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最終話
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どた!
「痛たたた」
重力に逆らえずというよりそれよりももっとひどい反動をもって背中から思いっきり地面にたたきつけられた。
なんだよ!
魔術師団長、ふんわり柔らか着地ですって言ったよな!
一瞬痛みに息が止まる。
もう死んじゃう身体なんだから、大切に扱えよ。
「うー」
でも取りあえず身体を起こす。
キョロキョロと辺りを見回すと見覚えのある場所。
塗装のはげたキリンをかたどった滑り台。
塗装のはげた象をかたどったジャングルジム。
塗装のはげたアザラシをかたどったシーソー。
塗装の…
もういい。
とにかく、ここは近所の、朝霞家の近くの公園だ。
夜の公園、ちょっと気持ち悪いけどさ。
「やった、戻った…」
手をグーパーさせて怪我は無いことを確かめて…と俺は立ち上がった。
「あ、リユイは…」
あちらを出発するときはしっかり握りしめていたはずの右手は空だ。
だから抱きついておくと言ったのになあ。
ま、皆の手前そんなわけにはいかなかったけど。
見ると5メートル先くらいに倒れている人影が見えた。
「リユイ!」
俺は駆け寄った。
■■■
王様に公開レイプされたあの日からどうなったか知りたい?
あの日王様はもうこれでもかというくらいに俺を愛してくれてね…俺もというか、実の効果で、もう、ひーひーよがりまくった。
リユイの前で。
本当にごめんって感じだったんだよね。
でも、王様が中に出して、種を実が取り込んだ途端、すっと気持ちが変わって、もう嫌だ嫌だの大号泣。
祭壇の上で盛大に暴れまくり、落ちて、右肩脱臼と、右大腿部骨折。
体力が落ちてたから、すぐには治らず三日間は絶対安静だった。
王様、大神官様にめちゃくちゃ怒られてた…
で、無事に妊娠、出産。
えーと、エロゲ設定は活きていて、俺は王様とは割と堂々といちゃいちゃと、リユイとはなんとなくこっそりといちゃいちゃして妊娠期間を過ごした。
そしてなんと俺は双子を産んだ。
榛色の髪の毛に翠玉の瞳の男の子と黒髪に翠玉の瞳の男の子。
榛色の方がお兄ちゃん認定されたみたい。
過去の文献に神子もしくは聖女が双子を産んだ記録はもちろんなかったから、皆驚いていたけど、なんだか、盛大に心当たりがある俺はもちろん黙っていた。
リユイももちろん黙っていたけど心なしか嬉しそうだった。
出産直後に会いに来てくれた王様はすごく渋い顔で俺を見たけど、榛色の方は王様にそっくりで、黒髪の方、俺にそっくりだったんだよね。
なので「よくやった」と褒めてくれて終了した。
子どもは取り上げられ俺は産んだときしか見ていない。
母乳とかでるのかな…と思ったけどそんなことも無かった。
子どもに会いたいとか、寂しくなるとかそういう気持ちもほとんど湧かず、出産後一ヶ月もしたら子に取られていた体力も戻って普通の生活に戻った。
普通って午前中は神殿で午後は治療院での仕事ね。
決して手枷足枷がある生活じゃ無いよ。
大神官様や神官長様がいうにはこれは俺が冷たい人間というわけでは無く、文献に寄れば歴代の神子や聖女がそうだったというので、多分、帰還するときに子を置き去りにするという罪悪感を湧かせないために、胎の花や実が作用しているんだろうと言う事だった。
・・・一応帰るの前提の設定なのね。
まあ、子達を産んだとき俺は19歳だったから、俺自身もまだ子どもの感覚で、子育てなんてできるのか?って感じていたから良かったと言えば良かった。
きっとフラン様をはじめ沢山の立派な大人達に立派に育ててもらえるに違いない。
なんと言ってもこの国の救世主なんだから。
子を妊娠したとき、俺のお腹にあった紋の花は一度枯れてしまった。
というか、散ってしまったんだ。
ハートをかたどったツタみたいな部分だけ残っていた。
半年も経った頃、また花の蕾が浮き上がってきた。
また妊娠できるよ、の合図だった。
二回目はさすがに前日にリユイといたすなんて事はせず、当日も王様は「儀式」として俺の中に種を渡す行為だけ行ってくれた。
また俺が暴れて怪我したら困るし、妊娠中はエロゲ設定のおかげで俺がおとなしく?いちゃいちゃに付き合うことがわかったからだ。
王様は本当に俺を愛してくれた。
フラン様やリユイがいなければ俺もきっと王様を好きになっていたに違いない、と思うくらい、かわいがってくれたんだ。
噂によると、子も黒髪の方をよりかわいがってくれているらしい。
良かった。
三人目も男の子。
綺麗な金髪の子だった。
王様のお父さんの髪の毛の色だと皆が言ってた。
で、晴れて三人産み終わり。
俺の『神子』としての大きな役割は取りあえず終わった。
後は帰るだけ。
俺の中の胎の実が枯れるのをまって(一定期間妊娠しなければ枯れてしまうらしい)、結局俺はこの国でまるっと3年過ごし、21歳になっていた。
そうそう。
俺が大腿動脈を切り裂き、死に損なったきっかけになった事、覚えてる?
そう、リユイと神官長様と魔術師団長様のひそひそ話を立ち聞きしたせいね。
あの時、師団長様が、なんと言っていたか。
『こちらから軸を連れて行ければ確実なのですが』
ようは、俺を帰す目印が元の世界に無いから、目印があれば良い、無ければこちらから誰か羅針盤を連れていけば大丈夫だということ。
そしてその羅針盤役の人の魔力を軸に俺を帰す。
でもそれはその人にとっては完全な片道切符だから、おいそれと頼めないって事だったらしい。
で、それに手を挙げてくれたのがリユイだった。
「神子様とこっちにいても結ばれないんですよ?それに、陛下には疎ましがられているし。だったら、神子様と神子様の世界に行けば、丸く収まりませんか?」
俺は驚いた。
だって、リユイを犠牲にしてまで帰りたくない、
いや、帰りたいけど。でもでも。
俺の世界だって、あまり同性同士のカップルには優しく無いし、戸籍とか社会保障とか考えると多分こっちの世界にぽわんと召喚されるより大変だと思うんだ、と説得した。
それに軸が無くても俺は取りあえず帰れるならそれで良かった。
縄文時代やアフリカに行くのもまあまあ面白いかも知れないって思い始めたところだったし。
「ご迷惑ですか?」
表情の乏しいイケメンがたまに表情筋を動かして悲しそうな顔をすると俺はぶんぶんと首を横に振るしかなかった。
「でも、リユイのお父さんやお母さんからリユイを取り上げることになるし、多分なんだかんだ言っても、王様もリユイの事好きだよ」
「養父や養母には本当に良くして貰いました。ですので最後に神子様を元の世界に送り届けるという名誉をささげたいと思います。アレックス様は…まあ私より、神子が帰ることが気に入らないでしょうね。まさか、自分が行くわけにはいきませんし。こればかりは」
心なしか嬉しそうなリユイ。
「…本当にいいの?あっち、魔法使えないよ?」
「ええ、でも科学とやらが使えるのでしょう?楽しみです。神子様と一緒なら、どこでも」
こうして俺の帰還は確実になり…
■■■
「良かった、まだ表札『朝霞』だ」
朝霞洋介、櫂、ゴロー。
ゴローは俺が油性マジックで書き足しただけど。
公園で倒れていたリユイを引き起こせば苦しそうだったし、何を言ってるかわからなかった。
俺があっちの世界に来たときみたいだった。
王子様もお姫様も取りあえずは愛する人の口づけでなんとかなるし!
俺はリユイにキスをして、気を送った。
「神子様…」
「あ、良かった、言葉通じるね。気持ち悪いのも大丈夫?」
「え、ええ。神子様も召喚されたときはこんなに気持ち悪かったんですね…」
「うん。立てる?ここ、俺んちの近くなんだ」
「じゃあ、成功したんですね」
よろよろと立ち上がる姿はめちゃくちゃ疲れてたけど、嬉しそうに笑ってくれた。
「場所はね。時間はわかんないけど」
魔術師団長は絶対の自信をもっていたけど、着地が痛かった時点で俺は若干疑い始めている。
「大丈夫だといいですね」
「うん」
3年前に来ていた高校の制服はさすがに着るのは気はずかったし(でも、きちんと取ってあったんだ)いつものチュニックなわけにもいかなくて、俺はリユイと似たようなワイシャツにスラックスという格好で向こうを出発した。
王様は寸前まで引き留めてくれたけど、俺は感謝の気持ちを伝えて、王様を一回だけハグしてお別れした。
ピンポン。
玄関の呼び鈴を鳴らす。
ゴローがわんわんと吠えている声が聞こえた。
ゴローお客さん来ると吠えるんだよね。
でも尻尾振ってるから、多分歓迎してるんだと思ってるんだけど。
「はーい。どなたですか」
父さんのちょっと間延びした声が聞こえた。
客が訪ねるにはちょっと遅い時間かもだし、寝てた、かな?
「…カイです」
「え?」
ガチャガチャと鍵とチェーンを外す音が聞こえる、と、ばっとドアが開いた。
「カイくん…」
呆けた父さんが顔を出す。
「ただいま」
それしか言葉にならなかったけど、父さんが思いっきり俺を抱きしめて…泣いていた。
俺も父さんにしがみつき、わーわー、泣いた。
リユイは申し訳なさそうに俺たちが泣き止むまで待っていてくれた。
「信じて貰おうとは思っていないけど、本当の事しか話さないよ」
キッチンのダイニングテーブルで、俺とリユイが並んで座って、その向かいに父さんが座って、取りあえずお茶を淹れてくれた。
…隠すことはあるけど。
だって、息子が妊娠して出産したとか、多分聞きたくないだろうし。
異世界に召喚されたこと。
そこでは神子と呼ばれて皆の病気を治していたこと。
3年の任期が過ぎたので帰ってきたけれど、自分だけじゃ帰れないので、リユイに一緒に来て貰った事。
「というわけです」
「信じろと?」
父さんは渋い顔で俺をみる。
「どうでもいいよ。でも真実だし。それに、じゃあ父さんは俺が何の理由も無しに家出すると思った?せっかく頑張って受かった大学の合格発表の日に、スマホも財布も全部置いてさ」
んなわけあるかと思ったけど、父さんはがっくりと肩を落として言った。
「…当時は家出じゃ無く誘拐を疑った。でも身代金の要求もないから、警察に家出だろうと言われて…」
「父さんはそんな他人が言ったことを信じるの?帰ってきた息子じゃ無く?」
「だって、荒唐無稽すぎるでしょ?異世界召喚とか」
「だから、信じなくていいって。帰ってきた事実だけ受け入れて。俺と、リユイを」
俺は、リユイを見た。
黙っていて顔色も悪い。
当たり前だ、慣れない世界だし、俺をここに帰すために持っていた魔力を全部使ってしまった。
そのせいなのかわからないけれど、リユイの瞳は濃い蜂蜜色に変わっていた。
もう魔力は無いんだ。
「父さん、リユイ疲れてるんだ。休ませてあげたい」
「あ、ああ」
多分父さんも混乱している。
聞けば今日は金曜日らしいから、今日はこれで終わりにして、明日ゆっくり話をしても良いと思う。
ああ、ちなみに、戻ってきた時間はほぼ変わらなかった、俺がいなくなって3年経っていた。
魔術師団長、グッジョブ。
「カイ君の部屋、そのままだから、使って。えっと、リユイさんは…」
「一緒に寝るからいいよ」
「え?…えっと、カイ君とリユイさんの関係をきいてもいい?」
「恋人だよ」
俺は二階の自分の部屋へリユイを案内しながら応えた。
背中で父さんが「行方不明の息子が帰ってきたと思ったら、息子さんをくださいって…こと?」と呟く声が聞こえた。
部屋は確かにそのままだった。
あの日持っていた鞄が机の上に置いてあり、綺麗に整頓されていたけど。
ベッドに放り投げていったパジャマは無かった。
当たり前か。
受験ギリギリまで使っていた参考書も、壁に貼っていたアイドルのポスターもそのままだった。
俺はクローゼットから、Tシャツとハーフパンツを出して、リユイに渡した。
大きめサイズだったから多分大丈夫だと思うけど。
「着替えて。それともシャワー浴びる?」
「取りあえず今日はもう休ませてください。すみません」
「なんで謝るの?」
「お父様にろくなご挨拶もできず」
「いいよ。初めましては言ってたから、それより、俺もごめんなさい」
「何が?」
「リユイの瞳、茶色になってる」
「え?」
俺は机の引き出しに仕舞っていた小さな鏡をリユイに渡した。
リユイは鏡をのぞき込み、薄く笑った。
「あちらとの縁が切れたようですね」
「あんなに綺麗な翠玉だったのに」
「そうですか?私はこちらの方が好きです。神子様もお父様も同じような色ですし」
「まあ、日本人的な色だよ」
黒髪だし、瞳もそうだから、リユイは「めちゃくちゃイケメンの日本人」みたいな顔になった。
「リユイ」
俺も部屋着に着替えて、ベッドに横になり手を広げた。
「神子様」
「もう神子じゃないよ」
俺の開いた腕に身体を落とし、俺を抱きしめてキスをくれる。
「カイ」
「うん、リユイ」
そのまま、俺は、リユイにひな鳥を抱えるかのように抱きしめられて、眠った。
二人でこんな風に眠るのは初めてだった。
一晩寝て、父さんは俺が帰ってきた現実を受け止めてくれたらしい。
朝食を食べながら今後の話し合いをした。
ご飯と味噌汁の朝食なんてリユイ食べれるのか?と思ったけど、なんだかおいしそうに食べている。
良かった、口に合って。
「まず、カイ君はどうしたいの?」
「大学に行って、医者になりたい」
「じゃあ、予備校に通えばいい。受験までちょうど1年だし」
「いいよ、家で勉強するよ」
「しばらくこの世界から離れていたんだから、少しなじんだ方がいい」
「うーん」
確かに。
受験の傾向変わっているかも知れないし。
「リユイさんは、二階のカイ君の隣の部屋を使って、一緒に寝るのは構わないけど、受験近くなるとそういうわけにもいかなくなるから」
俺の部屋の隣の部屋は父さんの書斎…というか、俺のマンガとかも置いてある、仕事部屋券趣味の部屋だ。
「少し片付けて、布団を後で運ぶから」
「ありがとうございます」
リユイはぺこりと頭を下げた。
「パソコンとかも使い方教えてあげればいい。リユイさん、そういうの興味ありそうだから」
「うん」
「取りあえず、この世界のこと色々知りたいだろうし、風習とか文化とか生活とか、ちゃんと教えてあげて、カイ君。剣と魔法の国じゃ無いからね」
「もちろん」
俺は深く頷いた。
俺は予備校に通い出し、リユイは父さんの書斎にある本を読んだりして過ごして一ヶ月も経った頃、夕飯の席でリユイが言った。
「働きたいと思ってます。朝霞さんのお世話になるにしても、全てと言うわけにはいきませんし」
「別にいいんだよ。リユイさん、家事やってくれてるし」
リユイは気を遣ってか、日中は家事を色々やってくれていた。
ガスの使い方も水道の出し方も掃除機の使い方も一回教えればすぐに理解してくれた。
「でも、私もそろそろ、外になじむのも良いかと思って」
「そう?」
「で、履歴書を持ってきて欲しいと言われたのですが、ちょっと悩みまして」
「ああ、学歴とかね」
「はい。あまり嘘を書くのもどうかと思います」
「え?というか、リユイ、もう働く場所決めてるの?」
「駅前のスーパーで募集していましたから」
リユイが、スーパーで、パート?
なんかもっとあるんじゃ無い?研究職とか、事務職とか。
いや、職業選択の自由はあるし、職業に貴賎は無い…けど。
リユイがスーパーの制服のエプロンをつけているところを想像すると、イケメンは何を着ても似合うという結論に達した。
「ちょうど良かった、じゃあ、僕からもちょっと提案があるんだ。あんまり気持ちの良い話じゃ無いけれど」
父さんがちょっとだけ、背筋を伸ばして言った。
「実は、カイくんとリユイさんが帰ってきたとき、やっぱり父さん、君達の話信じられなくて、警察にリユイさんの捜索願が出ていないか調べにいったんだ。結論、無かったけど」
「当たり前だよ」
「で、高校の時からの友人に弁護士がいてね、ちょっと相談してみたんだ。だって、このままじゃリユイさん、海外旅行にもいけないよ」
「行く予定はないけど…そっか、戸籍がないから」
「そう。社会保障とかも心配だよね。これから日本で生きていくのなら」
「で?」
「で、その友人が言うには、『就籍』といって戸籍を作ることが可能らしいんだ。ただ…」
「何?」
「それって、例えば身元不明の記憶喪失の人がどうしても自分を思い出せなくて…って場合なんかに作れるそうだから、まずリユイさんを記憶喪失者に仕立て上げなきゃいけない」
「医者に通わなきゃいけないのか」
「そう、で、もしかしたら精神病の病名がつくかも知れない」
何だろう。
病名がつくなら、虚言癖とか、妄言壁とかだろうか。
魔法が使えましたとか、言っちゃうもんね。
普通の記憶をなくして、ファンタジーの世界に生きていた…という設定になるんだ。
「そうですか。私は病人になっても構いません。朝霞さんやカイにこれ以上甘えるのも、と思っていましたので」
「あ。いやいや、甘えてくれるのはいいんだよ、全然。ただこの国は戸籍が無いとなんの手当も受けられないからさ」
「そうだよ、戸籍が取れれば、大学受験もできるよね?リユイ、一緒に大学に行って医者になろうよ!もともとリユイは医者だったんだし」
「それはおいおい考えますよ。カイ。取りあえずこの世界になじみたいので」
「履歴書は、ここの住所と名前も朝霞リユイでいいと思う。学歴は、小、中は書かずに『高認試験受験予定』と書いておけば?リユイさんの年齢で職歴が無いのは痛いけど、病気で働けなかったといえばこれからのことを考えれば嘘には成らないから」
リユイは少し考えて、そうします、と頷いた。
リユイは駅前のスーパーに採用されて、週に四回ほど楽しそうに仕事に行っている。
今まで仕事してなかったことをやっぱり聞かれたらしいけれど、病気でと伏し目がちに言ったら合格したらしい。
これだから、イケメンは…
俺はリユイがいる日は予備校の帰りにそのスーパーに寄るようになった。
夕飯の材料を物色していると仕事を終えたリユイが俺を見つけてくれて一緒に買い物をする。
ある日リユイの同僚の女性に「あら、弟さん?」と訊かれたリユイはにっこり笑うと、「恋人です」といきなりカミングアウトした。
その女性は一瞬きょとんとしたけれど、次の瞬間には「頑張ってね!」となぜだかうっすら涙ぐみながら俺の肩を叩いた。
尊い…と呟いていた気がするけど、どういう意味だろう。
「あのさ、リユイ。こっちでも同性のカップルはそんなにメジャーでは無いんだけど」
「そうですか?さっきの女性は休憩時間によく男性同士の名前を挙げて誰と誰が付き合ってるとか言ってますけど?」
…それは、うーん。
特殊思考かもしれないなあ。
「でも事実ですし、あまり嘘を重ねたくはないので。お嫌ですか?」
「…嫌じゃ無い」
「良かった」
次の春俺は無事に大学に合格。
リユイも父さんの友達の弁護士さんの尽力により、戸籍の取得ができた。
『解離性障害』という病名も付いてきたけれど。
朝霞利唯という名前になった。
名字が同じだけで、別に家族になったとかは無いよ。
ほぼ同じ日だったから、父さんはお祝いにと焼き肉に連れて行ってくれた。
あの日、行けなかったからね、と言いながら。
戸籍が取れた日に、リユイにやっぱり医者にならないかと聞いてみた。
夜寝る前に、ベッドで横になって俺はリユイの腕のなかでうだうだしていた。
リユイは「言おうかどうか迷っていたんですけど」とスマホのメールを開いて見せてくれた。リユイとスマホ、最初はすごく違和感があったけど、すっかりなじんでしまった・・・
「…貴作品、出版化にむけてのお願い?」
俺でも知っているような出版社からメールが来ていた。
「はあ、なんか、私が書いた話、本になるようなんですよね」
「書いた話って、リユイ、小説書いてるの?」
「はい。カイも受験で忙しそうで、何か邪魔せずにできること無いかな、ネットをさまよっていたら、以前カイが話してくれた、異世界の物語が検索できまして、これ、あっちの世界の神話とかをモチーフに書いたらいいんじゃないかと思って、少し投稿していたんですよね」
言われて検索すると、リユイ名義の話が何本か引っかかり、どれも高評価になっている。
異世界のファンタジー物。
現代高校生が好きそうな話。
でもこれってフィクションじゃ無く、ノンフィクション…
「もちろんこんなもの一過性かも知れませんので続くかはわかりませんが、書き下ろしで本を出さないかというお話も頂いていて、作家になろうかと思います」
「そっか」
「高等学校卒業程度認定試験は受けようと思います。これからどうしたいかわかりませんから選択肢は多い方がいいかと」
リユイ、なにげに色々考えて行動していたのか。
当たり前か、俺より10も年上の、大人だ。
「実は、この世界で医者になるのは少し怖いんです」
「どうして?今までやってたことだろう?」
「…図書館で医学書も読みました。あちらの世界での常識がやはり通じない部分も多くて…大きな怪我や病気にぶつかったらもうない魔力に頼ってしまいそうで」
多分そんなことは無いと思うんだけど。
「書きたい話は決まってます。プロットを立てないといけませんけど」
「どんな話?」
「異世界に召喚された死にたがりの神子様のお話…かな」
「それって…」
ふふっと笑って俺はリユイにキスをした。
「モデル料、貰うからね」
リユイの暖かい腕の中で俺はうとうととまどろみはじめる。
手枷も足枷も無く俺はリユイに絡みつくように抱きついて眠る。
死ななくて良かった。
いきなり『神子様』なんて呼ばれて戸惑っていた、死にたがりの神子は、もういない。
「痛たたた」
重力に逆らえずというよりそれよりももっとひどい反動をもって背中から思いっきり地面にたたきつけられた。
なんだよ!
魔術師団長、ふんわり柔らか着地ですって言ったよな!
一瞬痛みに息が止まる。
もう死んじゃう身体なんだから、大切に扱えよ。
「うー」
でも取りあえず身体を起こす。
キョロキョロと辺りを見回すと見覚えのある場所。
塗装のはげたキリンをかたどった滑り台。
塗装のはげた象をかたどったジャングルジム。
塗装のはげたアザラシをかたどったシーソー。
塗装の…
もういい。
とにかく、ここは近所の、朝霞家の近くの公園だ。
夜の公園、ちょっと気持ち悪いけどさ。
「やった、戻った…」
手をグーパーさせて怪我は無いことを確かめて…と俺は立ち上がった。
「あ、リユイは…」
あちらを出発するときはしっかり握りしめていたはずの右手は空だ。
だから抱きついておくと言ったのになあ。
ま、皆の手前そんなわけにはいかなかったけど。
見ると5メートル先くらいに倒れている人影が見えた。
「リユイ!」
俺は駆け寄った。
■■■
王様に公開レイプされたあの日からどうなったか知りたい?
あの日王様はもうこれでもかというくらいに俺を愛してくれてね…俺もというか、実の効果で、もう、ひーひーよがりまくった。
リユイの前で。
本当にごめんって感じだったんだよね。
でも、王様が中に出して、種を実が取り込んだ途端、すっと気持ちが変わって、もう嫌だ嫌だの大号泣。
祭壇の上で盛大に暴れまくり、落ちて、右肩脱臼と、右大腿部骨折。
体力が落ちてたから、すぐには治らず三日間は絶対安静だった。
王様、大神官様にめちゃくちゃ怒られてた…
で、無事に妊娠、出産。
えーと、エロゲ設定は活きていて、俺は王様とは割と堂々といちゃいちゃと、リユイとはなんとなくこっそりといちゃいちゃして妊娠期間を過ごした。
そしてなんと俺は双子を産んだ。
榛色の髪の毛に翠玉の瞳の男の子と黒髪に翠玉の瞳の男の子。
榛色の方がお兄ちゃん認定されたみたい。
過去の文献に神子もしくは聖女が双子を産んだ記録はもちろんなかったから、皆驚いていたけど、なんだか、盛大に心当たりがある俺はもちろん黙っていた。
リユイももちろん黙っていたけど心なしか嬉しそうだった。
出産直後に会いに来てくれた王様はすごく渋い顔で俺を見たけど、榛色の方は王様にそっくりで、黒髪の方、俺にそっくりだったんだよね。
なので「よくやった」と褒めてくれて終了した。
子どもは取り上げられ俺は産んだときしか見ていない。
母乳とかでるのかな…と思ったけどそんなことも無かった。
子どもに会いたいとか、寂しくなるとかそういう気持ちもほとんど湧かず、出産後一ヶ月もしたら子に取られていた体力も戻って普通の生活に戻った。
普通って午前中は神殿で午後は治療院での仕事ね。
決して手枷足枷がある生活じゃ無いよ。
大神官様や神官長様がいうにはこれは俺が冷たい人間というわけでは無く、文献に寄れば歴代の神子や聖女がそうだったというので、多分、帰還するときに子を置き去りにするという罪悪感を湧かせないために、胎の花や実が作用しているんだろうと言う事だった。
・・・一応帰るの前提の設定なのね。
まあ、子達を産んだとき俺は19歳だったから、俺自身もまだ子どもの感覚で、子育てなんてできるのか?って感じていたから良かったと言えば良かった。
きっとフラン様をはじめ沢山の立派な大人達に立派に育ててもらえるに違いない。
なんと言ってもこの国の救世主なんだから。
子を妊娠したとき、俺のお腹にあった紋の花は一度枯れてしまった。
というか、散ってしまったんだ。
ハートをかたどったツタみたいな部分だけ残っていた。
半年も経った頃、また花の蕾が浮き上がってきた。
また妊娠できるよ、の合図だった。
二回目はさすがに前日にリユイといたすなんて事はせず、当日も王様は「儀式」として俺の中に種を渡す行為だけ行ってくれた。
また俺が暴れて怪我したら困るし、妊娠中はエロゲ設定のおかげで俺がおとなしく?いちゃいちゃに付き合うことがわかったからだ。
王様は本当に俺を愛してくれた。
フラン様やリユイがいなければ俺もきっと王様を好きになっていたに違いない、と思うくらい、かわいがってくれたんだ。
噂によると、子も黒髪の方をよりかわいがってくれているらしい。
良かった。
三人目も男の子。
綺麗な金髪の子だった。
王様のお父さんの髪の毛の色だと皆が言ってた。
で、晴れて三人産み終わり。
俺の『神子』としての大きな役割は取りあえず終わった。
後は帰るだけ。
俺の中の胎の実が枯れるのをまって(一定期間妊娠しなければ枯れてしまうらしい)、結局俺はこの国でまるっと3年過ごし、21歳になっていた。
そうそう。
俺が大腿動脈を切り裂き、死に損なったきっかけになった事、覚えてる?
そう、リユイと神官長様と魔術師団長様のひそひそ話を立ち聞きしたせいね。
あの時、師団長様が、なんと言っていたか。
『こちらから軸を連れて行ければ確実なのですが』
ようは、俺を帰す目印が元の世界に無いから、目印があれば良い、無ければこちらから誰か羅針盤を連れていけば大丈夫だということ。
そしてその羅針盤役の人の魔力を軸に俺を帰す。
でもそれはその人にとっては完全な片道切符だから、おいそれと頼めないって事だったらしい。
で、それに手を挙げてくれたのがリユイだった。
「神子様とこっちにいても結ばれないんですよ?それに、陛下には疎ましがられているし。だったら、神子様と神子様の世界に行けば、丸く収まりませんか?」
俺は驚いた。
だって、リユイを犠牲にしてまで帰りたくない、
いや、帰りたいけど。でもでも。
俺の世界だって、あまり同性同士のカップルには優しく無いし、戸籍とか社会保障とか考えると多分こっちの世界にぽわんと召喚されるより大変だと思うんだ、と説得した。
それに軸が無くても俺は取りあえず帰れるならそれで良かった。
縄文時代やアフリカに行くのもまあまあ面白いかも知れないって思い始めたところだったし。
「ご迷惑ですか?」
表情の乏しいイケメンがたまに表情筋を動かして悲しそうな顔をすると俺はぶんぶんと首を横に振るしかなかった。
「でも、リユイのお父さんやお母さんからリユイを取り上げることになるし、多分なんだかんだ言っても、王様もリユイの事好きだよ」
「養父や養母には本当に良くして貰いました。ですので最後に神子様を元の世界に送り届けるという名誉をささげたいと思います。アレックス様は…まあ私より、神子が帰ることが気に入らないでしょうね。まさか、自分が行くわけにはいきませんし。こればかりは」
心なしか嬉しそうなリユイ。
「…本当にいいの?あっち、魔法使えないよ?」
「ええ、でも科学とやらが使えるのでしょう?楽しみです。神子様と一緒なら、どこでも」
こうして俺の帰還は確実になり…
■■■
「良かった、まだ表札『朝霞』だ」
朝霞洋介、櫂、ゴロー。
ゴローは俺が油性マジックで書き足しただけど。
公園で倒れていたリユイを引き起こせば苦しそうだったし、何を言ってるかわからなかった。
俺があっちの世界に来たときみたいだった。
王子様もお姫様も取りあえずは愛する人の口づけでなんとかなるし!
俺はリユイにキスをして、気を送った。
「神子様…」
「あ、良かった、言葉通じるね。気持ち悪いのも大丈夫?」
「え、ええ。神子様も召喚されたときはこんなに気持ち悪かったんですね…」
「うん。立てる?ここ、俺んちの近くなんだ」
「じゃあ、成功したんですね」
よろよろと立ち上がる姿はめちゃくちゃ疲れてたけど、嬉しそうに笑ってくれた。
「場所はね。時間はわかんないけど」
魔術師団長は絶対の自信をもっていたけど、着地が痛かった時点で俺は若干疑い始めている。
「大丈夫だといいですね」
「うん」
3年前に来ていた高校の制服はさすがに着るのは気はずかったし(でも、きちんと取ってあったんだ)いつものチュニックなわけにもいかなくて、俺はリユイと似たようなワイシャツにスラックスという格好で向こうを出発した。
王様は寸前まで引き留めてくれたけど、俺は感謝の気持ちを伝えて、王様を一回だけハグしてお別れした。
ピンポン。
玄関の呼び鈴を鳴らす。
ゴローがわんわんと吠えている声が聞こえた。
ゴローお客さん来ると吠えるんだよね。
でも尻尾振ってるから、多分歓迎してるんだと思ってるんだけど。
「はーい。どなたですか」
父さんのちょっと間延びした声が聞こえた。
客が訪ねるにはちょっと遅い時間かもだし、寝てた、かな?
「…カイです」
「え?」
ガチャガチャと鍵とチェーンを外す音が聞こえる、と、ばっとドアが開いた。
「カイくん…」
呆けた父さんが顔を出す。
「ただいま」
それしか言葉にならなかったけど、父さんが思いっきり俺を抱きしめて…泣いていた。
俺も父さんにしがみつき、わーわー、泣いた。
リユイは申し訳なさそうに俺たちが泣き止むまで待っていてくれた。
「信じて貰おうとは思っていないけど、本当の事しか話さないよ」
キッチンのダイニングテーブルで、俺とリユイが並んで座って、その向かいに父さんが座って、取りあえずお茶を淹れてくれた。
…隠すことはあるけど。
だって、息子が妊娠して出産したとか、多分聞きたくないだろうし。
異世界に召喚されたこと。
そこでは神子と呼ばれて皆の病気を治していたこと。
3年の任期が過ぎたので帰ってきたけれど、自分だけじゃ帰れないので、リユイに一緒に来て貰った事。
「というわけです」
「信じろと?」
父さんは渋い顔で俺をみる。
「どうでもいいよ。でも真実だし。それに、じゃあ父さんは俺が何の理由も無しに家出すると思った?せっかく頑張って受かった大学の合格発表の日に、スマホも財布も全部置いてさ」
んなわけあるかと思ったけど、父さんはがっくりと肩を落として言った。
「…当時は家出じゃ無く誘拐を疑った。でも身代金の要求もないから、警察に家出だろうと言われて…」
「父さんはそんな他人が言ったことを信じるの?帰ってきた息子じゃ無く?」
「だって、荒唐無稽すぎるでしょ?異世界召喚とか」
「だから、信じなくていいって。帰ってきた事実だけ受け入れて。俺と、リユイを」
俺は、リユイを見た。
黙っていて顔色も悪い。
当たり前だ、慣れない世界だし、俺をここに帰すために持っていた魔力を全部使ってしまった。
そのせいなのかわからないけれど、リユイの瞳は濃い蜂蜜色に変わっていた。
もう魔力は無いんだ。
「父さん、リユイ疲れてるんだ。休ませてあげたい」
「あ、ああ」
多分父さんも混乱している。
聞けば今日は金曜日らしいから、今日はこれで終わりにして、明日ゆっくり話をしても良いと思う。
ああ、ちなみに、戻ってきた時間はほぼ変わらなかった、俺がいなくなって3年経っていた。
魔術師団長、グッジョブ。
「カイ君の部屋、そのままだから、使って。えっと、リユイさんは…」
「一緒に寝るからいいよ」
「え?…えっと、カイ君とリユイさんの関係をきいてもいい?」
「恋人だよ」
俺は二階の自分の部屋へリユイを案内しながら応えた。
背中で父さんが「行方不明の息子が帰ってきたと思ったら、息子さんをくださいって…こと?」と呟く声が聞こえた。
部屋は確かにそのままだった。
あの日持っていた鞄が机の上に置いてあり、綺麗に整頓されていたけど。
ベッドに放り投げていったパジャマは無かった。
当たり前か。
受験ギリギリまで使っていた参考書も、壁に貼っていたアイドルのポスターもそのままだった。
俺はクローゼットから、Tシャツとハーフパンツを出して、リユイに渡した。
大きめサイズだったから多分大丈夫だと思うけど。
「着替えて。それともシャワー浴びる?」
「取りあえず今日はもう休ませてください。すみません」
「なんで謝るの?」
「お父様にろくなご挨拶もできず」
「いいよ。初めましては言ってたから、それより、俺もごめんなさい」
「何が?」
「リユイの瞳、茶色になってる」
「え?」
俺は机の引き出しに仕舞っていた小さな鏡をリユイに渡した。
リユイは鏡をのぞき込み、薄く笑った。
「あちらとの縁が切れたようですね」
「あんなに綺麗な翠玉だったのに」
「そうですか?私はこちらの方が好きです。神子様もお父様も同じような色ですし」
「まあ、日本人的な色だよ」
黒髪だし、瞳もそうだから、リユイは「めちゃくちゃイケメンの日本人」みたいな顔になった。
「リユイ」
俺も部屋着に着替えて、ベッドに横になり手を広げた。
「神子様」
「もう神子じゃないよ」
俺の開いた腕に身体を落とし、俺を抱きしめてキスをくれる。
「カイ」
「うん、リユイ」
そのまま、俺は、リユイにひな鳥を抱えるかのように抱きしめられて、眠った。
二人でこんな風に眠るのは初めてだった。
一晩寝て、父さんは俺が帰ってきた現実を受け止めてくれたらしい。
朝食を食べながら今後の話し合いをした。
ご飯と味噌汁の朝食なんてリユイ食べれるのか?と思ったけど、なんだかおいしそうに食べている。
良かった、口に合って。
「まず、カイ君はどうしたいの?」
「大学に行って、医者になりたい」
「じゃあ、予備校に通えばいい。受験までちょうど1年だし」
「いいよ、家で勉強するよ」
「しばらくこの世界から離れていたんだから、少しなじんだ方がいい」
「うーん」
確かに。
受験の傾向変わっているかも知れないし。
「リユイさんは、二階のカイ君の隣の部屋を使って、一緒に寝るのは構わないけど、受験近くなるとそういうわけにもいかなくなるから」
俺の部屋の隣の部屋は父さんの書斎…というか、俺のマンガとかも置いてある、仕事部屋券趣味の部屋だ。
「少し片付けて、布団を後で運ぶから」
「ありがとうございます」
リユイはぺこりと頭を下げた。
「パソコンとかも使い方教えてあげればいい。リユイさん、そういうの興味ありそうだから」
「うん」
「取りあえず、この世界のこと色々知りたいだろうし、風習とか文化とか生活とか、ちゃんと教えてあげて、カイ君。剣と魔法の国じゃ無いからね」
「もちろん」
俺は深く頷いた。
俺は予備校に通い出し、リユイは父さんの書斎にある本を読んだりして過ごして一ヶ月も経った頃、夕飯の席でリユイが言った。
「働きたいと思ってます。朝霞さんのお世話になるにしても、全てと言うわけにはいきませんし」
「別にいいんだよ。リユイさん、家事やってくれてるし」
リユイは気を遣ってか、日中は家事を色々やってくれていた。
ガスの使い方も水道の出し方も掃除機の使い方も一回教えればすぐに理解してくれた。
「でも、私もそろそろ、外になじむのも良いかと思って」
「そう?」
「で、履歴書を持ってきて欲しいと言われたのですが、ちょっと悩みまして」
「ああ、学歴とかね」
「はい。あまり嘘を書くのもどうかと思います」
「え?というか、リユイ、もう働く場所決めてるの?」
「駅前のスーパーで募集していましたから」
リユイが、スーパーで、パート?
なんかもっとあるんじゃ無い?研究職とか、事務職とか。
いや、職業選択の自由はあるし、職業に貴賎は無い…けど。
リユイがスーパーの制服のエプロンをつけているところを想像すると、イケメンは何を着ても似合うという結論に達した。
「ちょうど良かった、じゃあ、僕からもちょっと提案があるんだ。あんまり気持ちの良い話じゃ無いけれど」
父さんがちょっとだけ、背筋を伸ばして言った。
「実は、カイくんとリユイさんが帰ってきたとき、やっぱり父さん、君達の話信じられなくて、警察にリユイさんの捜索願が出ていないか調べにいったんだ。結論、無かったけど」
「当たり前だよ」
「で、高校の時からの友人に弁護士がいてね、ちょっと相談してみたんだ。だって、このままじゃリユイさん、海外旅行にもいけないよ」
「行く予定はないけど…そっか、戸籍がないから」
「そう。社会保障とかも心配だよね。これから日本で生きていくのなら」
「で?」
「で、その友人が言うには、『就籍』といって戸籍を作ることが可能らしいんだ。ただ…」
「何?」
「それって、例えば身元不明の記憶喪失の人がどうしても自分を思い出せなくて…って場合なんかに作れるそうだから、まずリユイさんを記憶喪失者に仕立て上げなきゃいけない」
「医者に通わなきゃいけないのか」
「そう、で、もしかしたら精神病の病名がつくかも知れない」
何だろう。
病名がつくなら、虚言癖とか、妄言壁とかだろうか。
魔法が使えましたとか、言っちゃうもんね。
普通の記憶をなくして、ファンタジーの世界に生きていた…という設定になるんだ。
「そうですか。私は病人になっても構いません。朝霞さんやカイにこれ以上甘えるのも、と思っていましたので」
「あ。いやいや、甘えてくれるのはいいんだよ、全然。ただこの国は戸籍が無いとなんの手当も受けられないからさ」
「そうだよ、戸籍が取れれば、大学受験もできるよね?リユイ、一緒に大学に行って医者になろうよ!もともとリユイは医者だったんだし」
「それはおいおい考えますよ。カイ。取りあえずこの世界になじみたいので」
「履歴書は、ここの住所と名前も朝霞リユイでいいと思う。学歴は、小、中は書かずに『高認試験受験予定』と書いておけば?リユイさんの年齢で職歴が無いのは痛いけど、病気で働けなかったといえばこれからのことを考えれば嘘には成らないから」
リユイは少し考えて、そうします、と頷いた。
リユイは駅前のスーパーに採用されて、週に四回ほど楽しそうに仕事に行っている。
今まで仕事してなかったことをやっぱり聞かれたらしいけれど、病気でと伏し目がちに言ったら合格したらしい。
これだから、イケメンは…
俺はリユイがいる日は予備校の帰りにそのスーパーに寄るようになった。
夕飯の材料を物色していると仕事を終えたリユイが俺を見つけてくれて一緒に買い物をする。
ある日リユイの同僚の女性に「あら、弟さん?」と訊かれたリユイはにっこり笑うと、「恋人です」といきなりカミングアウトした。
その女性は一瞬きょとんとしたけれど、次の瞬間には「頑張ってね!」となぜだかうっすら涙ぐみながら俺の肩を叩いた。
尊い…と呟いていた気がするけど、どういう意味だろう。
「あのさ、リユイ。こっちでも同性のカップルはそんなにメジャーでは無いんだけど」
「そうですか?さっきの女性は休憩時間によく男性同士の名前を挙げて誰と誰が付き合ってるとか言ってますけど?」
…それは、うーん。
特殊思考かもしれないなあ。
「でも事実ですし、あまり嘘を重ねたくはないので。お嫌ですか?」
「…嫌じゃ無い」
「良かった」
次の春俺は無事に大学に合格。
リユイも父さんの友達の弁護士さんの尽力により、戸籍の取得ができた。
『解離性障害』という病名も付いてきたけれど。
朝霞利唯という名前になった。
名字が同じだけで、別に家族になったとかは無いよ。
ほぼ同じ日だったから、父さんはお祝いにと焼き肉に連れて行ってくれた。
あの日、行けなかったからね、と言いながら。
戸籍が取れた日に、リユイにやっぱり医者にならないかと聞いてみた。
夜寝る前に、ベッドで横になって俺はリユイの腕のなかでうだうだしていた。
リユイは「言おうかどうか迷っていたんですけど」とスマホのメールを開いて見せてくれた。リユイとスマホ、最初はすごく違和感があったけど、すっかりなじんでしまった・・・
「…貴作品、出版化にむけてのお願い?」
俺でも知っているような出版社からメールが来ていた。
「はあ、なんか、私が書いた話、本になるようなんですよね」
「書いた話って、リユイ、小説書いてるの?」
「はい。カイも受験で忙しそうで、何か邪魔せずにできること無いかな、ネットをさまよっていたら、以前カイが話してくれた、異世界の物語が検索できまして、これ、あっちの世界の神話とかをモチーフに書いたらいいんじゃないかと思って、少し投稿していたんですよね」
言われて検索すると、リユイ名義の話が何本か引っかかり、どれも高評価になっている。
異世界のファンタジー物。
現代高校生が好きそうな話。
でもこれってフィクションじゃ無く、ノンフィクション…
「もちろんこんなもの一過性かも知れませんので続くかはわかりませんが、書き下ろしで本を出さないかというお話も頂いていて、作家になろうかと思います」
「そっか」
「高等学校卒業程度認定試験は受けようと思います。これからどうしたいかわかりませんから選択肢は多い方がいいかと」
リユイ、なにげに色々考えて行動していたのか。
当たり前か、俺より10も年上の、大人だ。
「実は、この世界で医者になるのは少し怖いんです」
「どうして?今までやってたことだろう?」
「…図書館で医学書も読みました。あちらの世界での常識がやはり通じない部分も多くて…大きな怪我や病気にぶつかったらもうない魔力に頼ってしまいそうで」
多分そんなことは無いと思うんだけど。
「書きたい話は決まってます。プロットを立てないといけませんけど」
「どんな話?」
「異世界に召喚された死にたがりの神子様のお話…かな」
「それって…」
ふふっと笑って俺はリユイにキスをした。
「モデル料、貰うからね」
リユイの暖かい腕の中で俺はうとうととまどろみはじめる。
手枷も足枷も無く俺はリユイに絡みつくように抱きついて眠る。
死ななくて良かった。
いきなり『神子様』なんて呼ばれて戸惑っていた、死にたがりの神子は、もういない。
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