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第二章
27.5話
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(ルカルド視点)
リリー嬢と調査するようになって、彼女の嫌になるくらいの明るさに違和感を覚えたのはいつ頃だったろうか。少しずつ、それが彼女の本来の性質とは違うのではないかと思い始めてきた。きっと彼女にはその明るさの下に隠した顔がある。人間なんて裏表のある生き物なのだからそんなことは当然かもしれない。僕にはむしろその方が居心地が良かった。ただ、この少女が何を考えているのかが僕には分からなかった。何を求めて明るく接しているのか。それは人付き合いを楽にしたいからか、それとも他に何か目的があるのか。
しかし見ていれば次第に分かってきた。明確に分かったのは僕が軽く実験のつもりで笑顔を緩めたときだ。ただ人付き合いを円滑にしたいだけなら少し困惑してどうにか対処しようとするくらいだろう。ところが彼女の顔に現れた色は絶望にも近いものだったのだ。それで予想がついた。彼女は誰かに嫌われたくない、もしくは好かれたいという気持ちが誰よりも強い。おそらくそれは執着にも近いものだった。
そうやって彼女を観察して少しした頃にフィリア嬢やテレサ嬢からの情報が入った。それに基づく考えの共有のために調査中の面々が集められたその日、彼女の様子は少しおかしかった。ひたすら遠くを見ていた。いつものような笑顔を取り繕うこともせずにどこかを見ていた。いや、どこも見ていなかったのかもしれない。そして「澱み」という存在が話題に上がると、彼女は途端に震え出した。恐怖に震えているということは誰が見ても分かる。しかし、何に対する恐怖なのか。僕はそれが気になった。そもそも、まだ詳しく知らない根拠もないものにあそこまで怯えるなんて不自然だ。彼女はきっと何かを知っている。もしかしたらそれは知っているというだけでは止まらないかもしれない。それから僕は考えた。これはまだ予想の域を出ない。それでも、「澱み」というものの性質が僕の思う通りならば、彼女のとるであろう行動のパターンはきっと一つだ。
夜中の庭園、ベンチに座って待ち伏せていると予想した通りに彼女は来た。
「こんばんは、リリー嬢」
「ルカルド殿下……どうしてここに?」
「君が来ると思ったからね。眠れないんだろう?」
彼女は目を見開いた。そんな様子はもう予想がついていたので気にすることなく彼女を自分の隣に座るよう促す。彼女は少し間を空けて座った。
「君は本来そんな顔をするんだね」
そこに表情はなかった。抜け落ちたように何もない。それが僕には少し愉快だった。すると彼女が口を開く。
「……どこまで分かって、ここにいるんですか?」
「おそらく君が考えていることと同じくらいのことは考えていると思うよ。君もまだ確証はないんだろう?それとも、認めたくないのかな?」
「……どちらもあります。認めてしまえば私は最低な人間になる」
「そうかな?僕はそうは思わないけど。そんなことより、君はいつまで眠らないでいる気なの?」
「分かりません。でも、今日は眠りたくないと思いました」
「フィリア嬢の部屋にみんなで集まったんだっけ?」
放課後令嬢四人で盛り上がっていたのを何となく知っていたし、教室の後ろでやっていたから会話の内容もそれとなく聞こえてきた。これも彼女がここに来ると予測するのに必要な情報だった。
「はい。……私は、自分がどうしたいのか分かりません。ただもう、これ以上は」
「確かめてあげるよ」
彼女が言おうとしていることをあえて遮ると彼女は驚いたようにこちらを見た。
「君が確かめたいこと、そして認めたくないこと、僕が見届けてあげるよ」
「え?」
「だからおやすみ。本当はもう限界のはずだ。少しでも心が満たされた日は、安心して睡魔が襲ってくるものだからね」
瞼が重いのか次第に伏し目がちになっていっていることには気づいていた。そもそも何もせずに眠らないでいられないからここに来たのだろう。
「いいんですか?」
「まあ、それくらいなら」
「約束、ですよ。ちゃんと、教えてくださいね」
彼女は小さくそう言うと頭を僕の肩に乗せて眠った。そしてすぐ目を開けた。まあ、これは彼女とは言えないのだろうけど。僕は約束を守るために彼女の目を覗いた。そこに見えたのは深い暗闇。ともすれば飲まれてしまいそうなほどに魅惑的な闇だった。そしてそれを確認するとすぐに意識が遠くなるのを感じる。リリー嬢、やっぱり僕らの考えていたことは当たっていたみたいだ。きっともう言ったところで聞こえないだろうから心の中だけで呟く。そしてプツリと糸が切れるように僕は意識を失った。
リリー嬢と調査するようになって、彼女の嫌になるくらいの明るさに違和感を覚えたのはいつ頃だったろうか。少しずつ、それが彼女の本来の性質とは違うのではないかと思い始めてきた。きっと彼女にはその明るさの下に隠した顔がある。人間なんて裏表のある生き物なのだからそんなことは当然かもしれない。僕にはむしろその方が居心地が良かった。ただ、この少女が何を考えているのかが僕には分からなかった。何を求めて明るく接しているのか。それは人付き合いを楽にしたいからか、それとも他に何か目的があるのか。
しかし見ていれば次第に分かってきた。明確に分かったのは僕が軽く実験のつもりで笑顔を緩めたときだ。ただ人付き合いを円滑にしたいだけなら少し困惑してどうにか対処しようとするくらいだろう。ところが彼女の顔に現れた色は絶望にも近いものだったのだ。それで予想がついた。彼女は誰かに嫌われたくない、もしくは好かれたいという気持ちが誰よりも強い。おそらくそれは執着にも近いものだった。
そうやって彼女を観察して少しした頃にフィリア嬢やテレサ嬢からの情報が入った。それに基づく考えの共有のために調査中の面々が集められたその日、彼女の様子は少しおかしかった。ひたすら遠くを見ていた。いつものような笑顔を取り繕うこともせずにどこかを見ていた。いや、どこも見ていなかったのかもしれない。そして「澱み」という存在が話題に上がると、彼女は途端に震え出した。恐怖に震えているということは誰が見ても分かる。しかし、何に対する恐怖なのか。僕はそれが気になった。そもそも、まだ詳しく知らない根拠もないものにあそこまで怯えるなんて不自然だ。彼女はきっと何かを知っている。もしかしたらそれは知っているというだけでは止まらないかもしれない。それから僕は考えた。これはまだ予想の域を出ない。それでも、「澱み」というものの性質が僕の思う通りならば、彼女のとるであろう行動のパターンはきっと一つだ。
夜中の庭園、ベンチに座って待ち伏せていると予想した通りに彼女は来た。
「こんばんは、リリー嬢」
「ルカルド殿下……どうしてここに?」
「君が来ると思ったからね。眠れないんだろう?」
彼女は目を見開いた。そんな様子はもう予想がついていたので気にすることなく彼女を自分の隣に座るよう促す。彼女は少し間を空けて座った。
「君は本来そんな顔をするんだね」
そこに表情はなかった。抜け落ちたように何もない。それが僕には少し愉快だった。すると彼女が口を開く。
「……どこまで分かって、ここにいるんですか?」
「おそらく君が考えていることと同じくらいのことは考えていると思うよ。君もまだ確証はないんだろう?それとも、認めたくないのかな?」
「……どちらもあります。認めてしまえば私は最低な人間になる」
「そうかな?僕はそうは思わないけど。そんなことより、君はいつまで眠らないでいる気なの?」
「分かりません。でも、今日は眠りたくないと思いました」
「フィリア嬢の部屋にみんなで集まったんだっけ?」
放課後令嬢四人で盛り上がっていたのを何となく知っていたし、教室の後ろでやっていたから会話の内容もそれとなく聞こえてきた。これも彼女がここに来ると予測するのに必要な情報だった。
「はい。……私は、自分がどうしたいのか分かりません。ただもう、これ以上は」
「確かめてあげるよ」
彼女が言おうとしていることをあえて遮ると彼女は驚いたようにこちらを見た。
「君が確かめたいこと、そして認めたくないこと、僕が見届けてあげるよ」
「え?」
「だからおやすみ。本当はもう限界のはずだ。少しでも心が満たされた日は、安心して睡魔が襲ってくるものだからね」
瞼が重いのか次第に伏し目がちになっていっていることには気づいていた。そもそも何もせずに眠らないでいられないからここに来たのだろう。
「いいんですか?」
「まあ、それくらいなら」
「約束、ですよ。ちゃんと、教えてくださいね」
彼女は小さくそう言うと頭を僕の肩に乗せて眠った。そしてすぐ目を開けた。まあ、これは彼女とは言えないのだろうけど。僕は約束を守るために彼女の目を覗いた。そこに見えたのは深い暗闇。ともすれば飲まれてしまいそうなほどに魅惑的な闇だった。そしてそれを確認するとすぐに意識が遠くなるのを感じる。リリー嬢、やっぱり僕らの考えていたことは当たっていたみたいだ。きっともう言ったところで聞こえないだろうから心の中だけで呟く。そしてプツリと糸が切れるように僕は意識を失った。
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