Hearty Beat

いちる

文字の大きさ
上 下
28 / 32

28

しおりを挟む
 当日。
 会場である大学の講堂は満員だった。
 出演が発表された翌日からチケットの問い合わせが入り、プレイガイド経由の発売日にはソールドアウトしてしまったのだ。
 転売チケットも高額で出回っているがこちらは手の打ちようが無くみちる達実行委員を悔しがらせた。
 ライブ自体は夏フェスから二回目なのでファンにとっては貴重なライブだった。
「圭はもう緊張しないのかよ」
「……してますよ。十分」
 ステージ脇のカーテン越しに客席を覗き込んで大きく深呼吸する圭。
 二度目のライブ。
 規模は前回の五分の一程度とはいえ日頃のライブの五倍は人がいる。
 大抵は七生目当てだとわかってはいるが緊張しない訳がない。
「ミドリ、大丈夫?」
 カーテンに隠れてスーハースーハー深呼吸をしているとみちるが近づいてきた。
「あんまり大丈夫ではない……」
「ははは。客席は身内しかいないよ。大丈夫」
 豪快に笑うみちるに何を言っているんだと呆れる。確かに学生は多いが明らかに御堂のファンも多いのだ。LINKS時代のグッズを身につけているファンが客席にはちらほら見受けられた。
「この前のフェスより全然少ないじゃん。平気だよ」
 フェスを見に来ていたみちるはあのライブが終わった瞬間、圭に興奮のままメッセージを送ってしまった。
 圭のライブには何度も通った。むしろ常連だと思う。
 でも今日のライブは別格だと、そう思ったのだ。
 こんなに碧川圭は格好良かっただろうかと思うほど、御堂七生の隣にいる圭が堂々としていて隣の七生に一歩もひけを取らなかったのだ。
 その圭が舞台袖で緊張した顔でいるのが面白い。
「本日は引き受けていただき本当にありがとうございました」
 みちるは七生と他のメンバーにも頭を下げる。
「ミドリの二人の友人のうちの一人なんだって?」
 矢作が名刺を渡しながら訊いた。みちるは一瞬何のこと?という顔をしたが、ライブの客の事かと思い当たり頷いた。
「ええ。もう一人は今日は客席です。先日のフェスも二人で見たんですけど本当によかったです」
「うんうん、格好いいよね。『HEARTYBEAT』。ミドリも始めた頃に比べると随分垢抜けたし。最初はスーツに着られてたからな」
「……矢作さん……」
 圭がジト目で睨むと冗談冗談と笑いながら矢作は場を離れた。
「こちらこそ模擬店の食券100枚も貰って……」
 今度は七生がみちるに声をかけた。
 ギャラはそのままでいいから食券をつけて欲しいと言った圭にみちるは札束でも入っているのかと思うくらい分厚い封筒を持ってきたのだ。
「いえ、あれぐらいお安いご用です!足りなかったら言ってくださいね」
「ありがとう。でも一人100枚貰ったから多分大丈夫だと思う」
 苦笑いを浮かべる七生。
「……良いステージになるよう約束する」
「はい。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭をさげてみちるが下がる。
 もう本番だ。

 最初から幕が開いているステージにメンバーが出て行くと客席から歓声が上がる。
 手を振って答えながら楽器を手に持つと、七生が言った。
「こんにちは。HEARTYBEATです。実は今日のこのステージ、学校の許可を貰って撮影可にしてもらっています。動画でも写真でも撮影は大丈夫。よかったらSNSで#HBってつけて投稿してください」
 やったー、まじ?なんて声が客席からあがるとみな一斉にスマホを構える。
「でも、撮影に気を取られて、俺たちの音楽にのりそこねんなよな」
 そういうと、一曲目のカウントが始まる。
 客席はスマホを構えていたのは一瞬で結局は音楽を聴きのがさないように乗り遅れないように次々と手放していった。

「お疲れ様~」
 楽屋代わりに与えられた講堂に一番近い教室に戻ると矢作がさっそく検索を始める。
「エゴサーの鬼……」
「あん?だって気にならないの?お、良い感じでみんな投稿してくれてる」
 動画はほとんど無いが写真は要所要所で撮影したファンが多いらしく検索すれば結構な投稿が引っかかる。 
 投稿者の記事に、行けて羨ましいだの、最高だっただの、SNSは随所でHEARTYBEATの話題で盛り上がっていた。
「今日ミドリ、ちゃんと二番の歌詞歌えてたな」
 タクが声をかけると圭はふふんと胸を張った。
「初日の失敗は繰り返しませんよ」
「ピアノソロは間違ってたけど」
 ダイスケが指摘する。
「すみません!」
 やはり緊張して間違えたのだ。
「さて、もらった食券で文化祭楽しもうぜ」
 タクヤが帰り支度を済ませるとメンバーに声を掛けた。それに申し訳なさげに圭は応える。
「あー、すみません。俺もう一個ステージがあって」
「え?マジで?」
「中庭で音楽系のステージやってて、そこに出るんですよね。模擬店周りは俺はその後じゃないと」
「……HEARTYBEATのミドリくんが、一人で?」
 ダイスケが目をぱちくりとさせ驚いた表情になる。
「どちらかというと『碧川圭』ソロライブですかね」
 自分だけでは客はあまり来ないのを圭はよく知っている。
 いくら七生が『二人のHEARTYBEAT』だと言ってもファンは「七生」と「じゃ無い方」だと思っているのだ。
「ミドリは、ソロやる余裕あるんだ」
「これはHEARTYBEATが正式に動く前に申し込んでいたんで、まあ、最後のソロ活動ですかね」
「……いいんじゃない。HEARTYBEATも未来永劫あるわけじゃ無いし」
 七生が言い放つ。
 HEARTYBEATは期限付きのプロジェクトだ。
 二年というゴールに向かってもう時計は進み始めたのだ。
「タク、模擬店まわろうぜ」
 七生がタクを誘う。その姿に圭は少しだけ寂しさを感じる。
 少しは俺のステージ、興味を持って貰えるかと思ってたのに。
「ええ!お前と一緒じゃ目立つだろ」
「大丈夫、みちるちゃんがお触り禁止令出してくれてるから」
「まじか。じゃ、ミドリ、頑張れよ!俺たちぷらっと回ったら帰るわ。夜、別の仕事いれちまったからさ」
 タクがひらひらと手を振る。
「今日はありがとうございました」
「いやいや、エゴサーしながら、帰るべ」
 やっぱり、見て貰えないか。
 衣装のスーツからカジュアルな服装に着替えると圭は僅かながら肩を落とした。
 数日前にこの話をして、ああ、わかったと素っ気なく七生には返事を貰っていたから、仕方が無いとは思っていたが、タクと文化祭を回るとは。
「仕方ないか」
 スマホで時間を確認すればもうステージの自分の時間まで30分ほどしかない。
 ばたばたと荷物をまとめると圭は次のステージへと移動した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...