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第一章

36話

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 お手紙を出してから一週間、やっとレイチェルちゃんとのご対面の日がやってきた。アルブラン伯爵邸に向かう馬車の中、私は口角がこれ以上は無理だと思えるほど上がっていた。剣術のことも頭から離れないように意識するけれどそれにしてもニヤニヤが止まらない。

「お嬢様、到着いたしましたよ」

「ありがとう」

 馬車から降りて見上げたそのお屋敷はさすが武術に長けたアルブラン家と言ったところか、まず塀の高さも尋常ではないし、警備もしっかりしている。特に今はレイチェルちゃんもいるから気は抜けないだろう。

「お待ちしておりました、フィリア嬢」

「カイ様!私もこの日を楽しみにしておりました」

「ありがとうございます。まずはレイチェルがいる部屋にご案内しますね」

「……あ、あの伯爵夫妻へのご挨拶は……」

「あ、今日は父上は急用だとかで王宮に呼ばれて行きましたし、母上もいつもはレイチェルにべったりなのですが今日は外せない用があるらしく今はいないので大丈夫ですよ」

「そうですか……。ではよろしくお伝えください」

「はい。わざわざありがとうございます」

 そんな会話をしながら歩いているとレイチェルちゃんのいるお部屋についた。淡いピンク色の壁紙で可愛らしい印象のお部屋。その中央辺りにある木製のベビーベッド。そこに向かって歩いていくと可愛らしいお顔が目に映った。カイ様と同じ赤茶色の髪と金色の瞳。とっても長い睫毛に縁取られた瞳はくりくりとしていてなんとも可愛らしい。生えたての髪の毛はとっても柔らかそう。ぷっくりとしたほっぺは少し桃色を帯びている。

「か、か、可愛いぃ……」

 ため息と共に心の声が漏れ出た。だって本当に可愛らしいんだもの!頭のてっぺんから足の先までくまなく見ているとピタッとレイチェルちゃんと目があった。目を合わせること三十秒間。すると……

「うっ、うっ、うああああああぁ」

 なんとレイチェルちゃんが泣き始めてしまったのだ。先ほどまでずっと静かにおもちゃで遊んでいたというのに。

「も、申し訳ございません、フィリア嬢!いつもは誰を見ても泣いたりなんてしないのに……」

 え……それって私が出会って数秒でありえないほど嫌われたということでしょうか。カイ様の言葉が容赦なく私に突き刺さる。私がショックを受けている間にもレイチェルちゃんは私の方に手を伸ばしながら泣き叫び続けている。あっちに行けということかしら……。



 そう思って落ち込んでいたその時だった。






 ボンッと大きな音が耳に響いた。少し離れた所で何かが爆発したような、そんな音だった。その音に反応するようにレイチェルちゃんが泣き止む。

「……俺は様子を見に行ってきます。フィリア嬢はここにいてください」

「は、はい……」

 今ここにいるのは数人の侍女とレイチェルちゃんと私。ラナは別の部屋で待機している。部屋に広がる沈黙が緊張の糸を張っていく。何か背中にゾワリと嫌な感覚が広がった。怖い。耳や目が自然と敏感になっていく。


 すると次はバリンッとガラスの割れる音がする。とても近くで。まさか、ここは二階だから誰も入れるわけがない。恐る恐る振り返るとそこには林檎の大きさ程度の球体があった。そしてそれを目が捉えた瞬間その球体から煙が出始めた。

「みんな、息を止めて!」

 この煙は吸ってはいけない。反射的にそう思い、他の者たちに裏返る声で叫びながら急いで割れた窓を全開にした。侍女たちはパニック状態になってしまっているが何とかいうことを聞いてくれた。

「っ!レイチェルちゃん!」

 窓を開けてすぐ彼女の鼻と口をハンカチで塞いだ。まだ赤子の身である彼女がこれを吸ったらどうなるかわからない。もうすでに少し吸ってしまったかもしれないけれどせめてこれ以上は吸わないようにしないと。慌てて自分の鼻と口も塞ぐけれどもう遅い気がした。意識が朦朧とする。体の力が、抜けていく。レイチェルちゃんが泣いているように聞こえるけれどそれも現実のものなのかうまく認識できない。もう、ダメ……だわ……。

「うまくいったみたいだな」

「じゃあこのまま連れてくか」

「そうだな」
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