叶わぬまでも夢にいて

いちる

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その辺りからはしばらく、俺は家から出ることもなくぼんやりと過ごしていた。
 元々出かける先なんてないんだけど、庭に洗濯物を干すことも許されず軟禁状態。
 そりゃ、命狙われてるんだ、みんなが心配するのはわかる。
 以前は週に一度しか来てくれなかった狩人が二、三日に一回来てくれるようになったのだけが嬉しい事かな。

 で、その狩人が洗濯物を干す姿を窓から眺めているときに、事件は起きた。

「生きていたんだねぇ、白雪」
「え?」
 気づけば目の前にあの魔女が、いやいや、現妃(おかあさま)がそこにいた。
 さすが魔法使い、気配を察知させない魔法を掛けているのかよ。
 怖くて窓から室内に身を引こうとしたが、魔女は俺の髪の毛を掴んだ。
「黒檀の髪の毛など、こうしてくれる!」
 手に持った櫛で魔女は俺の髪を梳く。
 そこから、じゅうっと、髪の毛は解けてちぎれてしまう。
「な、何を!」
 肉の焦げる匂いが自分からする。
 騒ぎに気づいた狩人が近づいてきて魔女を捕らえようとした。
「貴様! 白雪に何を!」
 狩人が魔女の手を掴もうとしたが、先に俺の腕を掴んだ魔女が櫛の歯を俺に向け襲いかかる。
 カッと、頬に焼けるような痛みが走り、触ればどろりと生暖かい感触が頬を濡らしていた。
「白雪!」
 狩人が魔女を払い、拘束を試みているが暴れる魔女を上手く捕らえられないようだ。
 まあ、一応、一国のお妃様だもんな。
 万が一狩人が彼女に傷をつけたり最悪殺める事があれば狩人もどうなるかわからないし。
「やめろ!はなせ!」
 魔女が呪文を唱える気配がする。
 が、ふと、魔女は狩人をまじまじと見、何かに気づいたみたいに、にやりと笑った。
「…貴方は…」
「え?」
 押さえ込もうとしていた狩人の力が緩む。
 その瞬間、魔女は詠唱を唱え、姿を消してしまった。
 しばらく呆然とする狩人だったが、俺の怪我を思い出したのか、家の中に入ってきてすぐに治療用の薬が入っている棚から薬を持ってくる。
 俺は窓辺に置いた椅子に座って手を染めた鮮血を見ていた。
「白雪、大丈夫か!」
「…初雪に落ちた血だねえ」
 きっと今俺の頬は誰よりも美しいに違いない。
 誰も踏んだことのない処女雪に滴る赤。
 俺の名前の由来でもあるし。
 黒檀の髪の毛は切られてしまったんだけどさ。
「馬鹿か」
 狩人は丁寧に俺の頬の血を拭ってくれ、消毒薬を塗ってくれる。
「取りあえず応急処置だ。エルフにきちんとなおして貰わなければ」
 されるがままになりながら俺は先ほどの光景を思い浮かべる。
 現妃(おかあさま)は狩人を知っていたみたい。
 この前事故に見せかけた俺の殺害を頼んだ時に顔を見たのかもしれないのかな、と思ってはみたが、でもそんなの直接現妃(おかあさま)が依頼なんてするわけないし。
「ねえ、狩人」
「なんだ」
 軟膏を塗って、ガーゼを貼ってくれれば、次は髪の毛だなと狩人はハサミを探して立ち上がった。
「…お母様と知り合い?」
 俺が訊いた一言で、狩人の動きが止まる。
 何かに逡巡して、口を開いた。
「…そんなわけあるか。お前の心臓のやりとりは、従者としかしてない」
「…だよね」
 でも、さ。
 狩人だって、呼びかけられて動きを止めたから逃がしたんじゃないの、と思う。
「髪の毛どうする?一番短い部分で揃えると、顎辺りになるぞ」
 話題を変えるように狩人が俺に尋ねた。
「うん。それで揃えてくれる?…髪の毛なんて伸びる物だから、たまには違う髪型にするよ」
「ああ」
 ハサミを探してきた狩人は俺の横に腰を落とすとしゃきり、と耳元でハサミを使った。
 ずっと伸ばして久しいから散髪でこんな位置で音がするなんてなかったな。
「…せっかくの綺麗な顔と綺麗な髪が」
 切り終わると狩人は俺の頭とガーゼ越しに傷を柔らかく撫でた。
 そのまま狩人の顔が近づき、唇が重なる。
 俺は目を閉じてそれを受け入れた。
 いつもの挨拶代わりのキスだと思ったから。
 でも一瞬唇が離れたと思ったら、もう一度重ねられ、今度は舌先が俺の唇に割り込んでくる。
 え?
 いつもの軽い触れ合いのキスではなく、大人の、それ。
 驚いて身を引こうとするが狩人の手は俺の頭をやんわりと押さえて離さない。
 思ったよりも熱い狩人の舌が俺の口内に侵入する。
 歯列を一つずつなぞられ、上顎を奥まで舐められる。
 逃げようとする舌を絡め取られ、ぴちゃぴちゃと上がる水音に俺の下腹部に切ない熱が篭もり出す。
 頭を押さえられていた手はいつの間にか俺の身体を抱きしめ、愛おしそうに、宝物の様に、俺の背中を摩る。
 ついでに尻も。
 狩人にどうして火がついちゃったかなんてわからないけれど、大人のキスをしたからにはこのまま絶対…と思っていたら。

「白雪、すまん」

 と、濃厚にお互いを味わい、名残惜しく離れた唇で開口一番、この台詞。

「はい?」
「…俺は、お前の傍にいる資格はないんだ」
 なんて、申し訳なさそうに言われてしまった。
 いや、今キスしたよね?
 深いの!これ、俺のファーストキスだし!
 なんなの?
 初物だけ奪って、終わりにしようとするわけ?この人。
 魔女に襲われたのも相まって何を返していいかわからないくらい頭を混乱させていると、狩人はふわりと俺を横抱きに抱き上げた。
「仕事中だろうがエルフを呼んでくる。治癒魔法を掛けて貰おう。お前の顔に傷を残すわけにはいかないからな」
「…傷があれば、この国一の美人じゃなくなるから、もう狙われないよ」
「鏡は外見だけじゃなく、内面も見ているはずだ。…仮に傷が残ったとしてもお前のこの国一の美しさは変わらない」
 はあ…
 俺は、ぼっと、頬を染めた。
 狩人からなんだか最大の賛辞を貰った気がするよ。
「取りあえず、眠っていろ。絶対家から出るなよ」
「…別に今だって出たわけじゃないし」
「ああ、ちょうど洗濯物で視界が遮られてしまって。気づくのが一瞬遅れて本当にすまなかった」
 布団にぱふんと落とされてちゅっと、額にキスが一つ。
 安心したのか俺は猛烈な睡魔に襲われた。
「おやすみ、白雪、いい夢を……もっと……」
 狩人の優しい声も最後まで聞き取れず、俺はそのまま眠り込んだ。




 ふわふわとぼんやりする意識の中で、頬がじんわり暖かくなったのを感じる。
 ああ、イチバンの治癒魔法かな。
「髪の毛も戻せますけど、どうしますか?」
 イチバンが誰かに訊いてる。
「伸びるから切ってくれと言ってたから、そうこだわりはないんだと思うが」
「…強がっているだけでしょう。かわいそうに」
 ああ。
 どうやらイチバンが戻ってきてくれて、狩人と話をしているみたい。
「そもそも、貴方がいたのに、どうして襲われるんですかね」
 イチバンの声が怒っている。確かに、狩人が頻繁に来てくれるようになったのは多分俺の護衛も兼ねてるんだろうなあと思っていたから。
 その護衛に失敗したんだから、イチバン、怒りたくもなるよな。
「ちょっと、どうしていいか考えていたら、ぼんやりしてしまって。洗濯物で白雪が影になたのに気づかなかった」
「…何をどうするんですか」
「白雪だ」
「どうしたいんですか」
 イチバンは言い淀む狩人に詰め寄る。
 うん、俺も訊きたいからまだ目を開けないようにする。
「…俺とは釣り合わないだろ?こんなに綺麗で…心も綺麗で…」
 狩人の台詞に、はあ、とイチバンはため息をつく。
「見た目はともかく、心は普通の男の子で綺麗も何も普通だと思いますけどね」
 ん?なんか、今、ちょっと馬鹿にされた?まあ、いいか。
「…まあ、めちゃくちゃいい子ですからね。確かに貴方にはもったいない。こんなところで十年もぐずぐずしている優柔不断男には」
 ああ、すっかり目を開けるタイミングを逃している、俺。
「いいかげん腹をくくったらどうですか。ぐずぐずしていると誰かに取られちゃいますよ。白雪」
 どうしよう、目を開けようか、どうしよう。
 悩んでいる表情が浮かんだのか、そっとイチバンの手が俺のまぶたを覆ったのを感じる。
「…治癒魔法を浴びてちょっと体力が減っています。もう少しお休みを。白雪」
 ああ。
 意識が封じ込められて、またうとうとと俺はまどろみ始める。
 残念。
 もう俺の話題は終わりなのかな。
 
 ほんわりと、夢の中に引き込まれる。
 せめて、狩人といちゃいちゃした夢が見られたらいいなあ、なんて思いながらおれはその柔らかい感覚に包み込まれた。
 さっきのキスの続きとか。
 狩人の傍にいることが俺だけの願いで、それは叶わない思いでも。

 夢に貴方がいてくれたら。






 その日からぱったり狩人は姿を見せなくなってしまった。
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