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番外編2

あなたには敵わない②

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(レオン視点)



 今日、彼女が21回目の公の場での演奏を終えた。そして僕は、その内の20回をこの目に収めた。その20回全部の後に欠かさず花束を贈った。そうしてきたのには実は理由がある。



 それは2年前のこと。それまでメルルさんは僕にとって可愛らしくて反応が面白い友達というだけの存在だった。顔を真っ赤にしてプリプリ怒る姿が可愛らしくて気に入っていた。たまに機嫌がいいときに無意識に歌う鼻唄がとても耳心地の良いもので、そういうところも良いなと思っていた。ただその気持ちは全て、あくまで友達としてのものだと僕は思っていた。

 それが変わったのはメルルさんが初めて出た音楽会で「奇跡の歌姫」になってからだと思う。メルルさんは僕や他の友達に何も言わずにそこに出た。それ自体は恥ずかしがり屋な彼女らしいと思うし、別に気にしてなかった。ただ、彼女が「奇跡の歌姫」と呼ばれるようになって、沢山の人の話題に上がり讃えられることに僕は何かモヤモヤしたものを感じていた。振り返ってみれば、それは独占欲に近いものだったと思う。僕の側でコロコロ表情を変えて僕を追いかけてきていた彼女が、僕だけのものじゃなくて、みんなの歌姫になってしまったことが気に入らなかったのだと思う。それが分かっていなかった僕は自分に沸き上がる感情の整理ができなくて部屋に閉じこもった。

 そうして数日が経つと、メルルさんはわざわざ僕の家まで来てくれた。

「レオン様、メルルです。私のせいでずっとお部屋から出てきていらっしゃらないと聞きました。ご心配をおかけしてすみません。どうかお話をさせていただけませんか?」

 少し不安そうにこちらを窺うような声がいきなりドア越しに聞こえてきて、ひどく驚いたのを今でも覚えている。なぜならそのせいでドアを開ける前に派手に転んでしまったのだから。それくらいには気が動転していた。

 彼女だけを部屋に入れたのは良いものの、何を言われるのか、言っていいのか分からなくてずっと下を向いていた。すると涙が混ざったように震えた声が降ってきた。

「……あの、これ、お土産です。音楽会の帰りに買ったものなのですが……これだけ受け取っていただけたら嬉しいです。お邪魔してすみませんでした。もう帰りますね」

 泣くのを堪えるように唇を引き結んでいるその顔を見て胸がギュッと掴まれたかのように苦しくなるのが分かった。立ち上がって部屋を出て行こうとするその背中を見ていると、このまま行かせてしまえばもう簡単には会えなくなってしまうような気がした。必死で止めようと腕を掴むと、彼女は不安そうに振り返る。僕は喉がひきつりそうな感覚を覚えながら声を振り絞った。

「……本当に、怒ってないんです!メルルさんには、何も。僕の気持ちの問題だから、メルルさんは悪くありません。嫌な態度を取ってごめんなさい!」

「では、どうして?」

「今は言えないです。言えるようになったら必ず伝えます。明日からも、仲良くしてもらえますか?」

「っもちろんです!」

 その時のメルルさんの笑顔で分かった。ああ、僕はこの人にどうしようもなく恋をしているのだ、と。目の前で安心したように微笑む彼女を見るだけで、こんなにも心が満たされる。今までも味わってきたこの感覚は、何物にも代え難い幸せなのだということをそこで気付かされた。

 それから、僕は行くことができなかった初めての音楽会を取り返すかのようにメルルさんの出る音楽会には全て通った。メルルさんは困ったように何度も「無理をしないで」と言うけど、僕は本当に彼女の歌声が好きだから通っていた。他の目的もないわけではないけど、無理なんか一つもしていないのだ。ちなみに他の目的というのは毎回届ける花束にある。

 それはある日ラインホルト公爵邸にお邪魔した時にジェイくんと喋ったことがきっかけになった。

「花束ってよく贈り物になりますけど、花それぞれに何か意味ってあるんですか?」

「それは……花言葉のことですか?」

 作業中のジェイくんに何気なく聞いてみると手を止めて少し考えるようにしながら答えてくれた。

「うーん、たぶんそれですね」

「それなら俺よりもフィリア様の方が本も持ってらっしゃるのでお詳しいですけど……例えばバラはよく恋愛的な意味で贈られますね。花の色もそうですが本数でも意味が変わってくるので結構難しいんですよ」

「本数?じゃあ…100本は?」

「えーっと……『100%の愛』、でしたかね?」

「ふむふむ。じゃあ5本!」

「あー、『あなたに出会えて本当に嬉しい』?」

「なるほど……ありがとうございます!」

「いえ、でも花言葉がどうかしたんですか?」

「んー、気になっただけです!」

「そうですか……」



 だからいつも花束には5本のバラを入れた。本数と色を掛け合わせた意味があるのかはよく分からなかったけど、毎回メルルさんの瞳の色と同じピンク色のバラを送った。それを20回繰り返すことで贈ったバラの本数は100本になる。その時にちゃんと自分の気持ちを伝えようと僕は計画を立てた。なぜわざわざ20回に分けたのかと聞かれたら正直ちゃんとした理由なんかない。ただ、一番最初の演奏が見られなかったからそれが悔しくてその穴を必死に埋めようとしているのかもしれない、とは最近思うようになってきた。



 20回全てを見終わるまでに僕とメルルさんの距離を縮めていたかったから、僕は学院でもメルルさんと一緒にいる時間を増やした。その度に好きだという気持ちは増していく。考える時に少し唇を尖らせる癖も、怒る時に頬を膨らませるところも、フィリア様のことを話す時に輝くような笑顔になるのも、最後のは少し妬けるけどそれでも可愛らしくて仕方がない。それに、僕の左耳にメルルさんがくれた耳飾りが付いているのを見るたびに少し嬉しそうに口元を緩ませるのも、本人は気づいていないけど本当に可愛い。元々外す気なんてないけど、そんな顔を見たら永遠に付けていたくなる。本当に可愛らしいと思うからそのままに伝えると、彼女は揶揄われたと思って怒ってしまう。でも、そんな姿もやっぱり好きだ。たぶんメルルさんは気付いてない。僕がこんなにもメルルさんのことばかりだということを。だから今日、今ここではっきりと言葉にしようとしているのだ。




「ずっと言えなかったことを言えるようになったって言ったら、聞いてくれますか?」

 様子を伺いながらそう言うと、彼女の目が瞬く間にいつもとは違う輝きを帯びたのがわかった。

「っ!……はい、聞かせてください」

 その言葉を合図にゆっくり瞬きをして視線を合わせる。言葉はもうとっくの昔に用意していた。

「僕、メルルさんのことが好きです。可愛らしいものが好きなのは昔からですけど、あなたに出会ってからあなた以上に可愛らしいものが見つかりません。責任を取って、僕の恋人に、婚約者になってくれませんか?」

 言い終わると彼女は目を見開いたまま固まってしまい、しばらくの間沈黙が続いた。そして少し唇が動いたと思ったら掠れるほど小さな声が聞こえてくる。

「……本当に?……いつもみたいに揶揄っているのでは」

「揶揄ってなんていません。僕はいつもあなたのことを本当に可愛いと思ってそう伝えていました。第一、僕が冗談で告白をするような人間だと思っているんですか?」

 被せ気味に言うと彼女はコテンと小首を傾げた。そんな仕草も可愛らしい。

「都合の良い夢なのでしょうか……?」

「それはつまり承諾してもらえたということですか?」

「え、あの……」

「メルルさんは、僕のことどう思ってるんですか?」

 距離を詰めて聞くと、彼女は一気に顔が赤くして、視線を彷徨わせた。

「あの、えっと、その……」

 視線を無理やり合わせると顔を背けようとするので彼女の両頬に手を添えて動けないようにする。ますます顔が赤くなって湯気が出そうだ。

「……うぅ……わ、私も、レオン様が、す、好きです。…よろしく、お願いします」

 だんだん小さくなっていく声をぎりぎり耳が拾ってくれた。その言葉に嬉しくなって満面の笑みになり、添えていた片手を離して彼女の頬にキスをする。するとメルルさんはとうとう気を失ってしまった。うーん、このままだと目を覚ました時に夢だったなんて誤解をされてしまいそうだから、目を覚ますまで手を握って待っておくことにしよう。

 彼女をソファに横たえて、その小さな片手を握ったままそばの椅子に座る。そして安らかな顔を見つめると笑みが溢れた。

 ねぇ、メルルさん。僕、あなたのあのとっても小さな返事が聞けただけで、本当は飛び上がりたいくらい幸せなんですよ?やっぱり僕はあなたのことばっかりだ。本当に、いつまで経っても、僕がおじいさんになってあなたがおばあさんになっても、きっとあなたにはずっと敵わないんだろうなぁ。



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