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ラッセラ

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 どこかの国の大統領が当然のように選挙でノーを突きつけられ失脚する頃、選挙にも依らずにいつまでも君臨しようとする小早川は建設中の施設を視察しているとき、上から落ちてきた鉄筋の下敷きになり、あっけなく即死した。小早川の死は事故として処理された。

 しかし、何故小早川にこの建設現場の視察に呼びれたの、何故小早川はあの場所に一人でいたのか、なぜ早川が通りかかったタイミングで鉄筋が崩れたのかは依然として不明であった。

 建設請け負いの土木会社の次男坊は、以前穂高市役所に勤めていたのだが、小早川の部下であった時分に辞めていた。会社を継ぐための自己都合との噂もあれば小早川からからのパワハラとの噂もあった。次男坊は会社を継いではおらず、そもそも穂高にも居住者している様子はなかった。

 小早川の死に接しても、誰一人として悲しみ寂寥も感じなかった。乾いた事実だけが伝わった。不謹慎ではあるが安堵に似た空気だけが全体を包んだ。部下を蹂躪し続けた小早川の死を悲しませるものなど誰一人の心にも存在さらことはなかった。

 権力を失った小早川など、店員に訳の分からない意味不明の事で激怒する迷惑千万な老害のクレーマーにすぎない。

 小早川は醜さを挽回することもなく、最期の最後まで醜いままに逝った。鮮やかな青天の夏空が目に染みた。

 この時、世界的に流行した某細菌策の失敗により失脚した某国の大統領のようなお別れはなかった。この世界的に流行していた某細菌の感染対策により小早川の葬儀は近親者のみで執り行なうこととなった。

 小早川とは止むを得ない組織の指揮命令下の下での止む無き腐れ縁だ。葬儀は出ない。義理も人情も欠いた人格も人間性も欠いた奴に義理を欠くと言われる筋合いはないと言うことでまとまった。

 この男のせいで、何人が死に、何人が辞めていったことだろう。小早川は新種の細菌のようなものだった。

 いくら写真で残そうとも、この世から居なくなれば、その熱量はなくなり薄い記録となるだけだ。小早川の死を見届け、写真となった小早川を思った。

 あのまま小早川が居座り続けていたら、誰かが小早川を殺していたかも知れない。そして、それはもしかしたら、青山の優しさを知り青山の仇をとりたかったという優しさ溢れる真琴であったかもしれないし、武器を持ってきた長渕だったかも知れないし、病んだ関谷だったかも知れない。

 「もう少し早く死んでくれてたら良かったな。そしたらあいつも死ぬこともなかったし、病む奴も辞めていく奴も免職となる奴もいなかったし、ゆかの正体も知らずに済んだし、労働組合幹部の化けの皮が剥がれた姿も拝まずに済んだ。」と誰かが呟いた。

 犯罪を犯す人間を作らずに、勝手に死んでくれたことが皮肉にも小早川の残した唯一の成果となり美徳となった。最低最悪の暗黒男が消えたのだ。しかもマーキングのように数々の自己のガラクタのような懸案と厄介な遺構を残して。

 「小早川の後任はどうだ?」と聞かれた。

 「いやいや、普通の人で良かったよ。今までとは比べようがない。朝から小早川の部屋の前で報告や決裁もらうの順番待ちをする必要もないし、小早川の机の前で半日も立たされたまま執拗に尋問されるようなこともないし、会議もスムーズに進むよ。小早川の時のように、会議は半日単位で、しかも、意見は言えず、ただただ、小早川の異常な持論の展開を延々と聞いてるだけの狂気丸出しの会議など一つもありはしない。みんな、イキイキしている、本当の笑い声があるんだぜ。考えられるか。どれだけの人間が苦しめられてきたって言うんだよ。やっと長い悪夢から覚めたとか、氷河期が開けたってとでも言うなれば感じだ。ただ、早川が強いた無茶苦茶な計画も事業もそのまま継続さ、途中で変えられないのが村社会だから。でも、俺は今までも、行政に携わる人間としてはあり得ないのかも知れないけど、忖度や私腹が常に付きまとう政治の側には立たずに、常に簡単に割れてしまう卵のように弱い存在である価値観の側で、つまりは文学の側でやろうとしてきたんだよ。それが俺の入庁からの革命ポリシーだからね。これからもそれでいくさ。」と僕は答えた。

 「僕は小早川の正体や小早川の狂気を記録として残そうかと思っている。一体、この組織の村とはなんだったのか、この村で何が起こっていたのかをね。」と友は言った。

 「昔と比較するとずいぶんと良くなったと思うよ。もっとも部局をメチャクチャにしていった小早川が来る前までだけど。」

 「とりあえずは小早川以外なら天国のように普通には仕事も進むだろうからね。まあ、その後も普通は普通にいくからね。ただ、今度はその普通がどう普通なのかが問題となってくるだろうけど。」と友は笑った。

 友は軽くトントンと足をステップして「ラッセラ。」と口走った。小早川が黄泉から涌き出て来ないよう、こうして地面を固めておくステップだ。

 取り巻きの猿左衛門のみならず、すべての職員も皆、早川のような人間の出現を許してきたのも事実だ。
 
 この社会の体質が狂人を生み出しては疎み、また同じようにラッセラと地面に埋め、また、誰かを崇め祭り上げる。

 我々の歴史は、踏み固めと祭り上げとを繰り返しの歴史だ。そしてまた、あらたに祭り上げを繰り返す終わりのない舞台装置。

 「僕は今の時代というものがよくわからなくなった。昔は時代の先端というものを掴んでいたつもりでいた。周りはそれに気がつかずに、いつまでも古いものにしがみついているのが分かったけど、世界情勢のようにイデオロギーも変化してきた。歴史の終焉ということもなんとなく理解できる。世界的な歴史という概念が崩れ、価値観も個々が生き生きと自己主張し始め、許されているけど、歴史を背負った負のDNAは、僕たちの日常に生活に社会に歴然と染み込んでいるじゃないか。自由な烏合の衆が無自覚に歴史に支配されているカオスが今の時代の中心なんだな。」と友は言って笑いながら軽やかにきびすを返し歩き出した。

 過去は少しづつ変わってきた。それは時代が少しづつ変わってきたのだ。人為的に少しづつ変えれるものは、わずかに過ぎない。僅かなミクロの変革はマクロの変化にかき消されてしまうのだろう。

 個々に無自覚に日本の歴史という美名に潜み続け、思考を停止させ、ずーっと蔓延し冒している疫病がある。その名は「村」だ。

 小早川は歪んだ「村」を栄養にしてたまたま長く咲き乱れたアバタ花だったのだろう。

 アバタ花を根絶させるためには、温床となる美しき、そして、愛すべき、この「村」を解体しなければならない。
 
 アバタ花は村に巧妙に捻れ貫いたどす黒い根を張り巡らして育つ。簡単に変わるはずはない。

 日本の社会は官制度を最良の物として民も少なからず真似た制度だ。

 日本の古き伝統に脚色された制度を色濃く残しており、明治の新制度も与えられた戦後の民主主義制度も、それを払拭するどころか益々巧妙に刷り込ませてきている。

 最近の行財政改革などに現れている民間の活力や民間の柔軟な対応を取り入れてとの最近の考えは、一部の民間資金の活力と民間の効率性や競争を取り入れた内部精査や外部サービルで部門でのことであり、民間のすべてが優れていると勘違いしてはいけない。官が今でも組織や制度は民の模範であり見本であり中心だ。

 そして、社会でも生活でも、人びとも1300年のいにしえの掟を、美徳とし掟として、義理人情に自らを縛り付け、自らを諦め、仲間意識で囲み、時には排除し、仲間を引きずり下ろしては、遠くからの支配者を有り難がり、服従し、祭り上げる。

 日本の1300年続いて築いてきた制度、村意識はおそらく今後1300年は変わるまい。

 小早川が去っても、また、小早川のような奴が現れ、祭り上げられて鎮座する。それが村の習わし、村の掟だ。

 歩き出した友の目の前には3000m級の穂高を取り囲む白い山並みが高い壁のようにせまり聳えていた。それは、悲しいくらいに透き通り、悲しいくらいに美しくそして眩しく輝やいていた。それは僕には黄昏に輝く美しい壁のように思えた。
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