前にして、緊張しているのか、しどろもどろに
なる。
「いやあ、実にしっかりしたものでした」
「師匠、そろそろ……」
左近と同じ着物を着た若い男性が誠十郎に声をかける。出番らしい。
「あ、すいません。私はそろそろ……」
そう言うと、会釈をして部屋を出て行く。
「はぁ、緊張した」
おじいちゃん二人はため息をついて、互いに顔を見合わせて笑った。
「ねぇ、そうそう。あんたは私の落語どうだったのよ?」
自信ありげに、梓がにやにや笑いながら左近の着物をひっぱる。
「……そうですね。面白いとかつまらないという感想はともかく、サマになっていたとだけ言っておきましょうか」
「へぇ、私たちを認めるんだ?」
「まぁ、師匠が認めているものを僕がダメだしもできませんしね。でも、次は僕のほうが面白いと言わせてみせます!」
左近は隠そうともしない若さ、闘志という思いを瞳にこめて、風音にむけてびしいっ、と指さして宣言した。
「ええっ!? 私ー?」
「ちょっと、なんで私じゃないの!」
梓が左近にくってかかる。
「なんでって、あの演目は彼女が考えたんでしょう?貴女は演じていただけですから」
「私が演じたからでしょー! ……あ、わかった。私がお父さんに誉められたから拗ねてるんだ?まだまだ子供ねー」
「す、拗ねてなんかいませんよ!」
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