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第二章

ヒロインに成りきれなかった少女②

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(リリー視点)




 あの声と一緒にいるようになって、心が落ち着いた私は、愛されるために行動しようと考えた。「彼女」のように明るく優しい人間になろうと努力した。「彼女」のような溌剌とした笑顔で人に接した。誰か別の人のことを心から考えているように振る舞った。例えあの人が中心の世界でも誰かに愛してもらえる可能性だってきっとある。縋るように被った仮面は息苦しさも感じたけれど人々から向けられる笑顔を見ればやめようなんて思えなかった。

 あの人の周囲と接するようになって、さらにその気持ちは強くなった。あの人は「彼女」に似ている。表情豊かで賢くて綺麗で優しくて、それにつられて周りも和やかになる。なら、私もそれに近づきたい。そう思っているうちに、深い眠りの中であの声が語りかけてきた。

《あの女がいなければ、あの場所はお前のものだったのではないか?》

「でも、私は……」

《あの女に奪われたのだろう?お前が得るべきだったもの全てを》

 私は何も言えなかった。私の心の奥底にそう思う気持ちがあったからなのかもしれない。自分を被害者だと、嘆く心があったからなのかもしれない。

《私に任せてみろ。全て、お前の思う通りにしてやる》

「……どういうこと?」

《お前は何も考えなくていい。ただ私に全てを委ねるのだ》 

 その声の意味が分からないまま私は頷いた。きっとこの声は私のために言っている。なら信じて良いはずだ。





 違和感を覚えたのは寮の部屋で探し物をしていた時だ。引き出しの中に、小さな黒い埃みたいなものが入っていた。捨ててしまおうと摘んだとき、それが鴉の羽の羽弁だと気づいた。それはちょうどあの人の元に鴉の羽が届けられ、調査をしていた頃だった。私は自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。でも勢いよく首を振った。偶然に決まっている。そう言い聞かせても、頭をよぎる嫌な予感は消えてくれなかった。

 そして翌日、それは確信に変わった。あの人が新しい情報を得たということで集まったその日に聞いた「澱み」という存在。人に取り憑く、人の闇を好む。それを知らなかったわけじゃない。でも、今考えてみれば全て、あの声と一致しているように思えた。……だとしたら私が取り憑かれていて、私があの人に鴉の羽を送ったということ?私はそんなことをした記憶がない。でも、確かに羽弁が部屋にあった。そして分かった。眠っている時だ。私があの声にかけられる優しい言葉を聞いて深く眠っている時に、私は体を乗っ取られているのだ。そう考えると震えが止まらなくなった。私はそんなこと望んでいない。私は、私は……どう、したいのだろう?

 その夜、あの人は私が心配だからとパジャマパーティーを開いた。それを心から楽しめるかといえばもちろんそんな心境ではない。でも、少し嬉しかったのも本当だ。私のことを心配してくれる人がいたのだというそのことが自分の心の奥に染みた気がした。私はほとんど他の人の話を聞くだけだったけど、誰かの楽しそうな顔を見て悪くないと思えたのは初めてだった。だからこそ、今日は眠ってはいけないと思った。


 みんなが寝静まった頃、こっそり外に出た。あの場にいては、その空気に絆されて眠ってしまいそうだったから。どうにか頭を覚まそうと寮の庭園に向かった。すると、攻略対象の一人がいた。はっきり言うと私はこの人が苦手だ。全てを見透かしたような目が恐ろしくてしかたがない。今まるで待ち伏せていたようにここにいることだって、私の置かれている状況をどこまで分かってやっているのか。そして話してみれば確かめてやると言い出す。つまりは眠ってしまえということだ。万が一眠って私があなたを殺してしまったらどうするのか。だから私はちゃんと結果を教えてくれるようにと念を押してからそれでも耐えきれずに意識を手放した。本当は今までのどんな日よりも眠たかったのだ。不安な心が少し溶けて、その感覚がひどく心地よかったから。






 遠くの方で声がする。あの人の声だ。でもあの人がどうしてここに。いや、わかる。殺されるのだ、私に。今はそれまでの僅かな猶予。ああ、こんなことならこの世界でも死んでしまえばよかっただろうか。私が愛される世界なんて、私が必要な世界なんて、きっとどこにもないのだろうから。

 そんな時、それまで何と言っているか分からなかったあの人の声がはっきりと聞こえるようになった。

「彼女が今苦しんでいるのならば私は彼女の手を取りましょう。彼女の幸せを共に探しましょう。それは生きている人間にしかできないことだから。私はそれを懸命に行使して、彼女に孤独を忘れさせてみせるわ」

 彼女って誰だろう。私のことだろうか。だとしたらあの人はきっと私はここにいないものだと思って言っているのだ。実際先程までちゃんと言葉も聞こえていなかったのだから間違っていないのかもしれない。

「……幸せを、探す?」

 私は首を傾げた。幸せは、限られた人に与えられるものではないのだろうか?幸せなんて探したところで手に入るのだろうか。私はそんなこと、したことがない。私は……ああ、そうか。私がしたかったのは、そういうことだったんだ。私はこの人の存在をなくしてしまいたいとも、傷つけたいとも思っていない。

「もう、いいよ」

 私はあの声に届くように言った。

「もう、私は大丈夫だよ。あなたがいなくても頑張ってみるよ。だから、こんなことやめよう?」
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