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2022年夏 つたえ歩きと這い這いとテロル

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 ソファーの椅子迄の目線を得た僕は、至るところで立つ方法を覚えた。冷蔵庫、茶箪笥、ローテーブル、食器棚、壁で立ち上がると横歩きで行けるところまで蟹歩きで移動する。

 伝え歩きができるヘリまでくると、座り込み、次の伝え歩きの場所を探して移動する。移動はほふく前進よりも四つん這い歩きの方が便利で速いと分かった。

 茶箪笥で立上りと、今度は引き戸や引き出しの取手が気になる。引くのか押すのか分からないが、ガチャガチャと触っていると、偶然に中身が引き出せる時がある。宝探しで宝を見つけたように嬉しい。が、いつも直ぐに取り返されてしまう。

 けれど、僕のルーチンはあくまでも変らない。僕は何度でも不屈の闘志で宝探しを繰り返す。

 もう一つのルーチンも、這い這いと伝え歩きにより達成された。ママの車から降ろされて、出迎えたジィージが僕を抱っこして家に入れてくれて、まずは、茶の間な畳に僕は置かれる。すると早速、僕は僕のために備えてある絵本まで一気に這い這いで急ぎ、窓台に手を掛けて立ち上がりながら次から次へと絵本を選んでは差し出す。ある時はジィージが、ある時はケイちゃんやママが、次から次へと十冊くらいは読み続けてくれる。

 僕の一番のお気に入りは赤い表紙の〈じゃーじゃーびりびり〉いつも一番最初に選び出す。次は〈ねないこだれだあ〉おばけの話だ。ちょっと怖いけど好きな絵本。〈まこちゃんのじどうしゃ〉はいつも最後まで僕は聞いているから最後まで読んでもらう。他の絵本は、途中で聞くことを止めて、次の絵本選びへと綱渡りする。〈ブータンどこ行くの〉絵本に組み込まれているおもちゃの車の輪っかをぐるぐる廻してあそぶ。

 それから、この期間に僕がハマったのは、ケイちゃんが教えてくれた小さなゴルフボールによる座ったままの転がしキャッチボールだ。上手く相手に転がった時、僕はいつも手を叩いて喜ぶ。

 7月、参議院議員選挙期間中に事件が起こる。恐らく歴史に刻まれる事件となるであろう。しかし、犯人が自ら語っているように、動機は極めて個人的なものだ。しかも動機は大きく飛翔していて理解に苦しむ。身勝手な無差別殺人と同じような社会的背景があると推察したが、その後の報道で次第に違ったものが見え隠れしだした。

 8月、例年とは異なる変則的な気圧配置のせいなのか、暑さと大雨が交互にやってくる変な気候が続く。夏祭りや花火大会も制限的ながら3年ぶりに開催された。お盆の移動も規制が緩められ数年ぶりにふるさとに戻る人々で賑やかだ。外国人観光客は団体行動等の条件付き解禁のせいかほとんど見られない。

 僕の赤色の家に、東京から帰省しているママの友達のTちゃんが、僕の少し遅れた出産お祝いにとわざわざ来てくれた。PCR検査も駅で済ませているから安心だと言いながらも、家の中ではマスクをしたままで、飲み物にも手を付けずに1時間程で慌ただしく帰っていく。
 
 お盆はジィージの家で過ごした。同じ街に住んていて、ほぼ毎日のように会っているから日常のように感じる。ケイチャンが腕を振るって豪勢なお盆料理と一緒に、僕の離乳食も準備してくれた。

 長江喩えの上海のパパの実家にもその後に出かけた。生まれて初めての僕のお披露目旅行だ。旧家らしくたくさんの知らない人が居たけど、みんなして僕の遊び相手をしてくれて楽しかった。

 けれど、我が家の事件はそれからだった。
 2日後に東京のTちゃんからママに電話がきた。高熱が出たらしい。検査の結果、Oフィーバーだとか。

 8月30日、ゴルバチョフが大きな報道もなく静かに逝去する。祖国ではソ連崩壊と経済の混乱の責任を問われて冷遇されてきたらしい。しかし、彼こそがロシアに自由をもたらした。そして、また、今こそペレストロイカ(再構築)を超えた変化が必要だ。ゴルバチョフが躍進した困難な時代と同じ香りを、今、感じる。

 
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