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あの日、迎えに行った圭を待ち受けていたのは気まずそうな顔をした七生だった。
コンシェルジュに頭をさげ、良介から預かった鍵で五階まで行きピンポンとチャイムを鳴らすとそっとドアが開いた。
「おはようございます」
そこには爽やかな笑顔を浮かべた圭を唇をへの字にして上目遣いで見る七生がいた。
「準備できてます?すぐ行けます?」
「……入って、コーヒー飲んでけ。もう少しかかる」
くるりと身体を回転させて七生はさっさと部屋に入った
起きてなかったらまずいよなとかなり時間に余裕を持ってきたので、圭は素直に玄関をくぐった。
リビングには美味しそうなコーヒーの香りが広がっている
「砂糖とか、いるか?」
「いや、ブラックで大丈夫です」
ダイニングテーブルについた圭の前にマグカップに注がれたコーヒーが置かれた。
「テルさんとこのコーヒーを分けてもらってるんだ。この前は酒しか飲まなかったけどあそこ昼間もやっててコーヒーもうまいんだ」
「料理も美味しかったです」
コーヒーを一口、口に含む
酸味の中に甘い香りが広がり朝に合う味だった。
「おいしいですね」
「だろ?あ、いくらだった?払うから」
頭を掻きながら気まずそうに目線をはずす。
「大丈夫ですよ。びっくりするくらい安かったです」
「……一応俺年上だし、社会人だし、出させろ」
年上の社会人が、酒に負けて爆睡とか。
可愛いが過ぎると思うんだけど。
しみじみと思いにっこりと笑顔をつくる。
「じゃあ次二回おごってください。テルさんの店で」
「あそこでいいのか?」
「言いそびれましたがここと俺のアパートは割りと近いんです。終電もかなり遅くて、ちゃんと終電ありましたし。まあタクシーでもそんなに遠くないんですよね。なんでテルさんの店なら時間気にせずいれますし……また、御堂さん潰れても送って帰れます」
「やっぱり……」
ガックリと七生は肩を落とす。
「え?」
「迷惑かけたか……」
そのままずるずるとテーブルを挟んだ前の席に座り、べたりとテーブルに顔を伏せた。
「御堂さんなんか俺に迷惑かけました?」
ちょいちょいと目の前で揺れる七生の前髪をいじる。
「途中から記憶がないけど朝起きたらベッドにいた。という事はお前が連れて帰ってくれたんだよな」
顔を薄く上げてちらりと前髪の隙間から圭を見上げる。
「別に御堂さん一人連れて帰る位はなんでもなかったですよ……まあ、ギターより重かったですけど。俺長期の休みは引っ越し屋でバイトしてるから力はあるんで大丈夫です」
「すまん」
「謝らないでいいですよ……それに言って貰えるなら感謝の言葉がいいです」
圭も顔を伏せるギリギリまでテーブルに顔をつけ、目線を合せて「ね?」と首をかしげる。
「……ありがとう」
モゴモゴとくぐもった声が圭の耳に届いた。
「どういたしまして」
「あと、……なんか変な事、言わなかったか?」
言いにくそうに会話を続ける。
「変なこと?」
「言ってないなら、なんでもない」
「別になにも……」
俺を『ヒロキ』って呼んだだけです。
それって変な事ですか?
そう言いかけた口を閉じる
多分、それを言ったかどうかを確認しているのだろうから。
……教えないよ。
んなの最初から、負けてるのに。
「それよりいきなりスイッチ切れたみたいに寝ちゃってびっくりしました」
「ああ、皆に良く言われる」
安心したのか七生は顔を上げ笑顔を浮かべた。
「ああそうだ」
そして、おもむろに立ち上がると部屋の隅に置いてあったキャビネットからカードキーを出し、圭の前に置いた。
「なんですか?」
「この部屋の合鍵。またこんな事あったら困るから、持ってろ」
「持ってますよ?」
「それは事務所に預けてるやつだ。お前のじゃない。良介に返せ」
「ああ、確かに。……わかりました。付き人がわりに」
「……んなんじゃ、ねえよ」
ムッとした顔で唇をとがらす。
やっぱり可愛いが過ぎるとつい笑いたくなるのをぐっち我慢する。
「圭、俺はお前とやりたくてHEARTYBEATをはじめたんだ。だから矢作さんが俺をメインにしたいという方針にどうしても反発してしまう」
「でも戦略としてはそれでいいんじゃないですか?」
大人達は『HEARTYBEAT』を売りたいのだ。御堂七生を売りたいのだ。いくら七生が圭を使いたいと言っても大人達としては確実に売れる方向で行きたいのだ。デビュー曲、一枚目のアルバム、初めてのライブ、それが成功して碧川圭の名前もある程度知られれば次の戦略として圭がメインの曲で行くのもあるかもしれないが今は博打にしか過ぎない。
「……俺はお前の声を使いたい」
ふいに、七生はまっすぐに圭の瞳をみた。
射ぬくような眼差し。
いつもは猫のようにくるくる変わるが今は圭だけを見ている。
「……どこといって特徴のない声ですけどね」
気づいていない振りをしてのんびりとした声で圭は返事をし、ふわりと笑った。
七生は圭の向こうをみている。
同じ声の持ち主を。
「俺にとっては唯一無二の声だ」
きっぱりと言い切る。
「……ありがとうございます」
キリッと圭の胸の奥が傷んだ。
七生にとっての唯一無二の声の持ち主は、本当は圭じゃない。
そう、わかっている。
コンシェルジュに頭をさげ、良介から預かった鍵で五階まで行きピンポンとチャイムを鳴らすとそっとドアが開いた。
「おはようございます」
そこには爽やかな笑顔を浮かべた圭を唇をへの字にして上目遣いで見る七生がいた。
「準備できてます?すぐ行けます?」
「……入って、コーヒー飲んでけ。もう少しかかる」
くるりと身体を回転させて七生はさっさと部屋に入った
起きてなかったらまずいよなとかなり時間に余裕を持ってきたので、圭は素直に玄関をくぐった。
リビングには美味しそうなコーヒーの香りが広がっている
「砂糖とか、いるか?」
「いや、ブラックで大丈夫です」
ダイニングテーブルについた圭の前にマグカップに注がれたコーヒーが置かれた。
「テルさんとこのコーヒーを分けてもらってるんだ。この前は酒しか飲まなかったけどあそこ昼間もやっててコーヒーもうまいんだ」
「料理も美味しかったです」
コーヒーを一口、口に含む
酸味の中に甘い香りが広がり朝に合う味だった。
「おいしいですね」
「だろ?あ、いくらだった?払うから」
頭を掻きながら気まずそうに目線をはずす。
「大丈夫ですよ。びっくりするくらい安かったです」
「……一応俺年上だし、社会人だし、出させろ」
年上の社会人が、酒に負けて爆睡とか。
可愛いが過ぎると思うんだけど。
しみじみと思いにっこりと笑顔をつくる。
「じゃあ次二回おごってください。テルさんの店で」
「あそこでいいのか?」
「言いそびれましたがここと俺のアパートは割りと近いんです。終電もかなり遅くて、ちゃんと終電ありましたし。まあタクシーでもそんなに遠くないんですよね。なんでテルさんの店なら時間気にせずいれますし……また、御堂さん潰れても送って帰れます」
「やっぱり……」
ガックリと七生は肩を落とす。
「え?」
「迷惑かけたか……」
そのままずるずるとテーブルを挟んだ前の席に座り、べたりとテーブルに顔を伏せた。
「御堂さんなんか俺に迷惑かけました?」
ちょいちょいと目の前で揺れる七生の前髪をいじる。
「途中から記憶がないけど朝起きたらベッドにいた。という事はお前が連れて帰ってくれたんだよな」
顔を薄く上げてちらりと前髪の隙間から圭を見上げる。
「別に御堂さん一人連れて帰る位はなんでもなかったですよ……まあ、ギターより重かったですけど。俺長期の休みは引っ越し屋でバイトしてるから力はあるんで大丈夫です」
「すまん」
「謝らないでいいですよ……それに言って貰えるなら感謝の言葉がいいです」
圭も顔を伏せるギリギリまでテーブルに顔をつけ、目線を合せて「ね?」と首をかしげる。
「……ありがとう」
モゴモゴとくぐもった声が圭の耳に届いた。
「どういたしまして」
「あと、……なんか変な事、言わなかったか?」
言いにくそうに会話を続ける。
「変なこと?」
「言ってないなら、なんでもない」
「別になにも……」
俺を『ヒロキ』って呼んだだけです。
それって変な事ですか?
そう言いかけた口を閉じる
多分、それを言ったかどうかを確認しているのだろうから。
……教えないよ。
んなの最初から、負けてるのに。
「それよりいきなりスイッチ切れたみたいに寝ちゃってびっくりしました」
「ああ、皆に良く言われる」
安心したのか七生は顔を上げ笑顔を浮かべた。
「ああそうだ」
そして、おもむろに立ち上がると部屋の隅に置いてあったキャビネットからカードキーを出し、圭の前に置いた。
「なんですか?」
「この部屋の合鍵。またこんな事あったら困るから、持ってろ」
「持ってますよ?」
「それは事務所に預けてるやつだ。お前のじゃない。良介に返せ」
「ああ、確かに。……わかりました。付き人がわりに」
「……んなんじゃ、ねえよ」
ムッとした顔で唇をとがらす。
やっぱり可愛いが過ぎるとつい笑いたくなるのをぐっち我慢する。
「圭、俺はお前とやりたくてHEARTYBEATをはじめたんだ。だから矢作さんが俺をメインにしたいという方針にどうしても反発してしまう」
「でも戦略としてはそれでいいんじゃないですか?」
大人達は『HEARTYBEAT』を売りたいのだ。御堂七生を売りたいのだ。いくら七生が圭を使いたいと言っても大人達としては確実に売れる方向で行きたいのだ。デビュー曲、一枚目のアルバム、初めてのライブ、それが成功して碧川圭の名前もある程度知られれば次の戦略として圭がメインの曲で行くのもあるかもしれないが今は博打にしか過ぎない。
「……俺はお前の声を使いたい」
ふいに、七生はまっすぐに圭の瞳をみた。
射ぬくような眼差し。
いつもは猫のようにくるくる変わるが今は圭だけを見ている。
「……どこといって特徴のない声ですけどね」
気づいていない振りをしてのんびりとした声で圭は返事をし、ふわりと笑った。
七生は圭の向こうをみている。
同じ声の持ち主を。
「俺にとっては唯一無二の声だ」
きっぱりと言い切る。
「……ありがとうございます」
キリッと圭の胸の奥が傷んだ。
七生にとっての唯一無二の声の持ち主は、本当は圭じゃない。
そう、わかっている。
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