叶わぬまでも夢にいて

いちる

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洗濯物はエルフ達が仕事に行く前に交代で干してくれるから問題はなくて、イチバンも「白雪が来る前はこうしてましたし。料理作って下さるだけでも助かります」と居候の俺に気を使わないように言ってくれる。
 外に出ることも、窓辺に近づくことも禁じられて料理と掃除とあとは部屋の中で刺繍をしたり、繕い物をしたりする毎日だった。

 最近の俺はいつまでもここにいるわけにもいかないと結構真面目に将来を考え始めた。
 現妃(おかあさま)は今は俺しか狙ってこないけれど、いつエルフ達にまでその火の粉が飛ぶかわからない。
 なんなら俺をいぶり出すために、この森に火をつけるとかもやりかねないからな。
 傷、やっぱりそのままにしててもらえば良かった。
 すっかり治った頬を撫でる。
 イチバン曰く、心は綺麗でもない普通の俺だから、顔に傷さえついていれば鏡に気づかれることもないと思うし。
「痛っ!」
 シーツのほころびをなおしていた俺はぼんやりとしていて、その針を思いっきり人差し指に刺してしまった。
 ぷっくりと血が溢れる。
 慌てて口に運び俺は血を止めるために舐めた。

 血か…
 前妃(おかあさま)に似ていなければよかったのかなあ…
 口に広がる鉄の味に眉をひそめながら俺は城にあるであろう釣書の中身を思い出す。
 ましだと思える相手、いたかなあ…

 と。
 トントンと扉を叩く音が聞こえた。
 この家は現在完全警備で、イチバンが認めたモノじゃないと入れないようになっている。
「はい」
 まあ、基本的に尋ねてくる人なんていないんだけど。
 でも。
 返事をしたらそっと扉が開いた。
 二週間ぶり位に狩人が顔を出す。
 狩人はイチバンに認められているらしく扉を開けることが出来た。
「狩人!」
 俺は縫い物をテーブルに置くと、狩人に駆け寄った。
 近づくかどうしようかと迷っている風の狩人にぎゅっと抱きつく。
「わーい、久しぶり!来てくれないから、なんかあったかと思ってた」
「いや、この前お前に悪いことをしたから、ちょっと顔を出せずにいた」
「悪いこと?」
 俺は狩人を見上げながら首をかしげる。
「ああ、俺がいるのに怖い目に遭わせた」
 申し訳なさそうに、狩人は言う。
 あ、そっちか。
 終わりにされそうになったことかと思ったよ。
「平気。ほら、髪の毛も、案外可愛いでしょう?」
 狩人が切りそろえてくれた髪の毛も、手入れがしやすくて気に入っている。
 ぱさりと手で払えば、狩人が目を細めて眩しそうに俺を見る。
「これ、土産だ」
 渡されたのは鹿の肉と、カゴ一杯のリンゴ。
「わあ。最近干し肉ばっかりだったから皆喜ぶよ。ステーキにしちゃおうかな」
 俺は肉を受け取り、早速台所の保存箱に肉をしまう。
 
 そして、狩人に差し出されたかご一杯のリンゴを受け取り、俺はじっと思案する。
 真っ赤なリンゴ。
 つやつやしていて美味しそう。

 一つ、手に取り、かごをテーブルの上に置く。
「リンゴ。最初に狩人が俺にくれたのもリンゴだったね」
「ああ、そうだな。助けてくれたお礼にお前が何を喜ぶかわからなくて」
 城では孤独な毎日だった。
 使用人の皆は良くしてくれたけど、父王は現妃(おかあさま)の顔色を見て過ごし、弟や妹に近づけば現妃(おかあさま)に何を言われるかわからないから遠巻きに眺めるだけ。
 幸せそうな『家族』を見るのも嫌で空いた時間には城の図書館で本を読むかこの森の入り口付近で動物たちと遊ぶか、だった。
 あの日、森の入り口で倒れている狩人を見つけたとき、家族になってくれないかと思ったのだ。
 熊や小鳥は家族にはなってくれないからさ。
 でも。

「俺、邪魔?」

 綺麗なリンゴ。
 でも、このリンゴは。

「……白雪?」

 狩人と現妃(おかあさま)は知り合いのようだった。
 俺が知らない事を現妃(おかあさま)は知っているようだった。

「このリンゴ、食べたら、狩人は嬉しい?」
「え?ああ。お前のために採ってきたからな」
「そう」
 カゴ一杯のリンゴ、この一個だけ、呪いが掛けられている気配がする。
 狩人がこれを持ってきたと言う事は……
「ありがとう。狩人。大好きだよ」
 それだけ言うと、俺はリンゴを一かじりした。

 甘酸っぱい味が口の中に広がって胸が苦しくなる。

 ことり。
 俺の手からリンゴが落ちる。

「白雪?」
 狩人が様子のおかしくなった俺を抱きとめようとする。
 けど、俺はその手を振り払った。

「いいよ。もう本当に、死なないとイチバン達にも迷惑がかかる…」

 現妃(おかあさま)は狩人に今度は直接手を下すように命令したに違いない。
 この毒リンゴを食べさせて俺を殺せと。
 俺が死なないと、狩人にももっと迷惑がかかる。
 俺は膝からゆっくりと崩れ落ち……

「白雪!白雪!このリンゴ?」
 狩人が倒れた俺を抱きあげる。もう、手を振り払う気力もないや。

 意識が闇に染まる。
 やっと、死ねる、これでみんなに迷惑を掛けずにすむ、と安堵した。
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