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渋谷のマリア
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渋谷のセンター街の中程に、そのスナックはあった。夕方7時にならなければ店のドアは開かない。
同伴制度などない。大学生がアルバイトであれ、夜のスナックに勤めてることなどは、到底、素直には認められない頃の話だ。
大学の友が、偶然その店の女の子に恋をした。
「スナックでアルバイトするような女に、本気で恋するなんて、どうかしてるぜ、いいように遊ばれ貢がされてんだろう」と僕は言った。
友は本気だったようで、僕をその店に連れていった。
「店以外で、会ったことはないんだろう。」と僕は呆れて尋ねた。
返事は優しくその通りと言うことだった。
純粋な馬鹿な男の崩れ行く恋心に付き合うのも一興だと思って付いていくこととした。
スナックの出てきた女の子は、驚くほどに綺麗だった。都会の美人ではない。地方から出てきたばかりの、化粧も知らない清楚な田舎くさい美しさは、高原に咲く一輪の可憐な野菊のような自然の薫りがした。
彼女も大学生だよと言って学生証を見せてくれた。同じ区内にある女子大だった。
ただ、名前や住所は学生証で平気で教えてくれたのに、決して電話番号は教えず(携帯などない時代のことだ)、決して、店以外では逢おうとはしなかった。
清純さは本当だろうと思った。
彼女は四年生、来年は卒業のはずだ。僕らは二つ年下だった。
「見込みないな、どう考えたって、ただのお客様だよ、我々は」と笑って伝えた。
彼女は素直に何でも話してくれた。彼女は五島列島出身でクリスチャンだった。
親からは、勘当同然で、一人で学費も生活費も稼がなくてはらにかった。
「どうして勘当?」と訪ねると、
「女に学問はいらないと言われて飛び出してきた」と言うことだった。
見かけとはちがって、芯の強い強情さがあった。
「卒業したら、もう、店にはいない、ここにいるのは、本当の私ではない、ここはここだけの私なんです」そんな言い訳に納得して、僕らは帰ってきた。
彼女が話してくれた、小さい頃に毎日やっていた山の上の教会への祈りの話が好きだった。
祈りを教えてくれたのも彼女の父ならば、学問など辞めろと反対したのも父だった。
彼女はどんな気持ちで家を飛び出してきたのだろうと思った。
あれから数年後に、懐かしくその道スナックを訪ねた。彼女はもういるはずなどなかった。
そのはずだった。
しかし、遠くのテーブル席に彼女はまだいた。
彼女は以前のような野菊ではなかった。
真っ赤な口紅、男を手玉にとるような上手なしゃべり方、都会の夜の洗練された女の装い。
彼女に声をかけることもなく、店を出た。
悲しかった。
なぜか彼女が教えてくれた隠れキリシタンの祈りの仕方を思い出しながら、僕は、夜のネオンの雨空を見上げた。
同伴制度などない。大学生がアルバイトであれ、夜のスナックに勤めてることなどは、到底、素直には認められない頃の話だ。
大学の友が、偶然その店の女の子に恋をした。
「スナックでアルバイトするような女に、本気で恋するなんて、どうかしてるぜ、いいように遊ばれ貢がされてんだろう」と僕は言った。
友は本気だったようで、僕をその店に連れていった。
「店以外で、会ったことはないんだろう。」と僕は呆れて尋ねた。
返事は優しくその通りと言うことだった。
純粋な馬鹿な男の崩れ行く恋心に付き合うのも一興だと思って付いていくこととした。
スナックの出てきた女の子は、驚くほどに綺麗だった。都会の美人ではない。地方から出てきたばかりの、化粧も知らない清楚な田舎くさい美しさは、高原に咲く一輪の可憐な野菊のような自然の薫りがした。
彼女も大学生だよと言って学生証を見せてくれた。同じ区内にある女子大だった。
ただ、名前や住所は学生証で平気で教えてくれたのに、決して電話番号は教えず(携帯などない時代のことだ)、決して、店以外では逢おうとはしなかった。
清純さは本当だろうと思った。
彼女は四年生、来年は卒業のはずだ。僕らは二つ年下だった。
「見込みないな、どう考えたって、ただのお客様だよ、我々は」と笑って伝えた。
彼女は素直に何でも話してくれた。彼女は五島列島出身でクリスチャンだった。
親からは、勘当同然で、一人で学費も生活費も稼がなくてはらにかった。
「どうして勘当?」と訪ねると、
「女に学問はいらないと言われて飛び出してきた」と言うことだった。
見かけとはちがって、芯の強い強情さがあった。
「卒業したら、もう、店にはいない、ここにいるのは、本当の私ではない、ここはここだけの私なんです」そんな言い訳に納得して、僕らは帰ってきた。
彼女が話してくれた、小さい頃に毎日やっていた山の上の教会への祈りの話が好きだった。
祈りを教えてくれたのも彼女の父ならば、学問など辞めろと反対したのも父だった。
彼女はどんな気持ちで家を飛び出してきたのだろうと思った。
あれから数年後に、懐かしくその道スナックを訪ねた。彼女はもういるはずなどなかった。
そのはずだった。
しかし、遠くのテーブル席に彼女はまだいた。
彼女は以前のような野菊ではなかった。
真っ赤な口紅、男を手玉にとるような上手なしゃべり方、都会の夜の洗練された女の装い。
彼女に声をかけることもなく、店を出た。
悲しかった。
なぜか彼女が教えてくれた隠れキリシタンの祈りの仕方を思い出しながら、僕は、夜のネオンの雨空を見上げた。
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