43 / 117
第一章
36話
しおりを挟む
お手紙を出してから一週間、やっとレイチェルちゃんとのご対面の日がやってきた。アルブラン伯爵邸に向かう馬車の中、私は口角がこれ以上は無理だと思えるほど上がっていた。剣術のことも頭から離れないように意識するけれどそれにしてもニヤニヤが止まらない。
「お嬢様、到着いたしましたよ」
「ありがとう」
馬車から降りて見上げたそのお屋敷はさすが武術に長けたアルブラン家と言ったところか、まず塀の高さも尋常ではないし、警備もしっかりしている。特に今はレイチェルちゃんもいるから気は抜けないだろう。
「お待ちしておりました、フィリア嬢」
「カイ様!私もこの日を楽しみにしておりました」
「ありがとうございます。まずはレイチェルがいる部屋にご案内しますね」
「……あ、あの伯爵夫妻へのご挨拶は……」
「あ、今日は父上は急用だとかで王宮に呼ばれて行きましたし、母上もいつもはレイチェルにべったりなのですが今日は外せない用があるらしく今はいないので大丈夫ですよ」
「そうですか……。ではよろしくお伝えください」
「はい。わざわざありがとうございます」
そんな会話をしながら歩いているとレイチェルちゃんのいるお部屋についた。淡いピンク色の壁紙で可愛らしい印象のお部屋。その中央辺りにある木製のベビーベッド。そこに向かって歩いていくと可愛らしいお顔が目に映った。カイ様と同じ赤茶色の髪と金色の瞳。とっても長い睫毛に縁取られた瞳はくりくりとしていてなんとも可愛らしい。生えたての髪の毛はとっても柔らかそう。ぷっくりとしたほっぺは少し桃色を帯びている。
「か、か、可愛いぃ……」
ため息と共に心の声が漏れ出た。だって本当に可愛らしいんだもの!頭のてっぺんから足の先までくまなく見ているとピタッとレイチェルちゃんと目があった。目を合わせること三十秒間。すると……
「うっ、うっ、うああああああぁ」
なんとレイチェルちゃんが泣き始めてしまったのだ。先ほどまでずっと静かにおもちゃで遊んでいたというのに。
「も、申し訳ございません、フィリア嬢!いつもは誰を見ても泣いたりなんてしないのに……」
え……それって私が出会って数秒でありえないほど嫌われたということでしょうか。カイ様の言葉が容赦なく私に突き刺さる。私がショックを受けている間にもレイチェルちゃんは私の方に手を伸ばしながら泣き叫び続けている。あっちに行けということかしら……。
そう思って落ち込んでいたその時だった。
ボンッと大きな音が耳に響いた。少し離れた所で何かが爆発したような、そんな音だった。その音に反応するようにレイチェルちゃんが泣き止む。
「……俺は様子を見に行ってきます。フィリア嬢はここにいてください」
「は、はい……」
今ここにいるのは数人の侍女とレイチェルちゃんと私。ラナは別の部屋で待機している。部屋に広がる沈黙が緊張の糸を張っていく。何か背中にゾワリと嫌な感覚が広がった。怖い。耳や目が自然と敏感になっていく。
すると次はバリンッとガラスの割れる音がする。とても近くで。まさか、ここは二階だから誰も入れるわけがない。恐る恐る振り返るとそこには林檎の大きさ程度の球体があった。そしてそれを目が捉えた瞬間その球体から煙が出始めた。
「みんな、息を止めて!」
この煙は吸ってはいけない。反射的にそう思い、他の者たちに裏返る声で叫びながら急いで割れた窓を全開にした。侍女たちはパニック状態になってしまっているが何とかいうことを聞いてくれた。
「っ!レイチェルちゃん!」
窓を開けてすぐ彼女の鼻と口をハンカチで塞いだ。まだ赤子の身である彼女がこれを吸ったらどうなるかわからない。もうすでに少し吸ってしまったかもしれないけれどせめてこれ以上は吸わないようにしないと。慌てて自分の鼻と口も塞ぐけれどもう遅い気がした。意識が朦朧とする。体の力が、抜けていく。レイチェルちゃんが泣いているように聞こえるけれどそれも現実のものなのかうまく認識できない。もう、ダメ……だわ……。
「うまくいったみたいだな」
「じゃあこのまま連れてくか」
「そうだな」
「お嬢様、到着いたしましたよ」
「ありがとう」
馬車から降りて見上げたそのお屋敷はさすが武術に長けたアルブラン家と言ったところか、まず塀の高さも尋常ではないし、警備もしっかりしている。特に今はレイチェルちゃんもいるから気は抜けないだろう。
「お待ちしておりました、フィリア嬢」
「カイ様!私もこの日を楽しみにしておりました」
「ありがとうございます。まずはレイチェルがいる部屋にご案内しますね」
「……あ、あの伯爵夫妻へのご挨拶は……」
「あ、今日は父上は急用だとかで王宮に呼ばれて行きましたし、母上もいつもはレイチェルにべったりなのですが今日は外せない用があるらしく今はいないので大丈夫ですよ」
「そうですか……。ではよろしくお伝えください」
「はい。わざわざありがとうございます」
そんな会話をしながら歩いているとレイチェルちゃんのいるお部屋についた。淡いピンク色の壁紙で可愛らしい印象のお部屋。その中央辺りにある木製のベビーベッド。そこに向かって歩いていくと可愛らしいお顔が目に映った。カイ様と同じ赤茶色の髪と金色の瞳。とっても長い睫毛に縁取られた瞳はくりくりとしていてなんとも可愛らしい。生えたての髪の毛はとっても柔らかそう。ぷっくりとしたほっぺは少し桃色を帯びている。
「か、か、可愛いぃ……」
ため息と共に心の声が漏れ出た。だって本当に可愛らしいんだもの!頭のてっぺんから足の先までくまなく見ているとピタッとレイチェルちゃんと目があった。目を合わせること三十秒間。すると……
「うっ、うっ、うああああああぁ」
なんとレイチェルちゃんが泣き始めてしまったのだ。先ほどまでずっと静かにおもちゃで遊んでいたというのに。
「も、申し訳ございません、フィリア嬢!いつもは誰を見ても泣いたりなんてしないのに……」
え……それって私が出会って数秒でありえないほど嫌われたということでしょうか。カイ様の言葉が容赦なく私に突き刺さる。私がショックを受けている間にもレイチェルちゃんは私の方に手を伸ばしながら泣き叫び続けている。あっちに行けということかしら……。
そう思って落ち込んでいたその時だった。
ボンッと大きな音が耳に響いた。少し離れた所で何かが爆発したような、そんな音だった。その音に反応するようにレイチェルちゃんが泣き止む。
「……俺は様子を見に行ってきます。フィリア嬢はここにいてください」
「は、はい……」
今ここにいるのは数人の侍女とレイチェルちゃんと私。ラナは別の部屋で待機している。部屋に広がる沈黙が緊張の糸を張っていく。何か背中にゾワリと嫌な感覚が広がった。怖い。耳や目が自然と敏感になっていく。
すると次はバリンッとガラスの割れる音がする。とても近くで。まさか、ここは二階だから誰も入れるわけがない。恐る恐る振り返るとそこには林檎の大きさ程度の球体があった。そしてそれを目が捉えた瞬間その球体から煙が出始めた。
「みんな、息を止めて!」
この煙は吸ってはいけない。反射的にそう思い、他の者たちに裏返る声で叫びながら急いで割れた窓を全開にした。侍女たちはパニック状態になってしまっているが何とかいうことを聞いてくれた。
「っ!レイチェルちゃん!」
窓を開けてすぐ彼女の鼻と口をハンカチで塞いだ。まだ赤子の身である彼女がこれを吸ったらどうなるかわからない。もうすでに少し吸ってしまったかもしれないけれどせめてこれ以上は吸わないようにしないと。慌てて自分の鼻と口も塞ぐけれどもう遅い気がした。意識が朦朧とする。体の力が、抜けていく。レイチェルちゃんが泣いているように聞こえるけれどそれも現実のものなのかうまく認識できない。もう、ダメ……だわ……。
「うまくいったみたいだな」
「じゃあこのまま連れてくか」
「そうだな」
55
お気に入りに追加
6,061
あなたにおすすめの小説
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜
月
ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。
けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。
ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。
大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。
子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。
素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。
それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。
夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。
ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。
自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。
フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。
夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。
新たに出会う、友人たち。
再会した、大切な人。
そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。
フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。
★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。
※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。
※一話あたり二千文字前後となります。
最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~
猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。
現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。
現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、
嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、
足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。
愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。
できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、
ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。
この公爵の溺愛は止まりません。
最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる