叶わぬまでも夢にいて

いちる

文字の大きさ
上 下
1 / 14

1

しおりを挟む
「鏡よ、鏡。この世界で最も美しいのは、誰?」
『それは……』


「起きろ、お前ら。いつまでも惰眠を貪ってるんじゃねえ!」
 俺は毎朝のお約束通り、この家の主達を起こし始める。

 ここはおとぎ話の国にある、大きな森の深い部分。そこに七人のエルフが住んでいるこぢんまりとした家の寝室だ。
 寝室は七人共通、あとは台所と居間と食堂があって、ちょっと年かさのエルフ……「ちょっと」と言っても多分百歳は超していると思われる上の二人は仕事で使うらしい個室があるけど、残り五人は特に部屋は無い。
「そのうち作らなきゃねー」と一番年かさのエルフは言うけど見た目ちびすけ五人は特に困った様子も無い。

 このエルフの家の居候の俺は台所の隣、寝台と小さな箪笥と文机を置けば一杯になるような部屋を借りている。元は使用人部屋だと言っていたが、実は日当たりも良く質素ながら清潔感溢れる部屋だからもしかしたら誰かの個室だったのかもしれない。

 ああ。そんなエルフの住居事情は今はいいか。

「もう少し、優しく起こしてよお」
 ナナバンと呼ばれる幼いエルフが寝ぼけた声で応える。
 寝台から起き上がる気はまだ無いらしい。
「あ?この家に置いてやるのに掃除洗濯料理……全部やれって言ったのお前らだろう?お前ら七人と俺の分、八人分の家事こなすにはこの時間くらいに起きてとっとと仕事に出かけてくれないと、こなせるわけ、ねえだろう?」
 話しながら枕や寝台用の敷布を引き抜いていく。
 今日は寝台周辺の寝具を洗濯する日だ。
 明日は寝間着類な。
 仕事で着る作業服は毎日汚れるから毎日洗濯が基本。

「本当に口が悪いよなあ。黙っていればめちゃくちゃ美人なのに。本当に王族なの?」
 ロクバンと呼ばれる目つきの悪いエルフがふわあとあくびをしながら俺を睨む。
「知らないのか?王族なんて口先と腹の中で考えてること全く違うからな。俺も猫をかぶって十八年。やっと口と腹で同じ事言ってもいい自由を手に入れたわけだ」
「「ああ、あの日、僕らのベッドで寝てる姿を見つけたときは深窓の令嬢が息も絶えだえ逃げてきたと思ってたのに」」
 双子のサンバンとヨンバンが「「ねー」」と一つの布団の中でうなずき合う。
「合ってるぜ。黙っていれば美人な俺が殺されかけてここに逃げてきたんだからな」
「……逃げるの手伝った人、きっと後悔してる」
 ニバンが剥がされかかった布団にしがみつきながらぶるぶると震える。

 するとふっと頭に影がかかる。

「んなことは無いぜ」
 低音の心地よい声が俺の頭上から降ってきた。
 エルフ達と俺との朝のお約束のやりとりに、介入者が一人。
 そいつ……狩人は俺の肩を後ろから抱くと、にやりと笑いながら言った。
 この狩人が継母(おかあさま)の嫉妬で殺されそうになっていた俺を助けてこの家に連れてきた張本人。
 年齢不詳、狩猟を生業としているだけあって筋肉に覆われたたくましい身体、顔の半分を隠すひげは鬱陶しいし、いつ切ったかわからないちょっと長めの緩いくせっ毛も無造作に束ねてあるだけで、言い換えればボサボサだ。
 でも精悍な面構えの中のその瞳は深い琥珀色で、いつも俺に優しい眼差しを送ってくれる。
「この、中身と外見のギャップがいいんじゃねーか。お子様にはわからんか」
 ついでに俺の尻を一撫でして、俺から手を離す。
「うわ!……狩人!」
 慌てて尻を持っていた寝具で隠し、上目使いに睨むが、役得だろ?とかわされて終わってしまう。
 俺は首も頬も耳も真っ赤だと言うのに!

 狩人はお子様な俺をからかうのが趣味なんだ。
 わかってはいるんだけど。

「ほら、みんな、朝飯食おうぜ~」
 狩人もそう言いながら上手い具合に寝具類を引き抜いていく。
「……お前まで増えたんなら、ますますこいつらには起きて貰わないとな。お、き、ろ!」
 俺はその部屋に所狭しと並ぶ七台の寝台の掛け布団を次々に剥いでいった。
「起きましょう、みんな。きちんと白雪は部屋を温めてくれていますし、作りたての朝食も。僕たちより随分早く起きて準備してくれてるんですから」
 イチバンと呼ばれている美しく聡明な、この中では一番年長のエルフがベッドから立ち上がり言った。
 腰までの銀髪にエメラルドグリーンの瞳。
 透けるように白い肌は「白雪のような肌」と言われる俺から見ても羨ましい。
 少し尖った耳が人間とは違う種族だと気づかせるが、この世界には種族の違いによる差別は存在しない。
「おはよう、白雪」
 言いながらイチバンは俺の頬に軽く口づけをする。
 これも朝のお約束。
 すると他のエルフも騒ぎだす。
「あー、イチバンだけ、ずるい~」
 イチバンはくすりと天使のような笑みを残すと、ふわふわと食堂へと向かっていった。
「俺も~」
 他のエルフも次々と俺の頬にキスを落とすと食堂へと移動をした。
「朝からモテるね~」
 誰もいなくなるとニヤニヤと狩人が俺の頬を撫でる。
「ただのあいさつだ」
 お前はさっきキス以上に俺の尻を撫でただろう!そう言いかけると、俺の好きな低音が耳元で囁く。
「俺には無いの?命の恩人に」
「はあ?現妃(かあさま)にばれるの怖くてイノシシの心臓を騙して渡したくせに」
「お前を殺していないのがばれるのが怖いんじゃ無く、お前が生きているのがばれるのが困るだけだ。じゃないと、また狙われるだろ?女の嫉妬は怖いからな」
 いい手だと思ったけど?とまんざらでもなさそうに狩人は笑う。
 俺はその笑顔に心臓をキュンとさせて、思わず俯いた。
 
 ああ、好きなんだよねえ……
 俺は寝具を抱きしめてほうっと小さくため息をつく。

 実はこの男との付き合いももう十年。
 でもこの森のこの家ではない場所にある家に住んでいて生きていく分だけの狩猟をして暮らしている、位のことしか知らない。
 出会った頃の十年前は俺も子どもで、この男も、気の良い青年って感じだったけど、最近は笑うと少し目元に皺ができてそこがまた渋い。
「……男の嫉妬も怖いんじゃ無い?」
 実はエルフの毎朝のキスを良く思っていないことを俺は知っている。
 だっていつも苦虫を噛み潰したような顔をしているもの。
 からかっているんだって、どこかに本気が混ざっているのも知っている。

 今度は俺が狩人の頬に手を添えて、そっとつま先立ちをした。
 身長差、体格差があり、そのままでは俺は男に口付けするのに届かない。
 狩人も腰をかがめて、俺の唇を迎えに来てくれる。

 ちゅ。

 エルフ達には頬しか許さないけれど、狩人には唇を許す。
 小鳥が啄むようなキスをすると、俺は狩人から身を離した。
「食堂へ行こう。皆が待ってる」
「ああ、腹が減った。俺の分もあるか?」

 狩人はだいたい週に一度肉を持ってこの家を尋ねてくる。鹿だったり、ウサギだったり。 野菜や果物は森で採取できるが肉は俺の力ではやはり入手困難だし、エルフも通常の仕事があるため狩猟には滅多に行かない。エルフの種族は弓の名手だと聞いた事があるが本当か疑わしい。
 なので狩人のお土産は本当に助かるんだ。
 そして、狩人がいつ来ても良いようにいつも一人分多く朝食を作っている事は内緒だ。
 来なければエルフの誰かが食べるし、それでも余れば森の動物にわけてやっている。

「あるよ……その前に」
 俺は五番目のベッドに近づく。
「起きろ、ゴバン」
 ゴバンと呼ばれたエルフは敷き布団に丸まってまだいびきをかいていた。
「起きないと飯抜きだぞ!」
「……」
 掛け布団を剥がし俺は怒鳴った。
「ふわあああああ。おはよ、白雪」
 やっとのことでゴバンはふらふらと起き上がると、やはり俺の頬にキスを一つ落としてふにゃりと笑うと食堂に向かった。
 まあ、毎朝のことなんだけど。
 俺と狩人は顔を見合わせると笑い合って食堂へと行った。

 そこからもやっぱり戦場で。
 パンが足りない、ミルクを溢した、ハムが一枚多い、少ないと大騒ぎして食事を終わらせ、作っていた弁当を持たせて、やっとのことで、森のさらに奥の宝石の採掘場へ向かわせる。そこがあいつらの仕事場だ。日が暮れる少し前までにちょうど良い量の宝石を持って帰り、週に一度イチバンとニバンが街の商人や工房へと宝石を卸し金に換え、野菜と果物と肉以外の生活に必要な物を購入してくる。
 この森にはエルフとおとぎの国に関わる王族しか入れないから、この辺の宝石に関してはこいつらの独占だった。
 今までは全体的な世話をイチバンとニバンがしていたらしく、俺が来て本当に助かると毎朝しみじみとイチバンに感謝されるんだ。

「白雪。今日の夕飯ウサギ肉のシチューが食べたい~」
 ナナバンが出がけにねだるから、わかったと俺は頷いた。
 メニューの指定はありがたい。毎日の献立を考えるのは苦労するからな。

 皆が仕事に行くと俺は食べ終わった食器を洗い、汚れ物の洗濯をし、家の掃除をする。
 そうこうしているうちに夕飯の支度を始めるのだ。
 なにせ八人分。
 俺は一日中くるくると身体を動かしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

凜恋心

降谷みやび
恋愛
ある村にすんでいる雅(みやび)。特殊な力があるために親からも見捨てられていた。そんなある日、その村に三蔵一行が現れた。それが雅の運命を変えることに… 原作の最○記さんとは全く関係ありませんが、キャラ設定等は大好きな最遊○さんをパロってます。全く無関係なので誹謗中傷は受け付けません。 もしも○○なら…の『心恋凛~If...の場合』を開始いたします!そちらの章も是非お楽しみに…

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

一度くらい、君に愛されてみたかった

和泉奏
BL
昔ある出来事があって捨てられた自分を拾ってくれた家族で、ずっと優しくしてくれた男に追いつくために頑張った結果、結局愛を感じられなかった男の話

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...