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【番外編】バレンタイン・でぃすこ 前編(たすく視点)

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 季節外れですみません。
    バレンタインネタ。
    前後編で前編はたすく視点です。

■■■■


   母さんや父さんが今の俺と同じ位の年に流行った曲とそれを久々に塗り替えるようなお人形みたいな三人組アイドルが歌う曲と。

 この二大バレンタインデー曲が交互に流れる季節がやって来た。

 甘い甘い恋のチョコレートがディスコする季節。



「僕は前の日から先輩とお泊まりだよ~。今年のバレンタインデーは日曜日だからね」

 

 三島きさらぎがにこにことデザート代わりの豆乳いちご味をストローで吸い上げながら言った。

 この前はバナナ味だったし、一体どんだけ種類があるんだろ。

 全く関係ない事に頭を占領されそうになるから俺はぶんぶんと雑念を払った。

 タイミングが悪くてまだ俺は一回もきさらぎのパートナーである『先輩』を見たことがない。

 同じ学校にいる一学年上の先輩らしいけど。


「行ってみたかったラブホ予約したんだ」


 お昼休みは相変わらず俺ときさらぎとたくみで過ごす。

 今日は天気がいいからと屋上で飯を食っている。


「え?ラブホって予約出来るの?」


 オメガオブオメガのきさらぎは「え?子供?コウノトリが運んでくるんですよね?」とでも言いそうなくらい見た目可憐で清楚なのにめちゃくちゃこういった情報には詳しい。


「出来るよ~。室内にウォータースライダーがあるホテルでさ。むしろ予約してないと泊まれないんだよ」

 一度行ってみたかったから予約できてよかったよなんてニコニコしている。


 室内にウォータースライダーって…

 なんなんだ?

 滑るの?

 …まっぱで?

 まさかな。


「僕は週末は祐樹が出張だから…」

 澤内たくみがお弁当のパックをきちんとたたみながら何を思い出したのかポッと頬を赤らめた。

 たくみの番は社会人でしかも結構年上。

「なに、なに、出張だから…」

 きさらぎが身を乗り出す。


「リモートセックス、かな」

「う」

 俺は最後の楽しみにと取っていた卵焼きを口に入れた瞬間だったから吹き出さないようにするのが精一杯だった。

「あ~。いいよね。そういうの!」

 きさらぎはうっとりとした表情を浮かべる。

「大人の付き合いって感じ」

 どこが?

 リモートが?

 それって電話使うのの進化版なだけじゃねーの?


「僕はウォータースライダーの方がいいけど」

 残念そうに言うたくみの手を取りきさらぎが

「感想聞かせるよ」

と言いながらぶんぶんと手を上下に振った。


「うん、所で…」

 意気投合したところで、二人はキラキラした笑顔で俺を見た。


「「たすくは桐野君とバレンタインはどうするの?」」


 よかったよ。

 卵焼き咀嚼済んでて。

 俺は乱暴に空き箱をしまうと傍らに置いていたペットボトルのお茶に手を伸ばす。

 俺は高校生でまっとうに勉学に励みたいんだよ。

 …こんなバース性を尊重した学校に通っていても。

「…次の週から学年末テストだよな?」

「「うんうん」」

 この学校の恐ろしいところは定期テストごとに「特進クラス」の入れ替えがあるってところだ。

 みんな下克上テストって呼んでいる。

 もちろんそんなの関係なしで高校生活を楽しんでいるやつらがほとんどだけど、ちょうど普通科と特進科の境にいるやつはヒーヒー言ってる。

 2年生になったら下克上はなくなる。

 ということはここで特進に入れなかったらもう特進クラスに入るチャンスはなくなるというわけだ。

 特進クラスは推薦がもらえる大学のランクの桁が違う。

 そこそこ成績がいいやつはできれば特進に残りたい・・・ってことだ。

 俺もそうだし、ここにいる澤内たくみも途中からの編入生だけどあっという間に特進に入ってきた。


 頭がいいのはアルファで見た目よくて頭空っぽなのがオメガ。

 そんな世間の常識を覆す・・・って使命感があるわけじゃないけど少なくとも「見た目悪くて頭いいオメガ」がいてもいいかなと俺はオメガなりに頑張ってるんだけど。

 澤内はちょっとずるい。

 こいつは見た目も綺麗で頭もいいオメガ。

 …顔の基本ベースは俺と変わらないのに。

 俺は澤内の下位互換だと言われている。

 二人に言わせれば「たすくはきれい系じゃなくカワイイ系だってば」と言うことらしいし、俺の番もいつもそんなことばかり言っている。


 番。

 そう。

 俺には番がいる。

 運命だと向こうが一目惚れしてきて、俺も、絆されてしまった、番。

 学校一の容姿端麗・才色兼備なアルファ。


 桐野智深。

 ちなみに、たくみの番の祐樹さんは智深の兄さんだったりする。



「そんな浮かれてるヒマ、ないし」

「え~」

 きさらぎはぶーと頬を膨らませた。

 子供かよ。

「たすくの実力で学年末テスト気にするなんてイヤミだよ」

「そうそう。安定の10位以内常連メンバーなのに」

「たくみだってもう下克上に巻き込まれる順位じゃねーじゃん」

「まあそうだけど…チョコ位は買ったんでしょう?」

 ねえ?と首をかしげながら見つめられれば、同じオメガなのになんだかときめく。

 恐るべし。

 オメガ。


「…買ってないよ」

 ごくりと俺はお茶を飲み込むと立ち上がった。

 ちょうど午後の授業への予鈴が鳴る。

「「へ?」」

 二人は顔を見合わせると大きなため息をついた。

「桐野君、かわいそ」

「釣った魚に餌はやらないって言ってもね」

「いや、案外桐野君がすごいプラン準備してるかも!」

「ありえる。智深ならありえる」

「全身チョコ塗って『僕を食べて』とかいいそう!」


 人の番餌にきゃーきゃー盛り上がらないでほしい。


「教えてね。たすく。桐野君とのバレンタイン」

「なんの予定もないよ。…科学遅刻するとうるせーから行く」

「ああ、僕も!」

 俺と澤内は同じクラスできさらぎは隣。

 三人でバタバタと昼休みを終わらせた。


 そもそもバレンタインデーって、好きな子にチョコを添えて告白する日・・・だよな。

 なんで付き合ってる(付き合ってるというかもう番なんだから結婚前提というか結婚以上というか)彼氏に「チョコ」やらなきゃいけないんだよ。


 それでも校内のそわそわした空気は日に日に甘ったるくなるわけで…

 これを機に正式なパートナー見つけようとか、誰が誰を選ぶんだとか、特に女子はそんな話できゃーきゃー盛り上がっている。


 そんな週末を控えた週半ば。

 俺はいつも通り図書館で部活を終える智深を待っていた。


 司書の先生に閉架図書の整理を頼まれて奥の小部屋で作業をしていた。

 図書館は「閉館」の札は出しているけれど鍵は開いている。

 智深が終わったらやってきて声をかけてくれるはずだ。


 もう一棚で終わる・・・というところでお茶でも飲もうかと閲覧室に続くドアを開けようとしたらちょうど智深が入ってきた。

「さ…」

「桐野君」

 声をかけようとしたら、さらに桐野の後ろから誰か女子が声をかける。

 智深は立ち止まり、振り向いた。

 相手の顔はあまり見えないけど…

「ああ、友田さん」

 …友田?

 友田麻衣、かな?

 きさらぎと同じクラスのオメガの女の子。

 すごく可愛くて、でもまだ特定のアルファがいないから発情期の度に相手を変えているらしい。

 きさらぎ曰く「友田さんも強かだからね。自分が一番有利になるアルファを捕まえたいみたいだよ。オメガの特権」だって。


 オメガはアルファを生む確率が段違いに高い。

 だから自分の遺伝子をまたアルファに残したいアルファはオメガに傅く。

 選ぶのはオメガだ。


「これ、渡しとくね。『発情期特別休暇届』」

「ああ、わかった」


 え?

 どうして『発情期特別休暇届』を友田が智深に渡すんだ?


 オメガの発情期での休みは公休扱いとなる。

 それに付き合うアルファももちろんだ。

 学校にはこの『発情期休暇届』の提出が必要になる。

 複写式になっていてオメガは必要事項を書くとそれをアルファに渡してサインをもらう。

 決まったアルファでもいいし、もちろん番がいればそれが優先だけど、ボランティアのアルファもいて、条件が合えばボランティアで発情期間を過ごすことになる。


 俺の番の智深もその見た目や物腰からものすごく人気のアルファで、入学当初はよくボランティアをしていた。


 番がいるアルファはボランティアはしない。

 ただどうしても…の例外事例もあるようだけど。


 俺のことを『運命』だという番が。

 ボランティア、やるっての?

 信じられん!


 俺は一度小部屋のドアを閉めて深呼吸した。

 そっと項に手を回す。

 そこには夏の終わりに噛まれた俺と智深の番の証があった。


 バース性がオメガだとわかったとき俺はこれで一生独身だと思った。

 見た目平凡な男のオメガなんて好きになってくれるアルファはいないと思ったんだ。

 なのに智深はまっすぐ俺をみてくれて…


 いや、俺を運命とか言いながらボランティアやってたか。


 今まで通りってことだよな。

 きさらぎは「オメガがアルファを選ぶんだからもっと強気でいい」ってよく言うけど、選ばれて番われたオメガはもうそのアルファ一人のものになる。


 俺にも智深だけ…なんだけど、な。



「たすく?ごめん、遅くなった!」

 閲覧室から俺を呼ぶ智深の声が聞こえた。

 俺は一度目を閉じるとぶんぶんと頭を振って邪念を払う。

 そうしていつものつまらなそうな表情を作ると小部屋のドアを開けた。


「ごめんね、いつも待たせて」

「いや、今日はむしろもう少し時間足りないくらい。棚一本整理できなかった」

「手伝おうか?」

「いや、期限があるものじゃないから大丈夫」

「そう?いつでも言ってよ。手伝うから」

「ああ」

 図書館のドアの鍵を締め終わると智深が俺の右手に指を絡めてきた。

 所謂恋人繋ぎってやつ。

「へへ」

 嬉しそうに笑うけど、俺はさっきの友田とのやりとりが心にひっかかりうまく笑えない。

 まあ別にいつも塩対応だからばれることはないだろう。

 歩き始めると智深がそうそうとすまなさそうに口を開いた。


「そういえば、たすく、今度の日曜日なんだけど」

 どき。

 昼間きさらぎ達と交わしていた会話を思い出す。

 そして頭に流れるBGM。


「せっかくのバレンタインデーなのに、僕どうしても部活の集まりに出なきゃいけなくなって」

「弓道?」

「そう、新年度の組織の確認で市内の高校が全部集まるんだよね。本当は他のやつが行く予定だったんだけど」

 はあ、と大きなため息をついて、『ごめんね』と首をかしげて俺を見る。

「別に元々試験勉強しようと思ってたから」

「へ?」

 智深は半歩俺の前に出ると顔をのぞき込んだ。

「バ、バレンタインなのに?」

「え?だって、これって好きなやつに告白して恋人になる日だろ?俺とお前はもう…」

 恋人も飛び越えてると思われるんだが。

 言いよどんで顔を赤くすると智深は綺麗な顔をでれっと崩してさらに俺の手をぎゅっと握った。

「あー、でも、俺はこういう行事は大事にしたいし。三島はウォータースライダー付きホテルだろ?たくみも兄さんとなんだか遠隔セックスするとか言ってたし…」

 なんだよ、遠隔セックスって…

 しかもどうして二人のデートプラン知ってんだよ。


「全身にチョコ塗って『僕を食べて』なんていらないからな」

 俺は先回りして釘を刺した。

「あ、ばれてた?」

「まじかよ」

 頭も顔もいいのになんでこんな残念な思考回路。

「冗談だよ。とにかく帰ったら部屋に行くからね」

「勉強してるよ」

「僕の成績追い越さないでよ」

「…イヤミか」

 

 握られた手のぬくもりで俺はさっきの友田の件はとりあえず忘れることに、した。



 バレンタインデー当日。

 智深は朝早く出たらしくスマホに簡単なメッセージだけ来ていた。

 俺は朝飯を食べると少しだけ外出することにした。


 チョコを買おうかと思ったんだ。

 ついでに参考書も。


 寮から一番近いショッピングセンターまではバスで20分ほど。

 自転車があればもう少し近いけど、あいにく俺は自転車は持っていない。


 そもそもチョコを買っていないのかと二人に責められたがいつ買いに行く暇があるというんだ。

 大体俺の行動範囲は智深に把握されていると言うのに。


 バレンタインデー当日だからもう売り場は空いているかと思ったのになかなか人は多かった。

 いろんなチョコが並んでいてまったくどれがいいかわからなかった俺は一番人が並んでいるブースで買うことにした。

 小さい宝石みたいなチョコが4個並んでいる小ぶりのパッケージ。

 でも値段は決して小ぶりじゃなく…。

 年に一回しかこんな値段のチョコなんて買わない、と心に誓う。


 でも選んでいる人たちの瞳はみんなキラキラしていて楽しそうで、まあこんな行事も悪くないかと思う。


 同じショッピングセンターの中の本屋に寄り参考書も数冊買って俺はさっさと帰宅した。

 智深が帰ってくる前に部屋に戻ろうと思ったからだ。

 部活の会合が終わったらすぐに帰るって言ってたし、せっかく買ったチョコをどんな顔して受け取ってくれるのかも気になるし。

 喜んでくれるかな。

 

 こんなことを考えればきさらぎやたくみが脳内で「「あったりまえでしょう~」」って言ってるのが再生された。


 でも俺のそんなささやかな想像も、寮の最寄りのバス停に降りたとき、打ち砕かれた。

 俺は目の前に見える光景に目を疑った。

 バス停から見える学校の門の前に智深と友田がいて。


 友田が何やら紙袋を智深に渡している。

 受け取った智深は中身を確認すると嬉しそうに笑った。


 ちょこれいと、でぃすこ…

 キラキラしたバレンタインソングがいきなり脳内に響き渡る。

 計算高い女の子

 それを期待して待つ男の子

 智深もその程度の男だったって言うことかよ。



 俺は気づかなかったふりをして寮への道に入ると足早に部屋に戻り、鍵がついていない部屋のドアノブに先輩直伝の自転車チェーンぐるぐる巻きキーを施すと。


 さっき買った決して値段は小ぶりじゃないチョコのパッケージを乱暴に開けて俺は自分で食った。


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