叶わぬまでも夢にいて

いちる

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そんなこんなで思わぬ失恋?をして一ヶ月。
 現妃(おかあさま)のお見合い攻撃をのらりくらりとかわすことに疲れた俺は癒やされようと森の中、入り口近くの倒れた木に座り、小鳥がさえずったりリスたちが餌を食べているところをぼんやりと見ていたら、狩人が大きなイノシシを担いでやってきた。
 仕留めたばかりか、新鮮な血のにおいがするし、狩人自体にもあちこちに血が付いていた。
「……自分の血じゃ無いよね?」
 心配して駆け寄ると『汚れるから近づくな』とばかりに、ふっと身体を引かれる。
「そこまで下手では無い」
 狩人は苦笑いを浮かべて言うと、どさりとイノシシを地面に投げるように置いた。
「これは、白雪だ」
「はい?」
 俺?
 どういうこと?
 俺は首をかしげた。
「俺、いつも、綺麗って言われていたけど、イノシシだって言われたのは初めて」
 その新鮮な響きにちょっと浮かれて返事をすると恨めしそうな顔で狩人は俺を見て、大きなため息をついた。
「……昨日、お妃の命を受けたとか言う従者が俺を訪ねてきた。白雪を殺せと。森の動物と間違って殺したことにすれば罪は問わないと。一国の王子が護衛も付けずにふらふら出かけている方が悪いらしいぞ」
「はあ」
 ああ、そういうこと。
 珍しく一気にしゃべる狩人に俺はまともな返事も出来ず、呆れた様な吐息を漏らすだけだった。

 現妃(おかあさま)とうとう実力行使か……

「白雪……」

 狩人が俺の頬に手を伸ばす。
 固まった俺を撫でようとしてくれたんだと思うけど、その手にイノシシの血が付いていることに気づいて数センチ手前で止まってしまった。
「狩人」
 俺はその手を迎えに行き、自分の頬に寄せた。
 銃を握る無骨な手は硬くて生臭いけどとても暖かくて優しい。
 イノシシの血がついても、だからなんだ。
 このイノシシは『俺』なんだから。

「殺せばいい。キミに殺されるなら本望だ」
 そのままぼふりとその厚い胸板に身を任す。
 俺は少し疲れてきた。
 この国で一番美しく生まれてきただけで、どうして命を狙われるんだ。
 しかも仮にも母親に。
 もっとさ、生かして政略結婚に使うとかあるだろう?
 あ。
 ……あるからこその、あの釣書か。
 それに逃げ回っているんだから、目の上のたんこぶだな。

「バカか。だから、こいつを代わりに仕留めてきたんだろうが」
「え?」
「イノシシの心臓をお前のだと偽り従者に渡す。しばらくはそれで誤魔化せるだろう」
 すっと、狩人の手が俺の頬を撫で、首筋まで、やんわりとその指が落ちてくる。
 ついでに耳たぶをかすめれば、俺の頬が軽く上気する。
 見上げたら狩人の目の奥に熱を持った色が一瞬見えたけど、それはやっぱり一瞬ですぐに俺を親戚の子どもを見るような視線にかわった。

「……そうか。ありがとう」
 こんな風に触ってくれるのに、まだ恋愛対象ではないのか。
 俺、そんなに魅力無いのか、狩人からすれば子どもなのか。
 華奢だから狩人のアレが受け入れられないと思われているのか。
 狩人のアレ、大きそうだもんな。
 今日からご飯をたくさん食べて、熊には相撲の相手をしてもらおうかな。
 心の中で自問自答していれば狩人は俺の身体をやんわりと引き離して、俺を見つめ返してくれた。
「で、白雪、お前、城に帰るわけにはいかないだろう?」
「そうだね。死んでるのにのこのこと帰るわけにはいかないよね」
「森の奥にエルフが住んでいるだろう?」
「うん。ここはエルフが守っている森だからな。倒れていたキミを助けてくれたのも彼らだし。たまに会ったら果物をくれたりする」
「そこで暮らせるように話をつけている」
「は?」
 俺の疑問には答えをくれず、狩人はちょっと待ってろと言ってイノシシを捌き始めた。
 内臓からは心臓を切り分け、皮なんかも綺麗に剥いで、食用にするようだ。
 何束かの小分けの肉の塊を作ると、「行くぞ」と歩き始めた。

 小一時間も歩いた頃、こぢんまりとした、でも明るく清潔そうな家に着く。
 この森に通って10年経つけどここに来たのは二回目だ。
 一度目は狩人を看病したとき。
 子どもの足だから今より随分と時間がかかったけれど、俺は毎日通ったな。
 森の入り口から結構遠いから俺はここには近寄らない。大体用があればエルフ達が会いに来てくれたから。
 家は留守っぽいけど狩人は気にせずに中に入って、持ってきた肉を台所の調理台に置いた。
「勝手知ったるって感じだね」
「まあな。仕留めた肉を分けたり、あいつらが掘った宝石のくずを分けて貰ったりで割と交流があるからな」
「……エルフと仲いいんだね」
 俺の事はやんわり拒否するくせに。
 そんな物々交換をするような仲だなんて。
 心の奥がチクリと痛む。
「何を言ってるか良くわからんが、お前の事はもう頼んである」
「居候を?」
「そうだな。代わりにこの肉と……「俺、狩人と暮らしたい」」
 言いかけた狩人の言葉を遮り俺は狩人にねだった。
「エルフの家に住もうが、狩人の家に住もうが変わらないよね?」
「…俺の家は…無理だ」
 狩人はぶんぶんと首を振る。
 そんなに拒絶しなくてもいいんじゃない?ってくらい。
「どうして?」
「……猟銃とか危険な物が沢山あるし、仕留めた獲物の解体途中のとか」
「俺、そんなのをいたずらするような子どもじゃ無いし」
 ぷくっと膨れてみるが、狩人はじっと俺を困った顔で見るだけで返事はしない。
 なんだよ。
 子どものわがままには付き合えないって?
「俺の事、嫌い?」
「嫌いじゃ無い」
「じゃあ、好き?」
「それは……」
 狩人はますます困った顔をして俺から視線を外す。
 ちっ。
 今日のところはおとなしく引いておくか。
 困らせて嫌われるのは本望じゃないし。

「ふわああああ」
 歩かされて疲れた俺は大きなあくびをした。
 深窓の令息だからな。
 俺の体力はダンスやピアノを弾くためにしかないんだよ。本来は。
「おい」
「……疲れた。眠い」
 ぽすん、と、俺は狩人の胸に寄りかかった。
「白雪」
「エルフが帰ってきたら挨拶するから、起こして」
「……仕方ない奴だ」
 ふわりと狩人が軽々と俺の身体を抱え上げる。
「寝るなら寝台を借りるか。俺も風呂を借りたいしな」
 もう俺は半分以上夢の中で、ゆらゆらと狩人の心地よいゆりかごに揺られていた。
 ぽふっと柔らかな布団に寝かされると急速に落ちてゆく。

 唇にちょっとかさついた何かが重ねられた気がしたけれど、あんまり深くは考えられなかった。
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