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第二章
35話
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「……私は10歳の頃だったのだけれど、貴女はいつ、前世のことを思い出した?」
恐る恐る口を開くと彼女は静かに言葉を落とした。
「私はこの世界に生まれ落ちた時からずっとです。だから、とても嬉しいと思って、涙が止まりませんでした。……母には、いつまでも泣いて煩くてしょうがない赤子だったと言われてしまいましたが…」
困ったように笑いながら彼女はそう言うけれど、そこに込められた感情はきっと単純なものではないのだろう。この世界に対する喜びも、母親のその言葉への悲しみも、幼い背中には大きすぎるものを、彼女は今まで心の中に留めて生きてきたのだろう。
「私たちが、もっと早く出会えていたら、何かを変えることができたのかしら?」
私が思わず溢すと、彼女はまるで諦めたように首を振った。
「きっと、それでも未熟な私はあなたを羨んで、そして嫉妬したでしょう。それでも敵わないからと、抱えきれない感情を無理やり押し込めたと思います。私はここを私のための物語の世界だと信じていたから。だからきっと……」
視線を下げて俯く彼女のその僅かに見える表情に映る色はきっと後悔だ。紡がれる言葉は私の心にも強く刺さった。身に覚えがある。私だって同じなのだから。
「私も貴女と同じように、この世界をゲームの中の、私のいらない世界だと思い込んでいたわ」
彼女の視線がこちらに動いた。
「私も、きっとこの世界はゲームの通りに動くから、私はそれを外から見ていようと考えて……周りはみんな生きているのに、それを考えることをしなかったの」
言いながら自分で苦しくなってくる。それを無視して言葉を続けた。思い出したくないけれど事実なのだ。目を背けてはきっと前に進めない。これからも忘れられない過ちなのだ。
「でも、ラナに教えてもらったの。幸せは一通りではない。これって、私達が一番理解しているはずのことなのよね」
「……どういうことですか?」
「だって、乙女ゲームって、そういうことでしょう?選択肢はいくつもあるけれど、その分ハッピーエンドもいくつかある。選んだ先で笑えるように今を頑張ることだって、いくらでもできるんだもの」
私がそう言うと、彼女は大きく目を見開いた。
「……そっか…。そうですね。なんで気付けなかったんだろう……」
「私達は持ち合わせた記憶に囚われすぎたのかもしれないわね」
それが分かり得ない未来の手がかりになると信じて。そもそも未来なんて誰にも見えないものなのに。
彼女は目を閉じてゆっくりと頷いた。私はその様子を見てからふと我に返って考えた。話をしたいと言ってから後悔していることばかりを話している。これではダメだ。私は前に進むために話をしようと思ったのだから。一つ大きく息を吸って向かいの彼女の目を見つめた。
「それはそうと、あなたとお話をしに来たのには理由があるの」
「理由、ですか?」
「えぇ。…私と、お友達になってほしいの」
「……お友達?」
「嫌、かしら……?」
少し不安になったけれど彼女は向かいで勢いよく首を横に振ってくれた。
「い、いいえ、そうではなくて!私はあなたにたくさんひどいことをしたのに。なのにどうして……」
「昔のことを話せるのは貴女だけだし、何より貴女のことをもっとたくさん知りたいの。お茶を淹れるのが上手なことは分かったけれど、貴女にはきっともっとたくさん素敵なところがあるんでしょう?」
「…それは保証できませんけど」
「保証なんていらないわ。きっと私の目に狂いはないもの」
「……後悔しても、知りませんからね」
小さく呟く彼女の顔は少し赤らんで見えた。彼女はリリーちゃんではない。性格も好みもきっと違う。でもきっと、等身大の可愛いらしい女の子なのだろう。
それから1時間くらい続けて話をした。私は彼女を「リリー」と呼ぶようになって、彼女は私を「フィリア様」と呼ぶようになった。自室に戻ってふと、自分の心が随分と軽くなったように感じた。それが何だかとても心地よくて、その日はよく眠れた。
恐る恐る口を開くと彼女は静かに言葉を落とした。
「私はこの世界に生まれ落ちた時からずっとです。だから、とても嬉しいと思って、涙が止まりませんでした。……母には、いつまでも泣いて煩くてしょうがない赤子だったと言われてしまいましたが…」
困ったように笑いながら彼女はそう言うけれど、そこに込められた感情はきっと単純なものではないのだろう。この世界に対する喜びも、母親のその言葉への悲しみも、幼い背中には大きすぎるものを、彼女は今まで心の中に留めて生きてきたのだろう。
「私たちが、もっと早く出会えていたら、何かを変えることができたのかしら?」
私が思わず溢すと、彼女はまるで諦めたように首を振った。
「きっと、それでも未熟な私はあなたを羨んで、そして嫉妬したでしょう。それでも敵わないからと、抱えきれない感情を無理やり押し込めたと思います。私はここを私のための物語の世界だと信じていたから。だからきっと……」
視線を下げて俯く彼女のその僅かに見える表情に映る色はきっと後悔だ。紡がれる言葉は私の心にも強く刺さった。身に覚えがある。私だって同じなのだから。
「私も貴女と同じように、この世界をゲームの中の、私のいらない世界だと思い込んでいたわ」
彼女の視線がこちらに動いた。
「私も、きっとこの世界はゲームの通りに動くから、私はそれを外から見ていようと考えて……周りはみんな生きているのに、それを考えることをしなかったの」
言いながら自分で苦しくなってくる。それを無視して言葉を続けた。思い出したくないけれど事実なのだ。目を背けてはきっと前に進めない。これからも忘れられない過ちなのだ。
「でも、ラナに教えてもらったの。幸せは一通りではない。これって、私達が一番理解しているはずのことなのよね」
「……どういうことですか?」
「だって、乙女ゲームって、そういうことでしょう?選択肢はいくつもあるけれど、その分ハッピーエンドもいくつかある。選んだ先で笑えるように今を頑張ることだって、いくらでもできるんだもの」
私がそう言うと、彼女は大きく目を見開いた。
「……そっか…。そうですね。なんで気付けなかったんだろう……」
「私達は持ち合わせた記憶に囚われすぎたのかもしれないわね」
それが分かり得ない未来の手がかりになると信じて。そもそも未来なんて誰にも見えないものなのに。
彼女は目を閉じてゆっくりと頷いた。私はその様子を見てからふと我に返って考えた。話をしたいと言ってから後悔していることばかりを話している。これではダメだ。私は前に進むために話をしようと思ったのだから。一つ大きく息を吸って向かいの彼女の目を見つめた。
「それはそうと、あなたとお話をしに来たのには理由があるの」
「理由、ですか?」
「えぇ。…私と、お友達になってほしいの」
「……お友達?」
「嫌、かしら……?」
少し不安になったけれど彼女は向かいで勢いよく首を横に振ってくれた。
「い、いいえ、そうではなくて!私はあなたにたくさんひどいことをしたのに。なのにどうして……」
「昔のことを話せるのは貴女だけだし、何より貴女のことをもっとたくさん知りたいの。お茶を淹れるのが上手なことは分かったけれど、貴女にはきっともっとたくさん素敵なところがあるんでしょう?」
「…それは保証できませんけど」
「保証なんていらないわ。きっと私の目に狂いはないもの」
「……後悔しても、知りませんからね」
小さく呟く彼女の顔は少し赤らんで見えた。彼女はリリーちゃんではない。性格も好みもきっと違う。でもきっと、等身大の可愛いらしい女の子なのだろう。
それから1時間くらい続けて話をした。私は彼女を「リリー」と呼ぶようになって、彼女は私を「フィリア様」と呼ぶようになった。自室に戻ってふと、自分の心が随分と軽くなったように感じた。それが何だかとても心地よくて、その日はよく眠れた。
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