白い神子と黒い騎士

いちる

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ベイドムール。

 商人の街、らしい。
 人も多いし店も多い。
 路面店もあるけど、屋台や市が立っている場所もある。
 王都が東京ならここは大阪みたい。
 賑やかで華やかでどこか猥雑な活気溢れる街。

「賑やかな街ですね」
 辺りを見回しながら言うとレイルさんが
「いつも賑やかなんだけど、今日は特に月に一度市が立つ日なんだよ。だからいつもより賑やかかもね」
 と説明してくれる。
「ベイドムールはいつもこうだ。ここの住人は落ち着きが無い」
 吐き捨てるように言うシオンに
「活気があるというんだよ。シオン」
 レイルさんがあしらう様に答えた。

「まずはカイエンの店を探す」
 シオンは少しウンザリした様子で辺りを見回した。
 でもほんわか薄ら笑いは忘れていない。
 王都からかなり離れた街だからシオンを直接見た事がある人は少ないみたいだけど、魔電紙と呼ばれる新聞みたいな雑誌みたいなインターネットみたいなこの世界の情報誌でよく特集されるらしくてシオンの顔は有名らしい。
 今日はいつものあのいかにも「神子様」然した格好ではなく白を基調とした旅人の出で立ち。
 レイルさんは黒を基調としてるし僕はグレーを基調としている。
 要は三人で「あんまり目立ちたくはないんだよね」というオーラを醸し出していた。

 レイルさんの黒は通常通りだけど。

 でもやっぱり「あれ、シオン様じゃない?」ってうっとりとした視線とヒソヒソ声が聞こえるし、ご年配の方はありがたやーってシオンを拝んでいる人までいる。

「シオンを拝んだらなんかいい事あるの?」
「…まあ、今、神に一番近い位置にいるから、拝みたくなるんじゃない?綺麗な顔してるから見ているだけでも幸せになるって評判だし」
 カイエンさんという人の店を探してキョロキョロしながら歩いているシオンを見ながら僕はそっとレイルさんに耳打ちした。
 あれか、推しを「尊い」とか言っちゃうやつか。
 そしてシオンをさらっと「綺麗」とか言っちゃうレイルさんに少々落ち込む。
 はいはい。
 わかってますとも。
 それでも耳打ちした僕にふんわり柔らかい笑顔で答えてくれるから好意は持たれていると思いたい。

 そもそも、シオンくらい魔力というかそういう力があるなら探している店なんてすぐ見つかりそうなのにブツブツ言いながら大通りにでたり、路地に入ったりしている。
 僕は呑気にその背中に着いていきながらも通りすがりの店でウインドショッピングを楽しんでいた。

 シオンが四つ角で立ち止まって何か考え事を始める。
 どちらに行くか考えているらしい。
 僕はそこにあった店先の品物に何気なく視線を移した。
 宝飾品の店らしく、指輪やブレスレットなんかが並んでいる。
 店頭は比較的安価な商品みたいだけど奥はもっと高級品が並んでいるみたい。

 僕はそっと耳のピアスに触れる。
 レイルさんからもらったピアス。
 GPS的な機能があるって言ってたけど、僕にはそれ以上のお守りだ。

 何かお礼をしたいなあと思う。
 それがお揃いならいいなあとも。
 指輪は…剣を持つ手には邪魔だろう。
 ブレスレットやネックレスは何かあったら引きちぎれそうで危ない。
 そう考えればやはりピアスって有能だなあ。
 いつでもつけていられる。

 品物を見ながらぼんやり考えていると
「何か欲しいものあるの?」
 とレイルさんが話しかけてきた。
「いえ、アメリアさんが婚約式ではアクセサリーの交換をするのが本当だって言ってたから、僕も何か準備するべきだったかなって」

 ああ、そんな事、とレイルさんはふんわり笑った。
「あんな騙し討ちみたいな式、ハルはいるだけで良かったんだし、むしろ怒ってもいいくらいだったんだよ。気にしないで」
「いや、でも」
 僕があげたいんだ。
 レイルさんは本当に気にしないでと首を傾げた。
 確かに僕はお金も持ってないからなんにも買えないけど、今は無理でも、そのうち。
「また、別のピアスも買ってあげるね。ハルは可愛いから飾り甲斐がある。母もリリー様も騒いでいたからこの旅から帰ったら期待していて」
 そういう事じゃないんだけど。
 どうしてこういう時は思考が伝わらないのか。
 もどかしい思いを呑み込み僕は頷いた。
「はい」
 ん、いい子と頭を撫でられる。

 いつかお揃いのアクセサリーをと未練たっぷりの視線をアクセサリーに送っているとシオンが言った。

「解けた。こちらだ」

 四つ角をさっさと宝飾店とは逆の道に歩き出す。
「行こう」
 レイルさんの腕を腰に巻かれそのままシオンの背中を追おうと一歩踏み出す。
 と。

 今まで明るい街角にいたはずなのに、次の瞬間僕たちはおどろおどろしい廃墟のような建物の前にいた。

『カイエンの店』

 朽ち果てた看板に書いてある文字はかろうじてそう読めた。
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